第16話混迷に陥る現場ー2

音山がパトカーのスピードを上げるのに合わせるように一番前を走っていた灰色の車も同じようにスピードを上げてきた。


「やっぱり合わせてきたな。カリア、死神の方は頼む。音山はそのままできる限り近づけさせないようにスピードを調整してくれ。俺は攻撃してきた奴と追いかけてくる車をクラッシュさせる」

「構わねえけど、神武羅って拳銃扱ったことないはずなのに大丈夫なのか?」

「まぁ見ておけばわかる。音山はとにかく銃に気を付けながら運転してくれればいい」

「はいはい。そうですかっと」


俺は自前で持っている銃(正確には佳奈が東京に向かう俺用に用意してくれたものだが)を右手に構え、後ろから追ってくる狼角の追手たちに向ける。既に追いかけてきている狼角関係者も銃を構えて応戦する気満々だ。


「神武羅! 一番前を走ってた車が距離詰めてきた!」

「カリア、死神を処理するついでに横に詰めてきている車も頼む。音山は気にせずパトカーを走り続けてくれ」

「了解!」


音山は右から近づいてくる車に警戒しながら、一定の距離を保ち続ける。

一方でカリアは次々に現れる死神たちを愛用する鎌で華麗に切り裂いていく。さらに、タイミングを見計らって距離を詰めてきた狼角側の車に乗り移り、そのまま鎌で豪快に車を真っ二つに切り裂いた。鎌が車を真っ二つにした瞬間に再びパトカー飛び移った。

真っ二つに裂かれた車は凄まじい轟音と共に大爆発を引き起こした。

俺たちの乗ったパトカーは間一髪のところでギリギリ回避できた。


「あ、あぶね~。一歩間違えていたら俺たちまで巻き込まれてたぞ」


音山がホッとしているのも束の間、まだ後9台ほどの車が俺たちを追走している。

すると、前方を走る3台の車の窓が開き、こっちに発砲してきた。

下手なタイミングで顔を出せば間違いなく銃弾が命中する可能性が高い。うまく身を隠しつつ、的確なタイミングを狙って正確なヘッドショットとタイヤを狙って車をクラッシュさせるかのどちらかを狙う。

前方で発砲していた狼角関係者が玉を補充する影響で一旦身を引っ込めたのが視界に入ってきた。


「ここだな」


俺は一瞬の隙を見計らっていたように絶妙なタイミングで前方のタイヤに向かって一発の銃弾を撃ち込んだ。銃弾は見事にタイヤに命中し、お望みどおりに車をクラッシュさせて後ろの車も一気に巻き込んだ。改めて見るとまるで映画のような豪快な爆発っぷりだ。

一方で上に乗っているカリアも襲い掛かってくる死神を連続で切り裂き続けている。

おかげで俺たちの方に死神による影響が出ていないのもカリアが取りこぼしなく処理してくれているからだ。


「音山! まだ帝明会総本部に到着しないのか?」

「本当ならもう少しでつく。だがこの状況じゃ、現場に着いても戦況を悪化させるだけだ。今は確実に追手を振り切ってからだ」


こんなに緊迫した状況の中でも音山の頭はしっかりと冷静だ。

勝負どころでは頼りになるとはまさにこのことだろう。


「だな。だったらひき逃げにならないように安全運転で追手を振り切ってくれ」

「おうよ」


音山が綺麗にハンドルを切りながら右に曲がったタイミングで俺は残りの車で攻撃してくる狙撃隊を鮮やかに処理して見せた。過去に何度も銃を扱った経験はあったとはいえ、こうして本格的に使用するのは随分久しぶりだったこともあって、腕が訛っているかという心配もあったがどうやらそれも杞憂で終わりそうだ。

カリアも俺も順調に追手の数を少しずつ確実に減らしていき、10台近い追手の車も半分の5台にまで減った。早く帝明会本部へと向かわないといけないという焦りが全くないわけではない。

それでも、さっきの音山の言う通り、まずは目先の追手を完全に減らしきること優先する必要がある。


「あと5台か。ざっと人の数を推察するに狙撃してくるのは10人くらいか」

「マジかよ。一人ずつ対処してたらマジで間に合わなくなるぞ!」

「それに関しては大丈夫だと思うよ」


カリアの言葉に音山は首を傾げる。30分経ってやっと半分にまで減った追手をどうやって一気に倒すというのだろうか。


「なんか秘策でもあるのか?」

「まぁね。本当はあんまり使いたくないけどこれを使えば残りの死神は全て倒せる。だから花巻君が残りの追手の車を処理さえしてくれればそう時間かからないよ」

「わかった。今は出し惜しみをしている余裕はない。こっちも手早く終わらせるからカリアの方も頼む」

「はーい」


カリアはスーと息を吐き、鎌を一度しまう。

そしてゆっくりと目をつぶり、両手を合わせ、静かに詠唱を唱え始める。


「我が死神の魂は 世界を壊す絶対なる否定者にその鎌で魂を刈り取られる純粋なる良心をもって均衡を保ち 悪しき心を持つ死神を抹消すべし魂は純然たる業火に焼かれ 空へ帰り そしていずれ消滅する………」


詠唱が終わると車で待ち構えていた死神たちが一斉に苦しみ出した苦しんでいる死神の体は徐々に薄く透明になっていく死神の中に宿る魂が炎に包まれていく。そして1分も経たないうちに死神は完全に消滅していった。


「これで死神は完全に消えました! 花巻君、後は任せました!」


カリアの威勢のいい掛け声と共に俺は再び前方のタイヤに向けて引き金を引いた。パンクさせられた車は近くを走っていた2台の車を巻き込んでクラッシュし、大爆発を引き起こした。

これで追手も後2台。しかしこれ以上は時間のロスをしていられる余裕もなかった。現在走っているところから帝明会本部までの距離を逆算しても最低20分はかかる。これ以上、遠回りしていたら手遅れになる可能性がある。襲撃があったという連絡があってから既に1時間以上は経過している。

もう追手に時間もかけていられないのは明白だ。


「音山。これ以上の時間のロスは手遅れになるリスクがある。このまま帝明会本部まで走り切ってくれ」

「おい、大丈夫なのか? まだ追手は振り切れていないんだぞ?」

「安心しろ。10分で片を付ける」

「その言葉、嘘じゃないこと祈ってるぞ!」


音山は俺の言葉に対する全幅の信頼を託し、強く踏んでいたアクセルをより一層強く踏み込んだ。同時に俺は最後の弾を拳銃に補充する。

そこからすぐに、今度はタイヤではなく運転手に向けて引き金を引いた。放たれた銃弾はきれいな弾筋を描いて頭に命中した。運転手が射殺された車は不規則な動きをしながらクラッシュする。これで残すは後1台。だからといって、俺はじっくり時間をかけるつもりはない。まずは発砲してくる狙撃手を手早くヘッドショットを決める。

そして最後の運転手の頭に照準を合わせ、最後の銃弾を放った。

最後の1台も何とかクラッシュさせ、ついに全ての追手を何とか撃破し、振り切った。ギリギリ10分以内に全て追手を対処出来て、内心少しホッとしている自分がいた。


「追手は全て対処したぞ」

「やっと終わったか。お疲れ様。ほんと、追われている間は生きている心地がしなかったぞ」

「それはまぁ、俺も一緒だ」


無傷で終えたとはいえ、ギリギリの状態で戦い続けたこともあって予想以上に精神的に疲労が来ていた。上で死神を処理し終えたカリアもパトカーの座席にホッと一息つきながら座った。


「何とかなったね。後は現場がどうなってるか。無事だといいけど………」


カリアの心配をよそに、パトカーは走り続けていた。


狼角の追手を何とか振り切ってから10分程が経ち、ついに帝明会本部へと到着した。


「ようやく着いたぞ。って、おいおい。にしても想像以上に炎が燃え広がってるな」

パトカーを降りてすぐに目に入ったのは激しい炎に包まれた帝明会本部。周りには野次馬だけではなく、消火活動に急いでいる消防車など現場は騒然としている。

「とりあえず中の状況を知りたい。俺は消防の目を掻い潜って中に入る」

「おいおい正気かよ! こんな状況なのに炎の中に飛び込むなんて自殺行為に等しいぞ!」

「安心しろ。カリアも一緒に連れていく。万が一のことがあればカリアと一緒に脱出すればいい。それに、燃えているといってもまだ全焼はしていない。おそらく、大総裁のいる部屋は防火対策がされているはずだ。大総裁の安否はこの目で確認しておかなければならないからな」


仮に誰が帝明会を襲撃してきたにせよ、目的は一致している。それは唐岡大総裁の殺害だ。そうでなければわざわざ本部を直接攻撃するなんていう無謀な真似はしないはずだ。相手が狼角なのか、死神なのか、公安なのかはわからないがとにかく唐岡大総裁が生きているかを確認しなければならない。


「音山、お前はここで待っていてくれ。すぐに終わらせてくる」

「あんまり警察や消防に迷惑かけるなよ?」

「極力バレないように動くよ」


俺とカリアは野次馬や消防隊の目をうまく掻い潜りながら帝明会本部へと入っていく。

倒れていく柱や燃え上がる炎を利用して消防隊や帝明会の人たちの目をうまくごまかしながら、唐岡大総裁のいる部屋の前まで難なくたどり着いた。

運があったとはいえ、ここまで何事もなく大総裁の部屋までたどり着いたのは、何かここに来るように誘導されている気がして不気味でならない。


「ここか。今から開けるぞ、カリア」

「うん」


俺はカリアが頷いたのを確認し、ついに部屋の扉を開けた。

部屋の中はとても静かだ。前来た時も騒がしい方ではなかったが今回はそれ以上に静かすぎて完全に別の空間にやってきたとさえ錯覚するほどた。

そして同時に、俺とカリアは衝撃の光景が目に飛び込んできた。


「やはり………か」


そこには椅子に座った状態で頭を撃たれていた唐岡大総裁の姿。

その後ろにある壁に凄まじい量の血が飛び交っていたことが事の恐ろしさを物語っていた。


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