第17話混迷に陥る現場ー3

「あと一歩遅かったのね。この様子じゃ流石に死んでいるだろうし」


カリアは撃たれて動かない唐岡大総裁を見つめながら冷静に語る。俺もカリアも唐岡大総裁が生きている可能性はそう高くないとわかってはいたものの、わずかに生きている可能性に賭けてここには来たが、やはり現実はそう甘くなかった。

殺された現場を軽く見て回ったところ、抵抗した様子もないのでおそらくは突然の襲撃を前にして、抵抗する余裕なく射殺された可能性が高い。

ここで俺の中に新たな疑問が浮かび上がってきた。


「にしても変だな」

「え? 何が変なの?」

「帝明会の一番トップの人が殺されているのに駆けつけてくる人らしき姿は一向にない。それどころか俺たちがあっさりと大総裁の部屋までたどり着けてしまうほどセキュリティの甘さ………治安部隊の本部にしては詰めが甘すぎる」

「確かに言われてみればそうだね。私たちが始めてきた時はあんなにボディーガードとかいたのに」

「やっぱり何か裏がありそうだな。ひとまずはここを出るぞ」

「えぇ⁉ もういいの? 殺害現場なんだからもう少し手掛かりとかを探してみてもいいんじゃないの?」

「そうしたいのは山々だが、とりあえず今は唐岡大総裁の安否をこの目で直接知れただけでも上出来だ。これ以上の長居は、消防隊とかに見つかった時にあらぬ誤解を受ける可能性があるからな」


本音を言えば、謎を解く手がかりを探し出したかった。が、下手をうてば俺たちが唐岡大総裁殺害の容疑者として指名手配されるリスクがある。そうなれば舛田殺害の事件、そして狼角の件も捜査しづらくなる。探偵業の営んでいる身として、それは何としても避けたかったのだ。


 足早に大総裁の部屋を出て、帰りも誰にも見つからずに音山のところへと帰還した。

結局最後まで、大総裁の部屋も含めた警備があまりにも雑だったのは変わらなかった。


「お、帰ってきたか。見つからずに済んだんだろうな?」

「一応はな。人目には見つからなかったからバレてはいないはずだ」

「気づかれていないのなら問題はないが___。それで? 大総裁の生死はどうだったんだ?」

「結論言えば、既に殺されていたよ。死因はおそらく射殺。抵抗した様子もなかったから本当に突然襲い掛かってきたのか、油断していて防衛するのが遅れたかのどっちかだろうな」


俺の答えに音山はしばらく沈黙を貫いた。音山にとってはそこまで唐岡大総裁と深い縁があった話は聞いていなかったが、やはり警察関係者が殺害されたとなると悲しい感情が芽生えるのだろうか。


「そうか。唐岡大総裁は忙しい仕事の合間を縫って、定期的に下っ端警察官相手でも丁寧にあいさつをしてくださったり、励ましの言葉を送ってくれた。俺たちのような下の人間にとっては優しいおじいちゃん的存在だったよ。俺も大総裁から『自分の芯だけはどんな逆境になっても折れない強い心と弱い人間にも優しく声をかけれる余裕を持ち続けなさい』と励ましの言葉をもらった。その言葉を今も大切な生きがいとして使わせてもらってる。俺にとってはその程度しか大総裁を含めた帝明会の関係者と話さなかったけど、俺の大総裁のイメージがそのままならば人に恨みを買ったり、嫌われたりする人じゃないと思うぜ」


音山は自分の昔の記憶を再び呼び起こしながら唐岡大総裁との話を語る。

俺は唐岡大総裁と世間話を交わすほどの仲の深い関係ではないので本性がどんな人だったのかどうかは俺にはわからない。それでも音山の話を聞くに、唐岡大総裁はそう悪い人ではないのは確かなのだろう。警察関係の人間なのだから当然といえば当然なのだが。


「これ以上は長居しても他の消防隊と警察の邪魔になるだけだ。現場を拝見できただけでも十分に収穫はあった。ひとまずは音山の交番まで帰るぞ」

「おいおい。俺はまだ帰るなんて一言も言ってないだろ! まぁ別にそれぐらいなら構わないが」


音山が呆れた言い方をしながら、俺たちをパトカーの中へと案内する。

未だに消えぬ炎を野次馬が眺め、消防隊が必死の救助と消火活動に励んでいる中、俺たちはひっそりと現場から姿を消した。


 パトカーに乗って交番まで戻り、改めて俺は音山にお礼の言葉を並べる。


「今日は俺の言うことばかりで聞いてくれて本当に感謝している。俺にとっても音山にとっても非常に濃い一日だったが無事に何とか死なずに無傷で来れただけでも十分だろう。本当にありがとうな」

「気にすることはねぇよ。ただ、やれることがこれぐらいしかなかったのは申し訳ないと思ってる。それに神武羅と一緒にいて、色々考えたが俺も例の事件を個人で追ってみるよ」

「おい、個人の自由だからやめろとまでは言わないが大丈夫か? 帝明会の事件はお前が思っている以上に闇が深く、片足を底なしマグマに突っ込むのとほぼ同義なんだぞ」


今までの音山の性格なら自分から面倒ごとには首を突っ込んでこなかったが、意外な返答だ。もしかすると久しぶりに俺と出会ったことで音山自身の心境にもそれなりの変化があったのかもしれない。それがプラスなのかマイナスなのかはわからないが。


「神武羅たちが帝明会に関連する事件を追っていた時点で俺は巻き込まれると最初から腹をくくってた。現に、もう後に引けない状態にまで来てる。ここで自分が死ぬのが怖がっていたら何のために警察官になったのかわからない。俺は自分の命を守ってまで闇に巻き込まれていく人を見捨てるなんてダサい真似をする気はないぜ」

「そこまでの覚悟がちゃんとあるのなら俺は止める気はない。その代わり、耳よりの情報を手に入れたらちゃんとこっちにも話せよ?」

「んなもんわかってるって! 重要な情報は他の警察の誰よりも先に神武羅達に話すぜ。そんなことよりももう夜も遅い。明日からまた調査始めるんだろ? なら、さっさと帰ってゆっくり休めっての」


俺たちを追い返すような言い方ではあるがやはりちゃんと信頼して、なおかつ心配もしてくれている。

私情抜きに考えても、これほど頼りがいのある警察官は全国見渡してもそう多くはない。

交番前に戻り、俺とかリアは一度音山に別れと感謝の言葉を告げる。


「なら、俺たちもホテルに戻らせてもらうよ。お疲れ様」

「今日は色々お世話になったよ! ありがとう! 音山君!」


俺とカリアは音山に別れを告げ、足早に止まっていたホテルへと戻った。

俺たちの姿がちょうど見えなくなったタイミングで音山は一度、大きく息を吐きながら地下にある作業机へと向かって行く。


「さてと。ここから本格的に仕事に入るとしますか」


音山の座った机には膨大な量の帝明会の関する捜査資料が分厚い状態で置かれていた。


 音山と別れた俺とカリアはいつものホテルで寝床に着き、次の朝までしっかりと疲れを取ることにした。


____翌日。


 今日はいつもより早くに目が覚め、すぐに誰かから携帯に連絡が来ていないかの確認をする。すると一件の着信が10分ほど前に届いている。

送り主を確認すると、それは今回の依頼主、神崎からのメールだった。書かれている内容は


『探偵さんへ  昨日の一件も含めて少し話したい。10時に最初に待ち合わせたお店で待つ。ただし、一人で来い。死神は連れてくるな』


と書かれていた。

わざわざ場所を指定してまで俺と一対一で話したいこととは一体何のことだろうか。昨日の帝明会の襲撃からそれほど時間が経っていないことを推測すると、余りいい話ではなさそうだ。

だが、それにビビっているようでは、探偵は務まらない。

探偵として、依頼を任された以上は最善を尽くさなければ意味がない。

ぐっすりと夢の中で眠っているカリアには申し訳ない気持ちをよそに、俺はホテルを出た。

東京で初めて神崎と出会ったお店へと向かって行く最中、辺りを見渡すと昨日までならこの時間にもう店を開けているはずのお店が、今日は呼吸を合わせたかのように一斉に休業になっている。

まぁ昨日のド派手なテロがあった後ならこうなるのが自然だろう。ましてや、それが警察組織の一つである帝明会が襲撃されたとなれば東京といえども、ほとんど人が見かけない状態になるのは別に不思議ではなかった。

そんな中、ひっそりとオープンの看板をぶら下げている『ル・メイヤー・サキ』の看板。

中には既に神崎がワイン片手に待っていた。俺はゆっくりとドアを開ける。


「いらっしゃい。お客さんが待ってた客が来ましたよ」


マスターの声と共に俺の方へと顔を向ける神崎。

その顔は初めて会った時は随分と違った緊張感のある顔へと変わっていた。



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