第13話初めての友達ー2
俺は阪村の案内の元、玄関を上がり、久しぶりの阪村の部屋へと足を踏み入れる。
阪村の家に直接足を踏み入れるのは3年前に1度だけあったがその時以来だ。
それにしても、それなりには収入をもらっているはずなのだが相変わらず家を買ったりもせずにここのアパートに住み続けているのは本当に不思議である。
「それにしても、いきなり僕の家に訪れるなんて花巻君らしくもないね。いつもなら事前に必ず連絡してから僕と会うのが普通なのに」
「本当ならそうしたかったが、いろいろ時間に余裕がなくてな。とりあえず、お互いに別れてからの話を色々語ろうじゃないか」
「それもそうだね。今日は久しぶりに色々話そうか」
さっきまでの落ち着かない様子からようやく笑顔が少し見え始めている。
久しぶりに会ったことで緊張が出ていたのだろうか。阪村にしては珍しい反応だ。
阪村が冷蔵庫の中からお茶の入ったペットボトルを取り出し、事前に用意していた2つのコップにゆっくりと注いでいく。
およそ、8分目ほど入ったお茶を俺の方へと差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう。助かるよ」
阪村から渡されたコップを手に取り、ごくりと一気にお茶を喉へとゆっくりと流し込む。
普通のどこにでもあるお茶のはずなのにどこか懐かしい味に感じるのは不思議な感覚だ。
俺は飲み切ったコップを机に置き、真剣な顔つきにかえる。
「早速だが、阪村のこの1年での話について色々聞かせてくれないか? 俺の話は後からだ」
「相変わらず花巻君は自分から話したがらないよね。でもいいよ。せっかくこうして会えたんだし話さなきゃ損ですからね」
阪村は自分で入れたお茶を口へと流し込み、一息ついた後、この1年の出来事を思い出しながら話し始めた。
「花巻君が東京を離れてからこの1年。僕の周りにもいろいろ変化があったよ。いいことも悪いことも含めてね」
「随分と含みのある言い方だな。ちゃんと嘘を言わずに話してくれるんだろうな?」
「わかっているさ。どうせそのために僕に連絡せずにアポなしで訪問してきたんでしょ? 花巻君としてではなく、花巻探偵事務所の花巻として」
どうやら俺が阪村とただの雑談のためにアポなしに来たわけじゃないことに気付いているようだ。訪問してきた直後の落ち着かない様子といい明らかに何かを知っていることはこれで確定したといっていい。
まぁあの暴力事件で被害者だった時点で関係がないはずがないのだが。
「普僕は僕に対して会う際はちゃんと連絡を入れる花巻君が東京に戻ってきた途端、僕に一切連絡を入れずに会いに来たんだ。疑わない方がおかしいよ」
「そうか。だったら話は早いな。単刀直入に探り合い話だ。お前は狼角と関係性を持っているってことで間違いないな?」
阪村自身が、俺があの事件に関する内容を知っているのであれば隠し事はせずに素直に話した方がいい。親友的存在であることを考慮しても、阪村が狼角と直接的に関わっていることはあっても、犯罪に関わっている可能性はまだ低い。全くないとまでは言わないがこれまでの阪村の性格を考えればその可能性は限りなくゼロに近い。
だからこそ、究極の善人である阪村がなぜ犯罪組織の狼角と繋がっていたのかを知る必要があるのだ。
「もうそこまで知っていたとは。そうだよ。僕は狼角という犯罪組織と関係を持っていることは事実だ」
「なんでお前が狼角と関係を持つ必要がある? お前はそんな地に落ちるような真似をする人間だとは思えないが」
俺の質問に阪村の顔が複雑な表情を浮かべる。
狼角と関与している時点であまりいい話ではないのはわかっていたがこの表情から推測すると、相当深刻な問題の可能性がある。
「本当のことなら、もう少し、時が経って落ち着いてから話したかったけど………あいにくそうもいかないようだね。僕が狼角と縁を持ち始めたのは花巻君が東京を離れて1ヶ月程が経ったある日のこと。僕が務めている会社向けにある人物が依頼を送ってきた。しかも、その依頼を社長に通してではなく、僕に直接依頼を頼んできたんだよ」
「直接? 会社を通さずにわざわざか?」
「うん。社長から僕宛てに仕事が来ているとね。最初はいたずらかと思ったけど封筒を開けたら、やけに内容が凝っていたプリントが入っていたんだ。流石にいたずらにしてはやりすぎだと思って、それに書かれていた場所に向かったんだ。今思えば書かれていた場所に向かわずにその場でゴミ箱に封筒ごと丸めて捨てておくべきだったと後悔している」
「後悔しているということは、その封筒に書かれた先に行って、何を見たんだ? 一体誰から送りつけられたものだったんだ?」
前のめりになりながら立て続けに質問をぶつけてくる俺を両手で制止させる。
そして、自分の右袖をスッとまくり上げる。
俺にはっきりと見せつけるように。
阪村の右腕に写っていたのは黒く、禍々しい十字架のような線が入った腕。
一目見ただけで明らかにこの世界で書かれたものじゃないことがわかる。
「こ、これは…………⁉」
「見ての通り、死神と人間が契約した時に出る紋章のようなものだ。その様子だと初めて見たようだね」
「初めても何もまず、契約ってなんだ? そしてなんで阪村が死神のことを知っている?」
阪村が死神のことを知っていることも衝撃だが、それ以上に阪村の右腕に黒い十字架のようなものがついた契約の証というべきものが刻まれていたことの方が個人的な驚きは大きかった。
カリアが死神と人間に契約の証について話していなかったこともあるが、この右腕に刻まれた紋章こそ、阪村が死神、そして狼角との関係を繋ぐ重要な手掛かりになるのだ。
阪村は俺に見せつけてきた右腕を早々と隠し、再び話し始める。
「そう焦らなくても隠すつもりはないよ。順を追って話していくから。まず、花巻君の言動を推測するに、死神そのものに関してはある程度の信用はしているようだね」
「信用も何も、俺の探偵事務所にはその死神がいるからな。死神そのものに関してはそこまでの驚きはない。阪村が死神を知っていることの驚きはあったが」
「少し前までの花巻君なら、死神という存在を真っ先に否定していたのに。今では随分と柔軟になったんだね」
「別に前よりも性格が変わったという自覚はないけどな。死神の存在を信じたのも実際に死神をこの目で見ているだけだからに過ぎない」
「そういう謙虚な姿勢は昔から本当に変わってないよね」
阪村は俺と長く交流してきたこともあって、誰よりも俺のことを知っているだけのことはある。
別に自分が謙虚であるとは思っていない。
どちらかというと自分に対する関心がほとんどないという表現の方が正しいのだが。
「まぁいい。少し話が逸れたけど契約について軽く説明しておくよ。死神と人間の間で契約が成立すると、さっき見せたように右腕に十字架の紋章が刻まれるんだ。この紋章は一度、刻むと死ぬまで消えることはない。まぁ契約についてほとんど知らないみたいだから花巻君の右腕についてないようだけど」
「死神と契約するとどういうことが起こるんだ?」
「そうだね~。死神と契約すれば、死神の力を自分のものとして扱うことができる。人間社会で言う主と奴隷みたいなもんだよ。簡単な例でいえば、自らの身体能力を向上させるといった具合にね。もちろんそれだけじゃない。契約した死神に何か頼みごとをして実行させることも出来る。主なメリットはこんな感じかな。ただデメリットもゼロじゃない。一度、死神と契約した人間は自分の魂を事実上契約した死神に管理された状態になる。これはつまり、契約した死神が契約主の命を人質にしているということになるね」
「その話が本当なら、自分の命をかけないと死神と契約できないわけか。死神に命を預けるなんてリスクが高すぎるな」
「まぁね。それでも、死神の力は命を懸けるだけの価値はあると僕は思っているよ。なんせ普通の人間じゃできないことも出来るようになるからね。下手に死神と関係を悪くしなければ、それなりのリターンはあるよ」
阪村から死神と契約に関する内容を聞かされた感想はハイリスクハイリターンの博打であることは変わらないというところか。阪村はメリットについてしかほとんど具体的な内容を話さなかったが死神に命の権限が移るということは死神側から契約主に圧力をかけて人殺しの駒にすることも出来る。カリアが言っていた人間が死神を利用して殺人を行うのとは逆パターンではあるが、天獄楽の制定者関係者が口封じのために人間を使って人殺しを行う可能性はゼロじゃない。さらに、言及はしていなかったが命の権限が移ることで魂を回収した死神がそのまま契約を解除して、そのまま人間を見殺しにしても死神側には一切の問題がほとんどない。
やはり、これらの話はまたカリアから具体的に聞いた方が良さそうだ。
「契約に関する内容は大体わかった。もう少し細かい話は探偵事務所に入っている死神に聞くよ。で、それを踏まえた上で聞くが、阪村はなんで死神と契約したんだ? その死神と狼角がどう繋がっているんだ?」
「まだその話が合ったね。でもそれはただでは言えない。それが例え、花巻君であっても」
「何? さっきとは話が違うぞ」
突然、態度を急に変えてきた阪村。狼角の話になった瞬間に話す姿勢を拒絶してきたのにはやはり理由があってのことだろう。
阪村はズボンのポケットの中から取り出したのは一丁の拳銃。
その拳銃を俺の方へと向けた。阪村の顔つきは険しい顔に変わる。
「どういう真似だ?」
「真似も何もありません。花巻君に僕と狼角の関係を知られた以上、無傷で生かしておくわけにはいきませんから。でも誤解しないでほしい。本当なら僕も親友的存在の君にこんな真似はしたくないんです」
「銃向けてるのにそんなことを言われても説得力が皆無だな。それに俺相手に銃だけで勝てるとでも?」
俺はこれまで、何度も銃を持つ相手と戦ってきた。もう嫌というほどそれが体中に染みわたっている。もしここで阪村が引き金を引いても問題なく対処ができる。
後はこの揺さぶりに阪村がどう出るかだ。
「流石にこの程度の脅しではダメですか。なら、こちらもそれ相応の手で答えましょう」
阪村がスッと右手上げると突然部屋のドアが破られ、外から灰色のフードを被った男たちがぞろぞろと姿を見せた。
この姿は間違いなく狼角の人間だ。阪村が指示した瞬間に狼角の下っ端たちが姿を見せたのでやはり阪村は狼角と関係を持っていることがこれで確定した。
「お前、既に犯罪組織の闇に手を染めていたんだな」
「僕に狼角という組織を動かせるほどの力はありません。あくまで上から兵隊を借りてきたまでです。花巻君。僕と狼角の関係を知りたければ僕の用意した兵隊を全て倒してからだよ。兵隊の数はアパートの外にいる兵も合わせてざっと100人。下っ端とはいえ、これだけの人数相手に勝てたら全てをお話しするというのはどうですか? 花巻君なら、きっとこの程度の数、どうってことはないでしょうし」
そう簡単に重要な情報は吐かないと思っていたがやはり今の俺の実力を見極めに来たか。阪村としては自分の手で殺したくはない気持ちと親友的存在の俺を助けたい気持ちが合わさった結果がこれなのだろう。極端な話、俺が外にいる狼角の下っ端を全て倒せば今回の依頼に関する事件の重要な手掛かりを話してくれる。
俺としては自分の力で真実を見つけられるのなら、これ以上の手はない。
ならば、俺の腹は既に決まっている。
「いいだろう。阪村の呼んだ下っ端たち、全員倒せばいいんだな? 嘘ついたら親友のお前とはいえ、怪我の保証はできないぞ」
「そこは安心してください。僕は別に何が何でも花巻君を殺そうという気はありません。今の花巻君がどれほど強いのかを見極めたいだけなのでちゃんと倒してくれればすべてお話ししますよ」
「そうか。なら、その勝負………受けてやるよ!」
俺はドア前にいた狼角の下っ端5人をまとめて下へと落下させ、自らも戦いの地へと降り立つ。
この前の狼角の下っ端とは違い、今回はほとんどの下っ端が何かしらの武器を持っている。
だが、それでも俺のやることは変わらない。
その手で真実を掴み取るために俺は自分の拳を悪へと向けるだけだ。
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