第12話初めて友達ー1

あれは俺がまだ高校生の頃の話だ。


 当時の俺は基本的に友達という交友関係をほとんど作らず、一人でいることが多かった。

というのも下手に交友関係が広がることで無益な責任を俺に押し付けられることから逃れたかったというのが本音である。

それでも、勉強は常にトップ、スポーツも他を寄せ付けないほど運動神経も抜群だった。

それも相まってか、女子生徒はもちろん、部活勧誘などで上級生の生徒や男子生徒からも頻繁に声をかけられることが少なくなかった。

だが俺はその声をかけてもらった生徒全ての要望を断った。

理由は言うまでもない。

友達を作ることで面倒ごとが増えるのが嫌だったのもあるがそれ以上に俺は自分の能力を他人のために捧げようという善意の考えが一ミリたりともなかったのだ。勉強も運動も他を寄せ付けないほど圧倒してきたのも自分のために尽くしてきた上での結果論でしかない。死んだら終わりの一度きりの人生というゲームで他人を助ける必要性が理解できないとまで思っていた。


 そんなある意味ひねくれていた俺の固定概念を変えるきっかけになった人が3人いる。

その内の一人が、今向かっている唯一といっていい親友の阪村だった。

俺と阪村が初めて出会ったのは2年生の体育祭が終わった直後だ。当時、俺と阪村は別々のクラスでそれまでは特段、何か話したりする関係でもなくただの同じ学校の同級生という程度だった。

それが体育祭の最終競技のクラス対抗リレーで直接対決をしたことが契機となった。

リレーでアンカー務めていた俺と阪村のクラスは優勝争いでも同点とまさに、このリレーで優勝の行く先が決まるという観戦側としては最高の形で勝負を迎えていた。

リレーが始まると前評判通り、俺のクラスと阪村のクラスが頭一つ抜け出す形で序盤は進んでいった。しかし中盤に入るタイミングで俺の一つ前の走者が同じく阪村の一つ前の走者に足をかけられて転倒したことで接戦だった差が一気に広げられた状態で俺と阪村のアンカー対決へと移った。誰しもが阪村のクラスが勝利すると確信していた。

しかし結果は俺が最後の直線で阪村を逆転し、奇跡の大逆転勝利で優勝を飾った。半周近い差を、人間とは思えない速さで猛烈に追い上げて逆転した姿に歓声よりもどよめきが勝っていたことが今でも強烈に記憶に残っている。

俺が高校時代にスポーツで本気を出したのは後にも先にもこれが最後だ。

体育祭後、俺が一人で引き上げようとすると阪村が呼び止めるように声をかける。


「あの、君が最終競技のアンカーを務めて僕を抜いた花巻君だよね?」


阪村はどこか恥ずかしそうではあるがその表情にはどこか潔さも感じられた。

元々、阪村は陸上部のキャプテンかつエース的存在で、都大会は常に上位に入ってくるほどの実力者だった。そんな陸上部の絶対的支柱的存在だった阪村がわざわざ俺のところに声をかけてきたのはほぼ間違いなく陸上部の勧誘だと俺は思っていた。

だから俺はもし阪村が勧誘の話を持ち掛けてきたら断って早々に家に帰るつもりだった。


「あぁ。そうだが、何か俺に用があるなら手短に頼む。あんまり他人と話すのは好きじゃない」

「わかった。まずは感謝の言葉を言わせてくれ。ありがとう」

「感謝? 俺は別にお前に感謝されるようなことはした覚えがないな」

「いいえ。あります。最後のリレー対決で全力を出した僕に勝ってくれたことです。僕の前の走者だった斎藤君が君のクラスの走者に足をかけて妨害しました。もしこのまま勝っていたら後味の悪い勝利になっていたでしょう。ですが、花巻君はそれに屈することなく、全力を出して僕に勝利してくれたことでそれも杞憂に終わりました。花巻君には感謝しきれません」


何のことかと思ったがそういうことか。足をかけた瞬間を阪村も見ていたようだ。阪村の言う通り、もしあのまま阪村のクラスが勝っていれば素直に心の底から喜べる勝利ではなかったかもしれない。

阪村からすれば、ズルをした自分たちのクラスが勝利するよりも自分が全力を出した上で最後の最後で逆転を許した俺を、阪村にとっては理想的な善意のヒーローであるように感じたのだろう。

だがこれはあくまで、阪村の主観であって俺は別に自分のクラスと阪村のために全力を出したわけじゃない。あくまで自分のために全力を出した結果が奇跡の逆転勝利を呼んだに過ぎない。


「いいたいことはそれだけか? ならば俺はそろそろ帰ってもいいか?」

「待ってくれ! もう一つだけ僕のわがままを聞いてほしい」

「どうせ陸上部に入ってほしいという勧誘だろ? それならお断りだぞ」

「いや、違う。僕は君と友達になりたいんだ。ただの話し相手として、普通の友達として」

「友達? 悪いが俺は友達なんて作るつもりはないぞ」

「僕はただ、花巻君といろんな話をしたいだけです。花巻君の最初の友達、いや親友になりたいんですよ。お互いのことを信頼し合える『最高の友情』としてね」


どうやら俺は阪村という人間を勘違いしていたのかもしれない。こうして面と向かって話を聞くまでは俺を陸上部に入部させて、全国大会出場に向けた手駒の一人にしたいという陸上部主将にありがちなタイプかと思ったがそうではなかった。

阪村は俺をただ一人の気軽に話せる友達として話しかけてきた。今までの他の生徒は俺と友達になる事でいわゆる『マウント』を取りたいがために声をかけてくる生徒がほとんどで俺の気持ちを心の底から理解を持ってくれる生徒は皆無に等しかった。

しかし、この阪村だけは違った。俺を一人の友達として、ただの話し相手として俺の気持ちを配慮している。もちろん、まだ阪村のことを完全に信頼しきれているわけじゃない。

だが今までの阪村の言葉を聞いていれば、流石に嘘はついていないだろう。

ようやく、話し合ってもいいといえる人間を見つけた瞬間だった。


「どうやら、お前は他の奴らと違って心の底から本気で俺と仲良くしたいと思っているらしいな。世の中には物珍しい人間もいるものだ」

「そんなことはないですよ。僕はただ、普段あまり他のことと話していない花巻君からいろんな話を聞いてみたいと思ったんです」

「ここまで俺のことを考えてくれている奴はいなかった。誰にも話す気がない俺に不快感を持つ生徒は少なくないからな」


俺の中では既に心は決めていた。もし最初に友達になるとするのならこの阪村以外の選択肢は既になかった。人をおとしめることを嫌っている阪村が言葉をきれいに並べてまで俺に嘘ついて近づいてくる心理も全く分からなかった。

これも今まで交友関係を一切持ってこなかったからこそ、人を疑う感情が勝ってしまうのだろうか。

それでも、これもいい機会だとプラスに捉えられる面もある。今までは自分中心でずっと物事を考えていたがいずれはそうはいかない時が来る。他人に頼らざる終えない状況が避けられない場合、それまで全く交友関係を持っていなければ俺にとってもマイナスになってくる。

そうならないためにも、ここらで繋いでいくのも悪くないかもしれない。


「そこまで言われて、断るのも義理がない話だ。認めるよ。俺はあんたを人生で最初の友達に決めた」

「僕の誘いに応じていただき誠に感謝しています。とはいえ、いきなり友達らしいことをすると他の生徒に怪しまれると思うのでしばらくは放課後に時間が空いてる時に軽く談笑する程度から始めましょう。僕だって鬼じゃないのでね」

「俺も舐められたもんだな。そこまで俺は奥手じゃないぞ。他人と関係持つのが好きじゃないだけだ。まぁ、いい。これからよろしくな。阪村」

「こちらこそ、よろしくね。花巻君」


俺と阪村は互いに固く握手をした。握手をした瞬間、俺の手に人生初めての他人のぬくもりという温かさを体中に存在する神経が反応する。

これが握手というものか。

これまで、なぜ人々は握手をするのか理解できなかったが阪村との握手でその理由がわかったかもしれない。


 初めて友達になった日から月日は流れ、そして現在___。

俺の推測が正しければ、阪村は今、サラリーマンとして営業を続けながら個人で陸上のトレーニングもしている。そして阪村は、滅多なことでは自分からお金を使うことはせず、特に豪遊したりすることもないので、どこにでもある2階建てのアパートに阪村は今も住んでいるはずだ。

物欲がないのもあるだろうが、それ以上に阪村は自分にお金を使うことよりも他人のためにお金を使う方が嬉しいと感じる性格なお人好しでもあり、言い方を変えれば自分に対する興味がほとんど欠片もないともいえる。

そんな阪村が、狼角という犯罪組織と繋がっている可能性があるというのはにわかには信じられなかった。それでも、人間には他人には言えない裏の顔の一つや二つは持っているものだ。

俺はその真相を明らかにするために、こうして阪村に会いに来たのだ。

それが例え、初めて繋がった友情をぶち壊す火種になったとしても。

阪村の部屋の前に着き、ピンポンを鳴らす。

すると、すぐに男の人が


「はーい」


という元気な声で答える。この声の持ち主は間違いなく阪村だ。少しドタバタした様子で部屋のドアが開く。中から出てきたのは少し大人びた雰囲気になった阪村の姿。最後に会ったのが1年以上前とはいえ、風貌がそこまで変わっていないことに俺は少しばかり安堵する。


「久しぶりだな。阪村。花巻だ。覚えているだろう?」

「は、はい! もちろんですよ、花巻君! お久しぶりですね! 少し部屋を片付けるのでちょっと待っていてくれますか? 10分ほどで終わるので」

「あぁ」


阪村は一度ドアを閉め、ドタバタした様子で部屋に戻って行く。

いきなり連絡も一切かけずに訪問したので流石に不意を突かれたのだろうか。

10分ほど時が経つと、またドアが開く。

ドアを開けた阪村の様子は慌てて片付けた影響なのか少し落ち着きがない様子だ。


「お、お待たせしました。さぁ、どうぞ! お上がりください」


丁寧な口調で俺を限界へと案内する。

久しぶりの友人との再会はどこか複雑なものだったように感じたのは俺だけなのだろうか。


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