第11話連鎖する悲劇ー2
「おいおい! なんかすげえ燃えてるぞ!」
「急いで消防車と救急車を呼ぶんだ!」
突然の爆発に近くにいた住人たちは大混乱になっていた。
一方で黒崎に必死に声をかけていた音山にも明らかに動揺と焦りの表情が見られていた。
「これはなんだ⁉ 一体何がどうなってる⁉」
音山は今起きている状況に思わず心の本音がこぼれ出た。さっきまでの頼れる表情だったのがこうも一転して動揺を隠せない表情へと変化するのはそうあることではない。
人間、突然すぎる出来事が続けば、動揺の一つや二つは出てもおかしくないだろう。
しかし、今はそうも言ってられないのも事実。早急に安全なところに身を隠さなければ、狼角が混乱に乗じて襲撃してくる可能性がある。意識がない黒崎といい、爆破された飲食店といい普通の人間がやる手口ではない以上、何らかの組織がテロ行為を実行したとみて間違いないだろう。
さらには、まだ犯人はテロ行為を行う可能性もある。
その可能性を捨てきれない以上はここにいるのは危険だ。
「順太、とりあえず今はここを離れるぞ」
「な、なんでだ、神武羅? 事件現場がここなら下手に動かない方がいいんじゃ………」
「話は後だ。とにかくここから距離を取るぞ」
俺とカリアが足早に現場から去るのを、音山は理解できないまま黒崎を抱えてついていく。
音山は高く燃え続ける炎をしっかりと目に焼き付けながら足を動かし続けていた。
それから程なくして、住民が通報した消防車と救急車が駆け付けてきた。
幸いにも、炎が奇跡的に隣の建物に燃え移る前に何とか消火できた。そして少し離れたところから隠れて消化の様子を見ていた俺たちは意識がない黒崎を救急車に乗せ、念入りに周囲を確認しながら爆発した現場へと近づいていく。
消化した直後で既に規制線がしっかりと貼られていた。
そして爆発した飲食店の中から店の中にいた人たちと思われる遺体が次々と運び出されている。顔を含めた体は布で隠されていて詳しい状態はわからないが、焼死の可能性が高いだろう。
しばらくすると、黒い正装姿の男が俺たちの方へと近づき、声をかけてきた。
「君たちが黒崎警官を運んでくれたんだね?」
優しい声と共に見せる微笑。音山には見覚えのあるなじみ深い顔だった。
「あなたは___
「久しぶりです、音山警官。そちらは音山警官の知り合いと見ていいですか?」
「あ、あぁ。こっちは俺の知り合いである花巻神武羅。こっちは………」
「俺の仲間のカリアだ。いきなりで悪いがあんたが今回の爆破事件の担当刑事だな?」
さっきまで様子を見ていると、この原井川という刑事が現場を仕切っている警察の中心人物とみて間違いない。音山と顔見知りであるところも、関係性は他の警察官よりも深いはずだ。
「そうですが。それが何か?」
「俺は探偵をやっている。今回はこれとは別の事件を追っているんだがとりあえず、爆破された飲食店に関する情報と遺体の人たちの情報を教えてくれないだろうか」
俺の質問に原井川は顔色一つ変えず、真顔ではっきりとした口調で答える。
「残念ですが、それは探偵相手でもできない相談です」
「それはなぜだ? 何か言えない事情でもあるのか?」
「理由もお答えできかねます。この事件は上の人間から関係者以外一切の他言無用であるときつく言われていますので。どうしても知りたいのであれば、探偵なのだから自分の力で真実を見つけだすことを推奨します」
どうやら原井川は俺たちに今回の事件に関する情報を一切言うつもりはないようだ。知り合いだった音山とは違い、赤の他人である原井川からしたら安易に情報は吐けないのは理解できる。
下手に警戒されて、調査の邪魔をされるぐらいなら今は原井川の言う通りにした方がいい。
「わかりました。それでしたらこれ以上は追及しません。では、俺たちはここで失礼します」
「え、いいの? 事件のことを聞かなくても」
「そうだよ! 原井川さん! 少しでいいんで話してくれないですか?」
あっさりと引き下がろうとする俺とは対照的にカリアと音山は諦めずに原井川を説得している。正直、原井川のあの様子を見ていると全く折れる気配がしないのが本音だと思っていた。
しかし、5分近い説得に流石の原井川も折れたのかため息をつきながら真顔から呆れた顔つきに変わった。
「はぁ……。わかったわかった。そんなに聞きたいなら調査が終わったら話を___」
カリアと音山の説得にようやく応じようとしたその瞬間だった。
原井川の頭に銃弾が命中した。
撃たれた原井川はその間、全く音を立てることなく力なく倒れた。
「は、原井川さん⁉ しっかりしてください!」
音山が必死に原井川に問いかける中、俺はすぐに撃たれた方角へと目を向ける。
するとそこにはフードを被った全身黒色の服を着た男が拳銃を持って立っている。顔はうまく隠されていて誰なのかわからない。
俺と目が合った直後、男は背を向けて現場を去ろうとしている。今ここで犯人を逃せば、下手をすればそのまま闇に葬られる可能性がある。
「逃がすか!」
「えぇ⁉ ちょっと花巻君⁉」
カリアが突然、走り出す姿に驚いた表情で止めようとするが俺は一切耳を傾けずに真っ先に男の方へと全速力で走りだす。
しかしもう少しのところで男は黒い霧と供に姿を消してしまった。まるでマジックのように華麗に姿を消していた。明らかにマジシャンとは違う、本物の黒い霧をどこからともなく出していたので、憶測にはなるが黒いローブの男は死神の可能性がある。
「くそ! 逃げられたか………。だが、間違いない。あいつは今回の事件に関係している___!」
久しぶりに悔しいという感情が表に出た。元々、俺が殺し屋とスパイをやってきたこともあって、普段から表に感情を出すことがほとんどなかった。仕事の関係で偽りの感情を表情に出すことはあっても自分の素の感情が出たのは随分と久しぶりだ。
ようやく、少しではあるが普通の人間に戻りつつあるその前兆なのかもしれない。
俺が再び爆発現場に戻ると、カリアが頬を膨らませて待っていた。
「ちょっとぉ! 急に一人で先走って行動しないでよ! こっちはいきなり原井川さんが撃たれたのを必死に手当てしていたのに!」
初めてカリアと出会って以降、俺に対してはっきりと怒った感情を見せたことはなかったが、今日初めて怒った顔を見た。だがなぜだろう。普通の女性の怒っている姿と違って、カリアの怒っている姿はとても子供っぽくて可愛く感じる。
失礼だが、これは怒らせたくなってしまうタイプである。
そんなことを内心思いながら、俺はカリアと音川に謝罪する。
「勝手な行動で心配をかけたことは謝る。だが、さっき追ってたのはそこの原井川を撃った男だ」
「えぇ⁉ それは本当なの?」
「あぁ。おそらく、間違いない。しかも、最後は黒い霧に包まれながら逃げていったよ。まるでマジシャンのようにな」
俺が犯人らしき人物追っていたことを話すと、カリアは驚いたような表情に変化する。
そして、不安げな様子で推察する。
「黒い霧………もしかして、死神?」
「顔を見ていないから断定はできないがそうと見て間違いない。なんで原井川を撃ったのかはわからないが」
次から次へと息つく間もなく連続で事件が起こっていて、流石の俺でも頭を整理する時間が欲しいと感じるほどだ。既に現場捜査をしていた警察官たちも周辺にいた住民たちも突然の銃撃に大混乱に陥っている。
そんな混乱の最中、撃たれた原井川が右手を差し出しながら、死にかけの声で俺に話してきた。
「お前なら………。巨大な闇に………光を照らす___ことが___できる_____か………?」
「おい! それはどういう意味だ?」
「言葉通りの………意味___だ。頼む………警察を____覆う__巨大な闇を___お前の手で救って____くれ………」
原井川が神に祈るような目を俺に向けながら、ゆっくりと目をつぶった。
体がピクリとも動かなくなった原井川に音山が泣きそうな目で必死に声をかける。
「原井川さん! しっかりしてください! 原井川さん!」
どんなに必死に声をからしても、原井川がわずかにでも反応することは最後までなかった。
その後、原井川は新たに来た救急車によって運ばれたが既に死亡していたことが正式に発表された。目の前で殺された瞬間を見た音山の表情には絶望感と悲壮感がにじみ出ている。
これが目の前で知っている人が殺された時の心情なのだろう。
俺にとっては身近でもあり遠い感情だ。
「大丈夫ですか? 音山さん。さっきからずっと顔色が良くないけど………」
「大丈夫だ。俺にとっての恩師でもある原井川さんが死んだという現実をすぐに受け入れ切れていないだけだ。体調が悪いわけじゃねぇよ」
「でも………」
カリアの心配している通り、大丈夫と口では言っていても明らかに顔色が良くないのが目に見えてわかる。久しぶりに会った直後と同じ人物には思えないくらいだ。
そんな音山に、立て続けに辛い現実をぶつけることが酷だということを承知の上で、俺は話さなければいけないことがあった。
「順太、現実を受け入れられないことを分かった上で話さなければならないことがある」
「………なんだ?」
「さっきの爆破事件の死亡した人の身元が分かった。その中に、お前の交番の担当の一人だった
「そうか………。これで俺は完全に独りぼっちというわけか」
「それだけじゃない。今回爆破された飲食店は以前、暴力事件の現場となった『森倉』だった。順太の仲間が『森倉』に向かっていたのは偶然じゃないはずだ。教えてくれ。俺たちにまだ話していない裏についてを」
この話は現場にいた原井川と知り合いの刑事から聞かされた話だ。
音山の反応を見れば、今の話は信憑性が高いものと見て間違いない。
暴力事件の現場だった森倉が爆破されたこと、爆破されたタイミングで音山と同じ交番で勤務している黒崎と神山、そして信頼していた原井川が殺されたこと。
これほどまでに条件が揃っていて、音山が関係者ではないはずがない。帝明会の内通者、そして帝明会と公安の対立………その影を掴む鍵を音山が持っている可能性がある。
「確かに俺は一連の事件が俺を含めて関係しているのは事実だ。だが所詮、俺はどこにでもいるただの警察官。詳しい話を聞くなら一度、お前の親友に近い存在って言っていた阪村の所に話に行った方がいい。俺はしばらく警察署に行って一連の事件を調べてから、また改めて話すよ」
音山の覇気のない言葉の言う通り、一度顔を見せるついでに暴力事件の被害者だった阪村に話を聞いた方が深い話を聞けるかもしれない。だが、狼角と繋がっている可能性のある阪村がそう素直に真相に吐くとは考えにくい。
下手すりゃ、狼角の人間を呼び寄せて、袋叩きに殺しにかかることだって十二分にあり得る。
それだけではない。音山の周りにいる関係者が一気に3人も殺されたことを考えれば、このまま音山を一人にしておけば、最悪の場合口封じで殺されるかもしれない。ここは俺とカリアで、二手に分かれて動いた方がリスクを最小限に抑えられる。万が一、奇襲があったとしても俺とカリアならさほど問題なく処理もできるだろう。
「カリア。ここは二手に分かれて動くぞ。俺は阪村の方へ、カリアは音山と一緒に動いてくれ。最悪の想定した上で動かないと先に消されるリスクがある」
「わかった。私は音山君の護衛をしていればいいのね?」
「あぁ。じゃあ、後は健闘を祈るぞ!」
俺はカリア達に手を振りながら急いで病院の階段を下りて、阪村の家へと向かっていった。
かつて共によく親しんだ阪村の顔をふと思い出しながら。
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