第19話 罪の重さー2

「死神が………? 鷹留さんを殺したのはお前じゃなくて?」


死神を利用した殺人自体は神崎も舛田殺害の件で話を聞いていたこともあってそこに驚きはない様子。

だが、死神を利用した殺人が3年前から既に行われていたという事実が神崎を驚かせている。


「最初に解決してほしいと依頼してきた舛田殺害もあれは死神を利用したものじゃないとできない傷だった。そして俺が第一発見者だった鷹留殺害も、今思えば死神の力を利用しないと完全犯罪はできないものだった」

「そう言い切れる根拠はあるのか?」

「俺が実際に死神を使った殺人を目の前で見たからだよ」


俺がはっきりと目撃したという言葉を聞いた直後、神崎は俺に向けていた銃を一度逸らした。明らかに動揺が顔に出ているのがわかる。神崎からすれば、同じ死神であるカリアがいれど、まさか直接犯行の瞬間を目撃していたとは流石に予想がつかなかったのだろう。


「どういう意味だ? 死神を使った殺人を見たというのは?」

「そのままの意味だよ。お前は原井川って警察官が殺されたことは知ってるか?」

「原井川? 悪いがそんな名前の警察官は顔覚えがない。今は帝明会のことで他の警察官に構っていられるほどの余裕がなくてな」

「そうか。まぁ別に原井川についてどうこうは聞かない。その原井川が殺されたのは昨日。俺が爆発した現場を仕切っていた原井川と話しているタイミングで何の前触れもなく背後から頭をきれいに撃ち抜かれていた。それも、高い建物からの狙撃ではなく白昼堂々とした仁王立ちでな」

「そんなわざわざバレる位置で射殺とか捕まりに来てるようなもんだろ? にもかかわらず犯人を取り逃したのか? 無能も行き過ぎると笑えないな」

「普通だったらとっくに捕まえてるか近くにいた別の警察官が発砲なりして意地でも抑えていただろう。でも実際は捕まえらどころか俺たちが顔を視認するよりも先に犯人は姿を消した。それも、人間業じゃ絶対に不可能な黒い霧の中に消えていくようにな」


神崎は俺が話した真実を信じ切れていない影響か次第に苛立ちを増大させていき、降ろしていた銃を再び俺の方へと向ける。そんな目の前で霧に包まれながら姿を消すなんて真似、マジシャンでも中々できない芸当をそれも一般人が普通にいる前で準備なしにやるなんてことを簡単に信じれる人はまずいないだろう。

しかし実際に俺がハッキリと見た確かな証拠だ。俺は探偵を始めて以降、自分の目で見たことに関しては、嘘はつかないと心に決めていた。

だから神崎が信じる信じない別にして、俺は話した。

そしてここからは自分の目で見たことではなく、一連の事件の流れを考察した上で話していく。真実を話したところで神崎がすぐに受けれてくれるほど甘くないのは鷹留を殺されたことによる怒りを見ればわかる。だからこそ、俺が今考えている仮説を神崎に聞かせて大筋の状況を理解してもらう必要があるのだ。


「その様子じゃ、俺の話をあまり信用してくれていないようだな」

「あ、当たり前だろ! あのお嬢さんが死神だっていう話も俺は話半分でしか信用していないのに、今の目の前できれいに姿を消したなんて話をまともに信じ切れるほど、俺は狂ってはいない!」

「なら別にそれでも今は構わない。とりあえずは俺の仮説を聞いてからにしろ。その後で信じるか信じないか好きにしろ」

「仮説だと? 未だに俺はお前を信用しきれていないのに憶測でしかない仮説を信じるとでも思うか?」


最初に出会った頃のある程度の信用をしてくれていた神崎はもうない。

それでも俺の気持ちが揺らぐことはない。


「いや、思わないな。だが少し俺の意見を聞くぐらいは問題ないだろ?」

「ならさっさと話せよ。その仮説とやらを」

「いいだろう。俺が建てた仮説はまず、今回の舛田殺害と3年前の鷹留殺害は関係ないようで実はしっかりとした糸で繋がっている」

「ほぅ? その理由は?」

「順を追って話す。まず、舛田殺害も鷹留殺害も、共に死神を使った暗殺の可能性が高い。誰がやったかはともかく、どちらもまともに証拠を一切残さずに殺害した点は共通している。元殺し屋だった俺からすれば、とても人間技じゃ不可能なレベルの犯行だと直感的に感じ取った。そして、その死神を操っている可能性が高いのは犯罪組織の狼角。ここまではお前も理解はしているだろ?」

「そうだな。前にお前の事務所で聞かされた話は一部を除いて大体こんな感じだったぜ」


ここまでの話はいわば簡単なおさらいと言っていい。神崎がまず、どこまで一連の事件の流れを把握しているのかを確認しておく必要があった。

神崎の理解度を確認した上で、ついに俺の建てた仮説へと話は移っていく。


「こっからが本題だ。舛田が殺された要因の一つには、まず、狼角関係者だった徳永万戸を舛田が暴力の容疑で逮捕したところからだった。帝明会の人間が、舛田殺害の犯人が狼角の人間だと確信している原因の一つだな。舛田が殺される少し前に徳永も拘置所で殺害されている。でもここで一つ、最初の疑問が浮かんでくる。それは拘置所という警察内部に捕まっていた徳永をどうやって殺せたのかということだ。拘置所とはいえ、警察官の見張りがゼロとは考えにくい中で人目を盗んで射殺したというのはかなり困難なはず。かといって警察官に変装して侵入できたとするなら、侵入した際に間違いなく一瞬でもその顔を誰かが見ているはず。もし舛田が徳永を射殺したのなら、とっくの昔に証拠を特定して逮捕しているはずだからな」


俺はこんなシンプルな疑問を気づけにいたことに情けなさを感じている。舛田が徳永を射殺したのなら顔はもちろん、近くで警護していた警察官か防犯カメラに犯行の瞬間、もしくは射殺した瞬間の音があってもおかしくない。

にもかかわらず、誰も犯行の瞬間に気付けなかったのならなおさら不自然な話だ。

だがこの違和感も死神を利用したものならば辻褄もあってくる。


「でもこの不自然さも死神を使ったものなら話が変わってくる」

「ほぅ?」

「さっきも言ったが、俺は死神を使った犯行の瞬間を間近で見ている。死神を使って射殺した瞬間に頃合いを見て華麗にその場から姿を消す………これを使って犯人は徳永を射殺したと考えている。これなら、誰にも見つからずに仮に音が聞こえても手掛かりを一切残さずに徳永も殺せる。ましてや警察内部の関係者が指示していたのなら、防犯カメラの位置でギリギリ見えない死角等は頭に入っているだろうしな」


不自然な部分も、死神を使ったものと仮定すれば不可能ではなくなる。まるで死神を便利屋みたいに扱っているが、死神側もカリアが言っていた人間たちの魂を回収するために手を貸しているのであれば、犯人側に死神がつくことも不思議じゃない。


「それはつまり、帝明会の舛田が死神の力とやらを利用して徳永を殺害したって言いたいのか?」

「いや、徳永を殺したのは舛田じゃない。おそらく狼角の息がかかった帝明会の内通者が真の黒幕だ」

「内通者? それも帝明会の? なんでそんな真似を? わざわざ自分たちの関係者を殺す必要性がなんである?」

「関係者だからだよ。帝明会の舛田に捕まった徳永を拘置所内で始末しておけば誰がどう見ても帝明会関係者が徳永を殺害したと捉えるだろう。そうすれば狼角が帝明会と敵対する口実にもなる」


狼角の本当の目的は日本最強の治安部隊を弱体化させて自分たちがより動きやすくするため、そして内通者は帝明会の一番トップである唐岡大総裁の権力を弱体化させて、次期大総裁の座を狙うといったところか。

後は内通者が誰かを確定させれば、大筋の事件の流れは掴めるはずだ。


「内通者って何度も口にしているがそのあてはあるのか? そう言い切れる根拠もないだろうが」

「あくまで所詮は俺の仮説でしかないから証拠はまだない。それでも、誰が内通者で狼角を裏で糸引いてるかの目星ぐらいはつけている。本当かどうかはともかくな」

「それで? 誰が内通者だって言うんだ?」

「帝明会の副総裁でナンバー2、北宮ごう

「____!」


現時点で一番帝明会の内通者、正確にはスパイの可能性が有力だと考えられる人物は北宮しかいない。なぜ北宮が狼角と繋がっているのかなど謎が多い部分もあるが副総裁の北宮なら唐岡大総裁を殺害することや自分がトップになるために狼角を利用するといったことは可能だろう。公安に目がつけられているからこそ、自分の手柄とするために自分の身内を殺害して狼角を叩き潰す動機にもなる。

そして何より、神崎の表情が全てだった。普通、自分の信頼している人間が疑われた場合、真っ先に反論したり、怒りを表すのが通常だ。

だが神崎の表情はそんな怒りなどの表情から程遠い動揺が強くみられる表情だった。

さっきも言った通り、俺が今はなしているのはあくまで全て仮定でしかない。極端な話、嘘である可能性もある。ならば、考える可能性を神崎なりの言葉で反論すれば俺も納得できるところがあったかもしれない。

だが神崎の顔は完全に見抜かれて動揺している表情だった。

小刻みに震えながら銃を俺に向けているのが全てを物語っている。


「北宮さんが内通者だと………? お前な勝手な仮説もふざけるのも大概にしろ!」


神崎が若干暴走気味に引き金を引こうとするよりも前に俺は右足で持っていた銃を叩き落す。

最初の攻め手を失った神崎はもう制御がきかないまま、持ち前の強靭な体を存分に活かしながら襲い掛かってくる。だが、それはあまりにも脆く、かつての柔道で鍛え上げられた力とは思えないほど弱かった。いや一般男性と比べれば警察官ということもあるので圧倒的に力は上だ。だとしても、俺が思っている半分程度しか神崎は力を出し切れていないのが構えと顔を見たらすぐにわかった。

俺は神崎の掴んでくる両手をうまく受け流し、その勢いでお手本のようなきれいな投げ技で神崎を投げ飛ばした。相手の勢いを利用したものだったとはいえ、こんなに見事に相手を投げれたのは随分と久しぶりかもしれない。大の字に倒れた神崎にさっきまでの怒りや動揺の顔つきはもうなく、落ち着いた様子に変わっていた。


「はぁ………はぁ……。俺はお前のことをただのどこにでもいる普通の探偵だと思っていた。だが………死神の件といい次第にお前が殺し屋兼スパイとして成功できた理由がわかった気がするぜ。北宮さんが___お前を消そうとするのも、今なら理解できる」

「やっぱり俺を殺そうとしていたのは北宮の指示だったわけか」

「___そうだ。北宮さんの指示でお前を殺すように言われた。鷹留殺害の犯人がお前だとほめのかしたのも北宮さんだ」


神崎はついに北宮の指示で動いていたことを自ら認めた。これで、疑いで止まっていた北宮黒幕説は確信に変わった。まだ北宮と狼角が繋がっているという確固たる証拠はまだ見つかっていない。それでも、神崎の口から一連の事件の犯人を突き止めただけでも、今は十分だろう。


「これで俺たちが倒すべき標的は決まったな。でもいいのか? 俺に黒幕を教えても」

「元々、あの事件があって鷹留製鉄を辞めて孤独に戻った俺に、再び救いの手を伸ばしてくれたのいが唐岡大総裁だった。唐岡大総裁は俺に

『帝明会に入って自らの手でチャンスを掴め』

と強く押されてな。今でも鷹留さんと同じくらい感謝している。北宮さんと知り合ったのも俺が帝明会に入って間もなくだ。当時から新入りの俺に対してとても丁寧で優しく接してくれてな。周りにいた人たちも北宮さんにはすごく人望が高くて、いずれは唐岡大総裁の後を継ぐ存在として間違いないとされていた。だがそれも最初の半年までだったよ。人間ってのは、やっぱり表と裏の仮面を持っているんだな。北宮さんの裏の仮面は正直、表の優しい仮面とはかけ離れた凶悪で冷酷な悪魔だった。多分、俺が知り合ったもっと前から黒かったんだろうな」


ようやく神崎の口から北宮の黒い本性に関する話が出てきた。初めて会った時からただものではない雰囲気だったが間違いなく北宮は狼角と繋がっている。後はその証拠を掴めさえすれば帝明会相手でも十分に戦える。ようやく俺たちは次の段階に進める土台が出来上がったのだ。


「お前がわざわざ黒幕の名前を吐いた理由がわかった気がするよ。恨んでいるんだろ? 自分の恩師である唐岡大総裁を殺した北宮のことを。自分の手で殺したいってぐらいに」

「…………なんでそう思うんだ?」

「お前のその拳を見ればわかるよ。俺も昔に大切な人を大人の都合で殺されたことがあったからな」


今の神崎は、かつて何もかもが未熟だった俺の姿と何となく似ている。一時の恨みという感情任せで体が勝手に自らの両手を汚そうとしていた事。そして、自分が信用していたはずの人が結局は自分の都合のために駒として動かされていたことも。

神崎の辛い心情が俺には痛いほど理解できた。


「俺は北宮さんと唐岡大総裁のことをずっと信じて帝明会の任務に励んでいた。だが、北宮さんが唐岡大総裁を殺したって聞いた時、俺はもう誰も信用できなくなった。わかるか? 信じていた人間にチェスの駒のように扱われた挙句、俺を拾ってくれた唐岡大総裁まで殺された気持ちが! 拾ってくれた恩師は上の人間のしょうもない都合で消され、信頼していた人間はクズ………もう俺の人生が何なのかわからなくなってくるよ! これ以上、俺の人生を狂わされるぐらいなら、俺が手を汚してでも止めるしかないんだよ!」


神崎は言葉に力を込めると同時に徐々に感情が溢れ出てくる。強く握っている右の拳がその何よりの証拠だ。このまま止めなければ、神崎はそう遠くないうちに北宮を殺すだろう。だが俺には見える。死神の力を利用できる北宮に口封じに消される未来が。もし仮に北宮を殺せたとしても、神崎は殺人犯というレッテルが張られ、二度と帝明会にはいられなくなるどころか、また社会的に孤立を強いられることにも繋がる。

それは神崎を暴走させる火種になりかねない。ここは俺が神崎の殺意を止める必要があった。


「確かにお前が北宮に殺意を向ける気持ちは分かる。俺も何度もこの身でその殺意を体感してきたからな。けどな、その手を一度でも赤く染めたら、一線を越えたらもう今までの人生は過ごせなくなる。俺と同じ世界線にたどり着くことは、お前の尊敬している2人の恩師に対しての反逆行為にもなる。人を殺している俺の口から言えたもんじゃないが、今踏みとどまれるなら踏みとどまれ。お前の2人の恩師も、お前が一線を越えることは望んでいないはずだ」

「じゃあ、どうしろっていうんだよ! 俺は大人しく北宮に殺される運命を受け入れろって言うのか!」

「1週間。1週間だけでいい。俺に協力してくれ」

「協力? お前と?」

「そうだ。お前は帝明会に関する情報をこっちに横流しして欲しい。1週間で構わない。俺にとっては東京にいる期間内で北宮と狼角との戦いに決着をつける。その鍵の一つにお前の力が必要になってくる。相手のバックに死神がついている以上、お前一人では北宮は殺せない。だが死神というカードを持っている俺と組めば、恩師の敵討ちの手助け程度はできる」

「お前のその言葉を、信じろって言うのか?」

「まぁ殺し屋だった俺の言葉を素直に信じ切れない気持ちは同情できる。だが、お前が自らの拳を血で染めるよりも、罪悪感は少ないと思うぞ。自分勝手な復讐がいずれ関係のない人間を巻き込む引き金になる。だから俺は北宮を止める。これ以上の血が流れるのはもうたくさんな気持ちはお前と変わらないからな」


ここで神崎を必死に説得すれば、より不信感が生まれる可能性がある。だからこそ、俺は強制的に協力させる真似はしない。神崎がどちらの選択を選ぶにしても俺は止める気はない。

もう自分の言うべき事は言った。後は神崎の気持ちにどう届いたかは本人のみぞ知ることだ。


「俺のこの拳は、血で染めるために鍛えたわけじゃねぇってわけか………。自分が強くなるため、大切な人を守るために日々鍛えてきた。不本意だが、お前の言葉で原点に戻れた気がするぜ。この拳は、北宮の野郎を投げ飛ばすために残しておくぜ」


神崎は自分の右手をジッと見つめながら清々しい表情で話す。

さっきまでの焦りと怒りの表情はもう遠い昔だ。

神崎自身はまだ、唐岡大総裁が殺されたことによる動揺が完全には消えていないだろう。

それでも、こうして俺に協力してくれるだけでなく、確実に前を向いている姿は昔の俺よりも数段優れていた。


「俺に協力してくれたことはすごく感謝している。今回の依頼の件も他に有名な探偵事務所があった中でわざわざ俺を選んでくれたことも何かの運命のめぐり合わせなのかもな」

「そうなのかもな。俺もお前も運命に振り回された側の人生だが、こういう悪くない選択肢もあるんだな」


さっきまでの険悪な雰囲気とは一体何だったのかと感じさせるほど穏やかな雰囲気に変わった。俺と神崎は一度、互いに隣同士に椅子に座り、マスターが用意してくれたワインを片手に取る。


「俺たちの手で終わらせるぞ。この悲惨な運命の選択を」


俺と神崎は互いにこの悲惨な運命を終わらせるため事を誓い合いながら、片手に持つグラスをカーンというきれいな音を立てながら乾杯する。

これが俺と神崎の事実上の北宮に対する宣戦布告と同時に、帝明会と狼角、そして死神たちに対する宣戦布告であった。


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