第15話混迷に陥る現場ー1
阪村との別れを告げ、2階のアパートから時間短縮のために階段を飛び降りずに柵を飛び越える。
久しぶりにパイクールみたいな行動したが存外、身体は覚えているものだと身に染みて感じる。
降りた先には狼角の下っ端たちの怯えた顔とパトカーに乗ったカリアと音山の姿だ。
「神武羅! 早く乗れ!」
「カリア、そして音山もいるのか。一体何がどうなってる?」
「話は後で話す! とにかく今は早く乗れ!」
音山の明らかに切羽詰まった声と表情。これはただ事ではないことをすぐに察した。
戦意を失った狼角の下っ端たちを今更相手にする必要性もなかった。
「わかった」
俺に迷いはなかった。
俺は狼角の下っ端たちを蹴散らしながら、音山たちのパトカーに乗り込む。
俺がパトカーに乗ったのを視認した後、アクセルを一気に踏んでパトカーを出発させた。
パトカーはすでに100キロ近い速度を出しており、警察の人間が違反していい速度を余裕で超えている。
「改めて聞くぞ。そんなに大急ぎで一体どこに向かってるんだ?」
「カリアさん! 悪いですが俺は運転に集中したいので神武羅に状況説明しておいてくれますか?」
「え、えぇ。わかりました!」
こんなに焦っている音山の姿、出会ってから初めて見る顔だ。
正直、今の状況を話してくれないと俺には全く理解できなかった。
「カリア。今、何が起こってるんだ?」
「………。実は花巻君が阪村君の所に行って程なくして、音山君宛てに警察の方から至急の連絡があったの」
「連絡?」
「そう。連絡の内容を聞いた瞬間、激震が走ったよ。帝明会本部が何者かによって爆破、襲撃されたっていう話を聞かされた瞬間ね」
「何?」
カリアの話を聞いた直後、俺は事態の重さを知った。あの日本最大の治安部隊である帝明会が何者かによって攻撃されたとあれば、日本中が大騒ぎするほどだ。
しかも阪村や原井川といった一連の事件の関係者が連続で殺された直後という何とも間の悪いタイミングなのがまた不気味に感じさせる。
「あの帝明会が? 一体誰に? まさか狼角か?」
「それが………現場は今、大混乱に陥っていて誰が爆破して、誰が襲撃してきたのかわからないみたい。既に多数の死者も出ているらしいし」
「そりゃあ、至急で呼び出しが来るわけだな」
「だからとにかく人手が必要みたい」
カリアに大雑把な現状を聞いた限りでは相当悪い状況なのは間違いない。
帝明会、それも本拠地である本部が何者かによって襲撃されている話そのものがにわかには信じがたい。それは実際に帝明会本部に直接攻撃された瞬間を見ていないこともあるが、何より、警察傘下の治安部隊である帝明会が内部での襲撃を防げなかったことにどことなく違和感があった。
まだ現場を見ていないから俺の推測にしかならないが何か裏がありそうだ。
しばらくの間パトカーを必死に走らせていると、ふと音山がサイドミラー越しに目をやりながら俺たちの声をかける。
「おい。後ろの車を見てくれ。正確な数まではわからないが、さっきからずっとこっちをつけている」
音山の言う通り、後ろに目線を向けると、そこには10台近い灰色の車が一定の間隔を保ちながら確実にこっちを追跡していた。
普通の人から見たら1台のパトカー相手に10台近い一般車両が追いかけているという異様な光景だ。それでも、他の警察たちが対応しないのは帝明会の襲撃に対応を回していて、こっちに手を回していられるほどの余裕がないのだろう。
直後、一番前を走っていた一台の車が一気に速度を上げて俺たちのパトカーに距離を詰めてきた。
「やっぱり距離を詰めてきやがった! どうする? 相手は間違いなく狼角関係者で俺たちを殺す気だぞ!」
「いや___どうやらお客さんはそれだけじゃないみたいね」
カリアの目には、車の中に潜む死神の姿。ざっと数えただけでも20体はいる。
しかし俺と音山の目に死神なんていう禍々しい姿は見当たらない。
「まさか死神もいるのか? だがそんな姿はどこにも見当たらないが」
「死神って普段は絶対に人間に目視される存在じゃないの。私の姿が花巻君たちに見えるのは私がみんなに見える状態にしてるから。だから普段は死神の姿見えない状態が正常なの。ざっと見ただけでも30体はいるね」
死神であるカリアがなぜ一般人から見えるのかようやく納得がいった。俺たちの目が異常なのではなく、カリア自身が俺たちにも見えるようにしているのなら少し安心した。
だが、これで戦況の悪さがますます増加したのは事実。
狼角の人間と死神、この凶悪なコンボは本気で俺たちを殺そうとしてきている証拠だ。
「犯罪組織の人間に死神………。どうするんだよ? このままじゃ、マジで俺たち消されるぞ!」
「………仕方ない。私が出るよ」
カリアが覚悟を決めて車の上の屋根へと登った。
どうやら、本気でこんな状態の中で戦う必要があるようだ。
「私は花巻君たちの見えない死神を倒すから、花巻君は人間の方頼める?」
「別に構わないが、それはあいつらを殺すことを意味するがいいのか?」
「本当はそうしたくないんだけど………そうしないと私たちが死んじゃうから今回だけはいいよ」
カリアは俺に狼角関係者を殺すことの許可を出した。
だが俺はすぐに「わかった」という言葉が声に出せない。
自分が殺し屋だというのに本当に情けない話だ。でも、あの時の躊躇なく動けた頃とは違う。
殺し屋兼スパイを辞めた今でも、自分が殺めた人たちの顔が未来永劫、俺の頭から離れることはない。俺のやったことが社会的に見れば絶対に許されるものではなく、重い十字架を背負っているのは自分がよくわかっている。
しかし、自分が赤く手を汚してしまったが故に、全く関係のない人まで争いに巻き込んでしまった。
それ以来、もう自分の手を汚すことはしないと心に誓った。例え、誰が相手でも殺すことまでは絶対にしないようにしてきた。
ついさっきの狼角の下っ端たちを相手にしてきた時も殺さずに的確に気絶程度に止めてきた。
それがここへ来て、また自分の手を赤で染めることになるとは。相手が犯罪組織の人間とはいえ、殺し屋時代のあの光景が今でも脳裏の隅から離れることはない。
そんな俺の葛藤を横目に、音山がとんでもない言葉を投げかける。
「神武羅がこれまで人を殺してきたのかしていないのかはお前自身の口から聞かないとわからねぇし、知りたいとも思わねぇ。でもよ、今はそんな綺麗ごとを言っていられる余裕なんてないだろ。俺たちの命だけじゃねえ、下手すりゃこのまま東京中を巻き込んでとんでもない抗争へ発展する可能性だってある。そうなりゃ、もう警察すらも止められなくなる。一度戦争状態になってしまえばもう先の見えない区切りがつくまで突き進むしかないんだからよ。だが、今はまだ戦争を未然に防ぐチャンスは残っている。今ここで法や秩序を気にしていたら、狼角と帝明会の対立は間違いなく東京中に飛び火する。それで全く関係のない人間が儚く命を落としていくのを目の前で見せつけられるぐらいなら、自分の手を汚してでも戦争になるのを防ぐべきだと俺は思うぜ。別に正義のヒーローになる必要なんてないだろ。自分がダークヒーローとしてヒールになっても、それで大切な命を守れるならそう悪いことでもないと思うぜ」
音山の言葉は、俺が元殺し屋兼スパイだったことを知らない上で言っている。
知っていればこんな言葉は出さずに、多少なりとも配慮はしてくる。
だが、音山の言っていることは正しい部分もあった。一連の帝明会と狼角の対立とこのタイミングでの襲撃を考えれば、むしろ対立が悪化してさらに激化する可能性は十二分に考えられる。警察側が想像以上に弄ばれている以上、もはや俺たちだけしかこの一連の事件を解決できる人間はいない。
それに、理由はどうであれ、俺は人を殺し続けた選択をした時点でもうヒーローという正義側に付くことはできない。ならばせめて、自分がダークヒーローになってでも平和を脅かす恐怖を振り払うことができるのなら、それも償いとして行うのも悪くないのかもしれない。
皮肉にも、警察官という悪を捕まえる側の人間だった音山からそんな言葉が出ることに驚きは隠せないが。
それでも、これで俺の抱えていた葛藤も自分のこれから進んでいく道筋はようやくおぼろげではあっても見えてきた。
「ありがとう音山。俺の中にあった恐怖という葛藤を少しはマシにしてくれて。でもいいのか? 警察という立場なのに目の前で人殺しをしているのに止めずにむしろ推奨するなんてこと、解雇どころか下手すりゃ共犯罪で刑務所行かもしれないんだぞ」
「警察官という立場からすればそりゃあ、内心いい気はしねぇな。でも、音山という神武羅の知り合いの一人としてみれば、この警察史上最大の危機になるかもしれない非常事態に警察官のプライドを優先するほど俺はえらい人間じゃねえ。神武羅を手助けするきっかけを作れるなら俺は何でも協力するってだけだ。安心しろ。俺だって警察官人生を懸ける覚悟はできてる。万が一のことがあっても、神武羅のことも多少なりとも擁護はしてやるからよ」
「そうか………。なら、スピードを上げてくれ音山! もちろん、一般市民に被害は出さないようにな!」
「はいよっと! その言葉、待ってたぜ!」
俺の言葉と共に音山のアクセルを踏む足が強くなる。同時にパトカーのサイレンもけたたましく鳴り響き始めた
俺たちと狼角による激しいカーチェイスが始まった。
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