第18話罪の重さー1

「一昨日ぶりだな。探偵さんよ」

「わざわざ俺一人だけを呼びつけ話がしたいなんてよほど他人には聞かれたくない話なんだろうな」


俺と神崎はこれまでと違って互いに目つき鋭くとがらせながら、見つめ合う。

傍から見れば明らかに仲の悪いようにしか見えず、とても探偵とその依頼主であると思う人は誰一人としていないだろう。


「まぁいい。とりあえず、座って話そう」


神崎は隣の空いた席に俺を座らせる。

俺が椅子に座ったのを確認し、神崎は止めていたワインの入ったグラスを一杯喉へと流し込む。ワインを一口ほど残したグラスを机に置き、神崎は改めて話し始める。


「単刀直入に聞く。先日、帝明会の一番トップを務めていた唐岡大総裁が何者かによって殺害された。そのことはもう、耳にしているか?」

「あぁ。知っている」

「そうか。その様子じゃ、事件当日には唐岡大総裁が射殺されたことを周知しているみたいだな」


神崎の言葉を聞いた直後、マスター注いでもらったワインが入ったグラスを飲もうとする手が止まった。

わざわざ一人で来いと縛ってきた時点で何かしらはあるとは思っていたが嫌な予感は的中した。神崎は俺がニュース速報よりも前に察知していたことをはっきりとした口調で言い当てた。

これは俺が帝明会本部に直接侵入して唐岡大総裁が殺されたことを確認した事実を知っていなければこんな言葉はまず出てこない。

しかし、唐岡大総裁の部屋に防犯カメラといった防犯物はざっと見渡した感じではどこにもなかったはず。なのになぜ神崎は俺たちがあの時、侵入していたことを知っていたのか。

もし仮に侵入している道中に見かけていたのなら、その場で声をかければよかったはず。

わざと見逃したにしても腑に落ちない点が俺の中によぎっていた。


「それはどういう意味だ?」

「意味も何もねぇよ。北宮さんから聞いたぜ。お前が唐岡大総裁を射殺した後に部屋から出てくるのをカメラがとらえていたってな」


これでようやくすべてを理解した。俺が店に入ってきた直後ににらみつけるような目つきになったのも、唐岡大総裁が射殺されたことをわざわざ一度、確認を取ってきたのも全ては俺が唐岡大総裁殺しの犯人なのかどうかを見極めるためのものだった。

俺からすればはた迷惑な話ではあるが、神崎にとって、いや帝明会にとってはトップを殺害した犯人を捕まえることに必死になる気持ちは理解できる。

ましてや、カメラに出ていく姿が映っていたのなら怪しまない方がおかしい。


「つまりは俺が唐岡大総裁殺害の犯人であると言いたいわけだな?」

「いや、俺は北宮さんにあんたが本当に唐岡大総裁を殺したのかどうかを確認して来いしか言われていない。その口だと、実際は殺していないようだがな」

「そうだ。俺は唐岡大総裁を殺してなんかいない。俺が部屋に入った時には既に射殺されていたんだからな。それに、わざわざ助けを求めてきた唐岡大総裁をこうもあっさりと消すなんて真似、普通の人間ならまずありえない」


もし俺が唐岡大総裁を殺害するなら、こんなに人目が突きやすいようにド派手にはやらない。もっとバレにくいように潜入してから、タイミングを見計らって静かに殺す。わざわざ爆破するというリスキーな手段は俺なら絶対に取らない。これは俺が元殺し屋だったからこそ、リスクは少なく、かつ確実性の高い方法を優先的に選ぶのだ。

俺の否定した意見に神崎はどこか呆れ気味に返答する。


「普通の人間なら、ねぇ……。俺にはお前が普通の人間であるとは到底思えないけどな」

「どこか含みのある言い方だな。もっとストレートに言ってくれ」

「わざわざこんなことを俺の口から言うのも気が引けるってわけだが………。お前、元々は探偵屋なんかじゃなくて殺し屋だっただろ?」


俺以外の人間から俺が殺し屋だということを言われたのが仕事を辞めて以来、これが初めてだった。それも、依頼主である神崎の口から言われるとは流石に予想がつかない。

もしかすると、神崎は俺が元殺し屋であったことを承知の上で花巻探偵事務所にやってきたのだろうか。仮にそうだとしても、なぜ神崎は俺が元殺し屋であることを知っていたのかが謎だ。やはりこれは、神崎の口から聞き出すしかない。


「へぇ~。何で俺が元殺し屋であることを知っていた? そんな情報、普通ならまず絶対に知りえない情報のはずだが」

「やっぱりお前が元殺し屋であることは確定なわけか。まぁいい。そんじゃ___これで死んでくれや」


神崎は突然、懐に隠し持っていた銃を俺に差し向けた。この銃は恐らく、帝明会から配布されたものだろう。今まで神崎と会った時は一度も何か武器を持っている様子はなかったが、流石に護身用の銃は持っていたか。だが、なぜ神崎が俺を殺そうとする理由がわからない。

俺が神崎に恨みを買うような事をした覚えがないのだ。


「どういうつもりだ? それはお前の意思か、それとも誰からの差し金だ?」

「お前、俺がなんでこれをお前に向けているのかわかっていないのか?」

「正直、依頼を頼んできた時から神崎には特段悪いことをした覚えがない。恨みを買うようなこともした覚えがないからな」

「そうか。なら教えてやるよ。お前、3年前に殺された鷹留蒼甫たかどめそうすけって男知ってるよな?」


俺はその男の名前を聞いた瞬間、体中に電気が痺れるように走った。


鷹留蒼甫たかどめそうすけ


俺にとっては今でも頭の中に深く残っている男だ。

厳密に言えば、俺と鷹留は親密な関係を持っているほどの仲でもない。

なぜ俺の頭に強く印象に残っているのかという理由は実にシンプルなものだった。

それは、俺は鷹留蒼甫殺害された現場の第一発見者だったから。


当時、俺は殺し屋兼スパイとしてではなく、普通の会社員としての仕事が与えられていた。仕事の内容は取引先に商談を持っていくこと。

その商談相手だったのが鷹留蒼甫だったのだ。鷹留は当時、俺が所属していたファルタークと深いつながりがあった株式会社鷹留製鉄たかどめせいてつの取締役で商談をする前にも一度、俺と鷹留とで面会していた。その当時の印象は、別に癖のある性格でもなく、仕事に真面目で優しい社長だというのが初対面の印象だった。

商談当日、予定されていた部屋に入った時には既に鷹留は何発も銃で撃たれていて死亡していた。ここで重要になってくるのが俺は第一発見者ではあっても鷹留蒼甫殺害には全く関与していないという部分だ。神崎が鷹留と一体どういう関係を持っていたのかどうかはわからないが、神崎が俺を第一発見者だからという理由で犯人と見ているのなら、とばっちりもはなはだしい。

現在も鷹留殺害の犯人は未だに捕まっていないが、この事件に俺が関係していないことだけははっきりと言える。


「あぁ。3年前に何者かに銃で射殺された株式会社鷹留製鉄の取締役だろ?」

「そうだ。お前はその第一発見者でもあり、鷹留蒼甫を殺した犯人だろ! あんたがプロの殺し屋兼スパイなら、証拠の隠ぺいもお手の物なんだろ!」


俺が鷹留蒼甫殺害の犯人だと勝手に特定する否や、急に語気が強くなった。

今までの神崎はここまで感情的に言葉を強めることをしてこなかったからこそ、少し意外性も感じた。とはいえ、このまま犯人だと断定されたまま殺されるのも気分の悪い話。

ここは何とかして誤解を解き、そして事件の手がかりを神崎から探っていく方が得策だ。


「俺が鷹留蒼甫を殺害する理由なんてどこにもない。とはいえ、俺は殺していないって言ってもお前は納得しないだろうな。とりあえず、お前と鷹留との関係を聞かせろ。ちゃんと話してくれたらあの事件に関する話もしてやる」

「取引か………。簡単には話してはくれないってわけか」

「交渉事は社会で生きていく上では必須となるスキルだ。謎が多い事件の真相を知れるんだからお前にとってもそれなりにメリットはあると考えている」


これで後は神崎が俺の交渉に乗ってくるかだ。断られる後の最悪のケースもこっちは折り込み済み。差しでの勝負になれば、控えめに見ても俺が勝つ可能性が高い。例え、帝明会という治安部隊の人間である神崎でも、所詮は人間。死神と戦うよりはよっぽど戦いやすいのは明白だ。


「仕方ねぇ。その程度のことなら話してやるよ。俺は元々、すぐに帝明会に入ったわけじゃねぇ。俺は柔道で世界と戦うことを心に決めて、スポーツ推薦で大学に入った。だが、入学直後に右足の前十字靭帯をやっちまってよ。時間をかければ復帰ができる可能性も多少はあったが、その頃には既に大学から選手失格の烙印を押されちまった。仕方なく、柔道の夢を諦めて真面目に就職しようにも、思うようにいかずにこのまま働く先がないままなのかと覚悟していたタイミングに一本の電話が俺の携帯にかかってきた。電話に出ると一人の男性が俺を一人の社員として、人間としてほしいと言ってくれたんだ」

「電話をかけてくれたその男こそ、殺害された鷹留ってわけか」

「そうだ。ほとんど会社は俺が柔道しかやってこなかったスポーツ馬鹿だという偏見を押し付けて見向きもしなかったのにあの人だけは、俺のことを一人の人間として採用してくれたんだ。その日から俺はあの人のためにこの先の人生を捧げることにしたんだよ」


ここでようやく神崎の過去のプロフィールが明らかになった。神崎は大学で柔道のスポーツ推薦で入学するも、大怪我がきっかけで柔道を断念。仕方なく就職活動にはげむも、中々うまくいかない中で声をかけてくれたのが鷹留製鉄の鷹留蒼甫だった。

苦しんでいた神崎にとっては、救いの手を差し伸べていた鷹留を殺されたのだから、神崎からすれば怒らない方がおかしい。推測になるが、鷹留製鉄を辞めて帝明会に入ったのも恩人である鷹留蒼甫殺害の犯人を突き止めることが本当の目的だった可能性がある。


「どうだ? 俺と鷹留さんとどういう関係だったのかはこれでわかっただろ」

「大まかではあるが理解はできた。それを分かった上で聞くが俺が第一発見者だという理由だけで犯人だと断定できる根拠はあるのか?」

「はっきりとした証拠はない。でも、商談前の面談で鷹留さんが最後に会っていたのがお前だったから犯人の可能性が高いって北宮さんが教えてくれたんだよ。現に、当時の鷹留製鉄で明確な犯人候補が出てこなかったのも事実だ」


このタイミングで帝明会ナンバー2である北宮の名前が出てきたことに俺は首を傾けた。正直、一連の事件と鷹留殺害の事件も含めて、ここでなぜ北宮の名前が出てくるのかがわからない。それでも、俺にとっては北宮の名前が出てきたことで一つの新たな仮説が導き出せた。


「お前の力ではなく、北宮から聞いた話だったのか。じゃあ、これで心置きなく反論できるな」

「なに?」

「確かに、俺は鷹留殺害の第一発見者ではあった。だが、その現場を見た直後、俺はとても人間のやる犯行じゃないと思ったよ。警察が来るまでの間、軽く事件現場を見渡したけど正直、まともに証拠らしい証拠は一切残っていなかった。完全犯罪ってこういうことなんだなって最初は思ってた」

「その完全犯罪とやらもお前ならできるんだろ?」

「いいや、いくら俺が殺し屋兼スパイだったとしても所詮は人間。あそこまで完璧な犯罪は俺の手では作り出せない。それこそ仮想世界じゃないと無理だな。でも、今はその考え方も少し間違っているという発想になった」

「お前、何が言いたい? 言いたいことがあるならもの正直にはっきりと言え!」

「例え、どんな殺し屋でもできない完全犯罪も、死神の力を利用すればできるってことだよ」


3年前の俺自身なら絶対に浮かばない考えだ。そもそも、普通の人間なら死神なんていう神話にしか出てこないような存在、まともに信じる人間の方が皆無だろう。

でも今は違う。本物の死神であるカリアと出会った今、人間世界に死神たちが干渉している事実も知ったことで、普通では考えられないあらゆる可能性が浮上してきた。

その中の一つが、死神を利用した完全犯罪だ。舛田殺害の件では懐疑的だった死神を利用した犯罪も、今思えば鷹留殺害の時から行われていたものだとすれば納得いく点もあった。

これこそが、俺がカリアと出会ったことで導き出した新しい結論。

常識にとらわれているとまず導き出せないであろう仮説なのだ。



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