第20話エリートの過去ー1
俺と神崎による長いようで短い朝が終わり、いつもの賑わいが戻り始める。
俺はワインを一杯、きれいに喉に通し、店で神崎と別れを告げてから再びいつものホテルに戻る。いつもの部屋に戻るとカリアが顔を膨らませながら怒った顔つきで待っていた。
「ちょっと! 私が起きたらもう花巻君の姿がいなくなってたけど一体どこに行ってたの? ただでさえ、今は狙われている身なのに下手に出歩かれたら守れるものも守れないでしょ!」
カリアがこんなに怒りの感情を表出すのはとても珍しい。だがその顔は、小学生の女の子が男の子に注意している風に何となく見えるのが可愛らしくもある。
「カリアに無断で単独行動をしたことに関しては謝罪する。急な用事で事前に伝えることが出来なかった」
「そうだね。にしても、こんな朝から急用で呼ばれたってことはよほど重要な話だったのかな? じゃないとわざわざ無断で出ていくなんて真似、花巻君はしないからね」
「流石に察していたか。だが今回の急用は俺たちにとっては実に朗報なものだったぞ」
俺が重要な何かを手に入れたという話を聞くと、さっきまでの怒っていた顔が嘘のようにいつもの可愛い笑顔のカリアに戻った。
こういうところは大人というよりも子供っぽさがある印象だ。
「それで? この状況で花巻君が朗報って言えるほどの話って相当なものなんでしょ? 早く教えてよ!」
「あぁ。実は今朝、神崎と一度行った『ル・メイヤー・サキ』で会ってきた」
「神崎君と? 一体なぜ?」
「それも含めて話す。まず、結論を言うと………真の黒幕は帝明会の北宮だったよ」
「えぇ!? ちょ、そ、それってほんとなの⁉」
意外な人物が全ての黒幕だったという真実にちょっと腰を抜かしそうになったカリア。
だがカリアの中には意外な人物ではあっても、想定外過ぎる候補でもない様子だった。
「流石に驚くか。まぁ俺も言われた時はそんな気持ちだったよ」
「うん。でも、全く可能性がない人でもなかったかな。帝明会ナンバー2だし」
「北宮はどうやら神崎に俺がお前の恩師を殺したということを吹きかけて今朝行ってきたバーで始末するように指示していたのだろう」
「確かに。てことはわざわざ大阪に来てまで花巻探偵事務所に依頼してきたのは花巻君を一連の事件に巻き込むように誘い込むためってことかな?」
「本当なら帝明会含めた警察内部で捜査を進めれば良かったのにわざわざ探偵、それも全く無名に近い俺に依頼してきた時点でそういうことだったのだろうな。推測になるが、北宮は俺が元殺し屋であることを知っていたからこそ、自分の手で始末することによって帝明会、あわよくば警察組織のトップへと駆け上がるための生贄として俺を巻き込んだのだろう。そうじゃなければ、わざわざ神崎を大阪に直接向かわせてまで依頼を頼むなんて面倒な真似はしないはずだからな」
「そういうことね。でもなんで北宮が神崎君を利用してまで花巻君を巻き込もうとしている意図がわからないな~。それに、その話を真とするなら北宮は狼角や死神を利用して次々に人を殺してることになるけど………」
「それも含めて北宮の素性を探る必要はあるな。後、俺たちが想定しているよりも時間の猶予は残されていない」
これは唐岡大総裁が殺害されたことによって、大総裁の次に位が高かった北宮が副総裁から昇格したことを暗示している。
現に、北宮に匹敵するほどの実力者は唐岡大総裁を除いていない可能性が高く、北宮が大総裁になれば、誰も意見できずに帝明会が北宮の独裁体制化する可能性がある。
それこそが北宮の狙いでもあり、それが意味することは俺たちに対して帝明会全勢力を向けて潰しにかかってくるということでもあった。
手段は一切選ばずにどんな手を使ってでも邪魔者は排除しにかかる。
舛田という帝明会の同僚を平気で切り捨てた北宮だからこそ、やりかねなかった。
「時間がないって、北宮が大総裁になることで捜査に弊害が出るってこと?」
「そうだ。俺を犯罪者に吊るし上げて徹底的に追跡してくるだろうな。ようやく自分が大総裁という最高位に就いた以上は邪魔者を徹底的に消す気なはずだ」
「それって花巻君だけじゃないよね? 私はもちろん、色々お世話になった音山君や下手したら北宮の同僚である神崎君も殺されるってことだよね?」
「そういうことになるな。事件に関与した人間は全員殺す気だろう。だからこそ、あまり時間はない。東京を去るまでに敵になった帝明会、そして北宮との決着をつけなければならない。狼角については後回しだな。それにはまず、最後のピースとなる北宮の素性を探る必要がある」
北宮の過去と経緯を見つける。これが戦う前にやる最後の仕事だ。
もう相手側が本気で潰しに来ることが濃厚な以上、こちらも戦う腹をくくるしかない。
正直、神崎から依頼を受け取った時はまさかここまで事態が大きくなるとは想定できなかった。帝明会という日本の平和を維持する機関を相手に真正面からぶつかるなんて真似、大半の人間なら死ぬのが怖くて逃げるのが筋だ。
だが俺には死を恐れるという感情が既に抜け落ちていた。自分が死という感情をとっくの昔に捨てきったことをわかりきっていたからこそ、俺は自分が死ぬことを恐れない。
手を赤く染め続けた人生の最後くらいは誰の命令からでもなく、自分で死に場所と覚悟を決めるくらいは選択させてほしかった。
「そっか。花巻君が覚悟を決めたのなら私も腹をくくる! 私は花巻君と出会った時からいつでも戦う覚悟は持っていたからね!」
「それは俺にとってはありがたい話だ。そうと決まれば、まずは順太と合流するぞ。実は昨日から順太にいろいろと調べてもらっている」
「わかった! それと、いつ全面戦争するか決まったら事前に私に連絡しておいてほしいな!」
「それは構わないが何か理由があるのか?」
「戦いに向けて仲間を呼ぼうと思ってね。私と仲がいい死神だから敵意はないはずだよ」
「そうか。カリアが信頼している仲間なら問題なさそうだな」
当たり前ではあるがカリアにも仲間はちゃんといるようだ。今ここで聞く気はないがカリアの仲間たちは死神最大の組織『天獄楽の制定者』に対して何らかの不満を抱いた死神なのかもしれない。まぁ今その話を深堀しようとまでは考えていないが。
カリアの支度を終えたタイミングで早速音山の元へと向かって行く。
交番に着くと音山が書類と顔を見合わせながら座っている。
「お、来たか神武羅。早速だがいつもの場所で話し合おう」
「そうだな。あまり時間は残されていない。早速情報提供し合おう」
俺とカリア、そして音山の3人は交番の地下部屋へと身を隠していった。
音山の作業部屋に着くと、そこは凄まじい量の資料が机を埋め尽くすように置かれている。
パッと見ただけでもどれだけの時間をかけていたのか想像するのがたやすく感じるほどだ。
「早速だが、まず今現在の警察の動きをサラッとだけ言っておく。結論を言えば、状況はあまり良くないな。現に上層部からもこれ以上の深堀はするなと釘も刺されている。俺も神武羅達も時間が残されていない点は同意だな」
「それと、俺はそう遠くないうちに全国に指名手配されて、関係が深い場所は徹底的に帝明会が潰しにかかる可能性が高い。唐岡大総裁が保っていた均衡を北宮が強引に崩壊させたんだから当然と言えば当然なのだが」
「北宮? なんで帝明会の副総裁の名前が?」
そういえば音山はまだ北宮が真の黒幕であることを知らなかった。音山は狼角が全ての事件に関係していることに頭が一杯で、まさか警察内部のそれも帝明会のナンバー2である北宮が裏を引いているなんて考えもしないだろう。
「俺は今朝、舛田事件の解決を依頼してきた神崎と話してきた。その神崎の口から全ての黒幕は北宮だとはっきりと証言していた」
「えぇ⁉ おいおい! 嘘だろ⁉ いくらなんでも笑えない話だぞ」
音山は驚きを隠せない表情で椅子から腰を上げる。音山を含め、ほとんどの警察官は北宮が真犯人だという線はまず考えていなかったのだろう。狼角という露骨でわかりやすい標的にばかり集中して捜査をしていたことで、内部の可能性を完全に排除していたという認識で間違いない。
「私も流石に聞いた直後は音山君と同じ反応だったよ。でも花巻君の推察を聞いていたらあながち外せない感じなんだよね」
「北宮の本当の目的は唐岡大総裁を退けて自分が大総裁の地位を得ること。そしてそれを手に入れた今、北宮がするべき事は俺たちを含めた邪魔者の排除だ」
「おい、それって邪魔者の中に俺も含まれているんじゃねぇか?」
「狼角と死神に追われていた時に俺たちに手助けしていたから対象だろうな」
「おいおい! 勘弁してくれよ! ただでさえ北宮さんが犯人だったという事実を受け入れられていないのに北宮さんが俺を殺そうとしてるなんてとばっちりも甚だしいぜ」
驚きの表情から一変して、悲壮感が漂う表情に変わる。音山からすれば、間接的には関与はしていたが帝明会に関する事件には一切首を突っ込んでいなかったのにこの仕打ちは理不尽だと感じるのも無理はない。
とはいえ、時間もそう多くは残されていない。
とにかく情報を絞って北宮にぶつけて戦うしか手段がないのだ。
「そこでだ、順太。その北宮の素性に関する情報は調べていないか? 多分、北宮の経歴を知れば事件の大筋の線が見えてくるはずだ」
「北宮さんのプロフィールか~。一応、書類のどっかにあったような気が………」
音山は山積みになった事件の資料を手当たり次第探していく。すると音山の目に北宮の顔写真が載ったプロフィール資料に目が留まる。
「あったあった! ほらよ。これに北宮さんに関する大体の情報は載っているはずだぜ」
「ありがとう順太。手際が良くて本当に助かるよ」
早速、音山から渡された北宮の経歴にじっくりと拝見する。
「どんな感じ?」
「高校は東京の私立
北宮の素性を一通り見た感想は経歴こそ、一流の階段を歩んではいるがその実情は苦労多きものだ。学生時代に打ち込んできた陸上は常にギリギリのところで敗れ、さらには警察官になって最初の間で思うように結果が残せていない部分はもしかすると今の北宮の原点ともいえるきっかけなのかもしれない。
エリート街道を歩みながら思うように結果を残せていない点は俺がよく聞く話である。
「ねぇ。事件と全く関係ないけど高校時代と大学時代とで連続で負けてるみたいだけどその北宮の一個上の順位だった人って誰なの?」
「陸上のか? え~と。確か………」
カリアの事件とは全く関係のないに対しても音山は資料の中から探し出す。あまり関係のない話で脱線をしている場合ではないと俺が注意しようとすると、音山が手に取った北宮の出場した全国大会の最終結果が書いてあるプリントに啞然とした表情になった。
「おい………。北宮の出場した大会の最終順位表、見てみろよ」
音山の語る言葉と内容は実に衝撃的なものだった。
音山が俺とカリアに最終順位表を見せつける。するとそこには高校時代、そして大学時代と共に北宮の一つ上の順位に書かれていたのは阪村翔斗の名前だった。
今この瞬間、全く交わらないと思っていた点と点がついに線となって繋がったのだ。
「これって………北宮は高校時代と大学時代両方ともわずかな差で阪村君に負けてる!」
「これはどう見ても偶然じゃ済ませられない話になって来たな。だが、おかげでなぜ阪村が狼角と繋がっていたのかがわかった気がする」
「どういう意味だ? 話が見えてこないんだが」
「阪村と北宮は高校、大学は違えど、陸上ではライバル関係だった。超エリート街道進んでいた北宮とは対照的に阪村は正直、苦労が多く、エリートな道を進んでいたわけではなかった。だが結果はエリート街道を進んでいた北宮は地道な努力を重ねた阪村に高校大学と敗北。その後も北宮は陸上を辞めて警察官になるも苦戦した日々を送る中、阪村は就職先で陸上選手として競技を続けるとともに充実した成長の日々を送っていた。北宮からすれば普通の人間だった阪村に陸上で負けただけでなく、その後の社会人生活でも明暗がはっきりとわかれた。北宮からしてみればエリートな自分が凡人の阪村に全ての面で劣っているなんてこと絶対に許せないはずだ」
これで阪村がなぜ事件に関係していたのかの示しがついた。北宮は自分が一流だと思っていたプライドを凡人の阪村によって完膚なきまでに叩きのめさせられたことが許せなかったから手段を選ばずに利用したのだ。あまりにも強引すぎる理由だが、唐岡大総裁を殺した北宮なら躊躇なく狼角を使って巻き込んだ挙句に殺害するだろう。
挫折を知らない人間は『負けた』という事実から目を逸らしたくなるのだ。
「おいおい。そんなしょうもない理由で人殺しをするのか? ちょいと器が小さすぎる気がするのだが」
「普通の人間ならありえないと感じるのが自然だ。だが北宮は普通とは違うエリートの道を歩んできた人間。これは必ずしもすべて人間に当てはまるわけではないが北宮のような全国でもトップクラスに頭のいい学校に入学する人間は仕事ができる人間も多い反面、自らの実力を過信してしまいがちになる。そして自分よりも学力を劣る人間を無差別に軽蔑して、自分が上だという優越感に浸る人もいる。高学歴にありがちな頭がいいが故のプライドの高さだよ。それは上の立場になればなるほどそれが顕在化するようになる。北宮はこの典型的な例だったんだ。凡人に負けるのが許せないというプライドの高さを理由に手段を選ばずに阪村を巻き込み、そして最終的に殺したんだ」
「で、でもよ___。そんな理由だけで人殺しまでするのか?」
「普通ならしない。だがもう北宮自身ではもう止められなかったんだ。自分がここから駆け上がっていくにはどんな手を使ってでも上のステージに登るしかないという固定概念に襲われた。ここで北宮が冷静に頭の良さを活かした判断をしていれば、今頃こんなことにはなっていなかっただろう。しかし焦りがあったからこそ、選択肢を踏み間違えたんだよ。俺も北宮とは違いはあれど、似たような経緯を送って来たから気持ちは分かる」
北宮は闇に手を染めるまでは順風満帆の人生とは程遠い人生だった。そしてそれが北宮の心を蝕んでいき、最終的に手を出してはいけない禁忌に手を差し伸べてしまった。
皮肉なことに、闇に染めたことでうまくいかなかった人生が嘘のように好転し、そして現在まで至るといったところか。
「つまりは北宮と阪村には接点がちゃんとあって、北宮は自分が大総裁へと登る階段の駒として阪村を利用して、見切りをつけたタイミングで殺したわけね」
「その考えで概ね間違いないと見ていい。これなら自分が大総裁へとなれるだけでなく、嫉妬していた阪村も消し、自らの地位を確固たるものにすれば完璧だ。狼角と死神を使って舛田や徳永などを連続で殺したのも自分がのし上がるための手段の一つに過ぎなかった。もう引くに引けないところまで来てる以上は北宮もそれを承知で割り切っている」
俺の結論にカリアも音山も言葉を出せずに沈黙した。普通の人間なら絶対にしない犯行をエリート街道という普通とは違った道を進み続けていたが故に起こった一連の事件に、言葉で言い表せない感情になるのは仕方ないことだ。
だが何度も言うように時間がない。予想よりも早くに結論を出せた今、この交番にいるのは危険だ。とにかく音山と神崎を俺たちが泊まっているホテルへと向かうのが先決だ。
俺はすぐに神崎にメールで俺たちの泊まっているホテルへと来るように通達する。
「順太! 結論が出た今、これ以上はここにいてはまずい。とにかく一度場所を変えるぞ」
「え? まずいってここは交番だぞ? 交番よりも安全なところなんてないだろ」
「交番だからだよ。場所が割れているからこそ、北宮は直接叩きに来る可能性が捨てきれない。今は場所を特定されるのは良くない。カリアも急いでここを出るぞ」
「は、は~い! ちょ、ちょっと待って~花巻君!」
「何を慌てているのかわからねぇが仕方ねぇな! 全て片付いたら焼肉奢れよ?」
「わかったわかった。それくらい好きなだけ奢ってやるよ」
さっきまでとは違ってドタバタした様子で交番を去り、速やかにいつものホテルへと身を隠せた。俺たちが交番を出て程なくして、さっきまでいた交番が凄まじい轟音と共に大爆発を引き起こした。
辺りが騒然としている中、ひっそりと人目に気付かれないように俺たちのいるホテルへと向かっている神崎の姿だった。
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