第10話 連鎖する悲劇ー1
佳奈の手配してくれたホテルに着くと、俺は一目散にベッドにダイブして程なくして眠りについた。一方でカリアもベッドで大の字になって同じように深い眠りについた。
そして時は進み、翌日の朝を迎えた。
いよいよ今日から本格的な事件の捜査が始まっていくことになる。昨日はホテルに着いてからすぐに眠りについて影響なのか、今朝は久々の目覚めの良さだった。
一方でカリアの方も朝が苦手な割には随分機嫌が良さそうな顔をしている。
「今日は目覚めがいいな。この調子で早速調査に行くぞ」
「ふわぁ~。だね~! ちなみに昨日の言ってた知り合いの警察官って人とはもう連絡とかは取っているのかな?」
「一応、昨日眠りにつく前に軽く話に向かうとは言ってある。ただ、そこで帝明会に関する事件の内容が聞けるかどうかは行ってみないとわからないが」
昨日のホテルに着いた直後に知り合いに明日向かうと事前に通達してから寝ていたが、今朝携帯を確認したすると
『何の用件で来るのかわからないけどいいよ』
と許可を得ることができた。
早速準備支度を終え、知り合いの務めている交番へと向かう。
知り合いのいる交番まではホテルからそう遠くないこともあって、10分もかからずに交番に着いた。
「お、来たか! 久しぶり~! 神武羅!」
手を振りながら俺に挨拶をしてきたこの男こそ、大学時代の同級生で、俺の知り合い警察官の
こうして面と向かって会うのは大学時代に一度、飲んだ時以来になるので俺が殺し屋をしていたことも当然知らない。
まぁ警察官である音山に俺が殺し屋を務めていたなんて口が裂けても言えないが。
「久しぶりだな、順太。こうしてちゃんと会うのは5年ぶりくらいか? 見ないうちに立派に警察やってるようでなによりだな」
「そっちこそ、あの超一流企業から直々に内定もらって充実した日々を過ごしてるんだろ?」
「いや、実は色々あってもうあそこからは退職した。今は花巻探偵事務所として大阪で頑張ってるよ」
俺が仕事を辞めて、大阪で探偵業を営んでいるという事実を聞かされた音山は腰が引けて若干声が裏返った状態で驚いた。
「えぇ~! あの世界的企業のファルタークを辞めたのかよ!? あそこ倍率がえげつなくて、どんな天才でも内定をもらうのが困難って言われていたのによ! もったいないことするねぇ~。辞めた理由って何なんだ?」
「残念だが、それは順太でも話せないな。もう辞めて1年も経つが、今も簡単には抜け出せないしがらみってのがあるんだよ」
音山の言う通り、世界一内定を難しいと言われているファルタークからの内定を勝ち取り、将来は一生安泰と言われていた。にもかかわらず、そこを退職して大阪で無名の探偵事務所を開くという行動は一般人からすれば到底理解できないことだろう。
しかし、俺の言葉を聞いた音山がこれ以上、ファルタークを辞めたことに深く追及することはなかった。
「なるほどなぁ。まぁこれ以上は深くは聞かねぇよ。俺たち警察と同じ表だって言えない裏の事情が含まれていることぐらい、神武羅の口ぶりを見ていたらわかる」
どうやら音山も俺と同じく、人には言えない事情を抱えているようだ。
どこの世界に行っても光と闇が必ず存在するということは変わらないようだ。
音山は自分が普段座っている椅子にどっかりと座りこむ。
「さてと。探偵事務所を開いた神武羅がわざわざ警察官の俺に声をかけたってことは何か事件に関する話を聞きに来たんだろ? そこのお嬢さんも探偵事務所の関係者だろうしな」
「察しがいいね。私の内情に関してはまた追って話すとして、音山君は帝明会の舛田が殺された事件、知っているよね?」
カリアが事件に関する話をした直後、音山は穏やかだった表情が一変、どこか難色を示した表情へと変化する。警察官だということもあって、やはり帝明会に関する事件については知っていたようだ。それでも、難しい顔をしたということは俺たちがまだ知らない、他人には絶対に他言できない情報を持っているということは確かなのかもしれない。
「帝明会の舛田が殺害された事件ね~………。それに関しては残念だが、神武羅たちにも話すことは出来ない。上の人間からその話は他言無用だと言われているんだ。ただ、舛田が以前捕まえた人間の話ならしてもいいぞ」
「舛田に関する話と言えば、ちょっとした暴力沙汰になった事件ですか?」
「あぁ。おそらく、今回の舛田殺害の引き金になった事件だ。舛田が帝明会の治安部隊の一人として暴力事件を解決したというのは知っているだろ?」
舛田が暴力事件の犯人を捕まえて解決した事件だ。確かその話によると、容疑者は狼角関係者で、逮捕された容疑者はその後、捕まえた舛田の手によって殺されているところを拘置所内で発見されたとなっていた。それが引き金となって、報復として狼角が舛田を殺したと唐岡大総裁は言っていた。
音山の口ぶり的に、今回はその暴力事件に関する貴重な話が聞けるのだろうか。
「その暴力事件の具体的な話を聞かせてくれるってことか?」
「まぁ別にただの暴力事件で誰も死んだり大怪我したりしなかったからな。そこまで大げさにならなかった以上、別に話しても問題はない。それに、俺はその事件の現場に向かった警察の一人だからな」
「なら、他の警察よりも事件のことは知っているということか」
「全てを知っているわけじゃないけどな。とりあえず、交番の地下に入ってくれ。詳しい話はそこで話す」
音山の案内の元、俺とカリアは交番へと身を潜めていく。奥へと進むと、音山が隠しで用意していた特別な地下部屋に招き入れられる。
交番を普通に見ただけではまず間違いなく気付けないだろう。
隠し話をするのならこれ以上にない最適な場所ともいえる。
「ここは………」
「交番にある隠れ部屋とでも言ってくれ。ここで普段は簡単な取り調べや資料の整頓をしている。まぁほとんど仕事部屋みたいなもんだ」
「なるほどな。この交番は普段はお前一人なのか?」
「いや。本当は交代制で3人いたんだが、今は俺一人だ。まぁ普段は大した出来事は起こらないからこれでも問題はないぜ。なんせあの暴力事件が久々の出動だったぐらいだからな」
音山は仕事で使っている椅子に座りこむ。机の中から、大量のプリントが同封されているファイルを取り出し、そこからピン止めされてまとめられた資料を俺たちに見せてきた。
資料の内容は、暴力事件に関するものだった。
ただの暴力事件にしては、随分と分厚いのが気にはなるが。
「今、神武羅とお嬢さんたちに手渡したのは今から話す暴力事件に関する捜査資料だ。俺が口だけで話すよりも資料を目に通しながら話を聞く方が理解もしやすいだろう」
「配慮してくれて助かるよ。早速本題に入ってくれ」
「もちろんそのつもりだ。まず、この暴力事件の事件現場は飲食店「
ここで初めて暴力事件の関係者の名前が出てきた。
そしてその内の一人に、俺には見覚えのある名前が出ていた。
「阪村翔斗だと………?」
「お? 神武羅、もしかして知り合いなのか?」
「知り合いも何も俺の親友的存在だからな。俺が東京去る前に最後に会ったのが阪村だった。東京に戻ってくる際に一度顔を見せるつもりだったのだがまさか、暴力事件の被害者だったとは」
「まさか被害者が神武羅の知り合いだったとは。流石に想定外だぜ。これが運命のめぐり合わせってやつか。で、話を進めていくと、阪村と徳永が事件に発展した事の発端は、言い争いになったことが原因だそうだ。具体的な内容は仕事関係に関してだと阪村は証言している。具体的にはビジネス関係の仕事として徳永と話し合っていたが折り合いがつかずに暴力沙汰になったそうだ」
「仕事関係のトラブルか………」
ここで俺の頭の中に一つの疑問が浮かび上がる。もし今の話を真とするのなら、阪村は狼角の関係者である徳永と仕事関係で繋がっていたことになる。しかし、阪村は元々どこにでもいる普通のサラリーマンだった。ただのサラリーマンである阪村と犯罪組織で狼角関係者の徳永とは普通に考えて、接点が見つからない。ましてや仕事関係でトラブルを起きたのであればなおさら理解ができない。
最後に阪村と会った時も特段闇に染まっていた様子はなく、いつも通りの阪村だった。
ということは、俺が大阪に移って以降の間で阪村の心情に間違いなく変化があったに違いないのだ。
「それにしてもこの暴力事件、起こったのがもう半年も前なのか」
「あぁ。徳永は本来であれば、逮捕後数日で釈放される予定だったんだが帝明会の舛田が中々釈放を認めなかったんだ。その結果、徳永は一時的とはいえ、1週間ほど拘置所内に入れられたんだ。そして拘置所に入って3日後、徳永は何者かの手によって射殺されている遺体となって見つかった」
この話で行くと、徳永は捕まってそれほど日が経たない間に何者かに殺害されたことになる。渡された資料には、徳永が殺されたという情報までは載っていない。
「徳永はいつ拘置所で殺されたんだ?」
「え~と。確か、徳永が殺されたのが約5か月くらい前だな。事件が起こってから2週間以内には殺されているはずだ」
となると、やはり徳永は誰かの手駒によって殺された線が濃厚だ。
問題は誰に殺されたということになるが拘置所内で殺されたという点を見れば、殺した人間は警察関係者とみて間違いないだろう。
そうなれば警察の治安部隊である帝明会に所属する舛田も殺すことは可能だ。
「徳永を殺害したのは誰なのかは警察内で目星はついているのか?」
「いや。目立った証拠もなく、犯人は未だ見つかっていない。本来なら舛田を容疑者として逮捕するつもりだったがもう殺されてるしな。目立った容疑者がいない以上は探しようがないらしい」
やはり話を聞いていても違和感が出てくる。
拘置所内で殺されているのに犯人が見つかっていないことがまずおかしい。
ましてや警察内部での殺人をほぼ放置状態に近い状態なのも明らかに不自然に感じるのだ。
阪村と徳永の関係性、徳永を誰が殺したのか………聞けば聞くほど謎が浮かび上がってくる一方だ。
「これが、警察側が把握している現時点での情報か。事件の概要はわかった。帝明会に関する事件が警察から話せない事情がある以上はこの情報を中心に探っていくことになる。今日は貴重な情報を提供してくれて感謝している。ありがとう順太」
「いいってことよ! こんなんでも神武羅の役に立ったのなら情報提供した甲斐があったよ。そこのお嬢さんも難しい話に付き合ってくれたこと感謝してるよ」
「いえ! 私も花巻君に貢献できるように動くだけですから」
俺とカリアは音山に感謝の言葉を告げ、交番を出る。
交番を出た直後、こっちに向かってよろけながら歩いてくる警察官の姿。
「お! ようやく戻ったか
見送りに来た音山がふらついている黒崎の元へと駆け寄ろうとした直後、力尽きたように黒崎はバタリと倒れた。黒崎の背中には誰かに斬られたような深い傷口があった。
「お、おい! しっかりしろ! 黒崎!」
音山は慌てて黒崎のところに駆け寄るが、眠ったように目を閉じたまま反応がない。
そして程なくして、近くの飲食店が凄まじい轟音と共に大爆発を引き起こした。
余りに突然すぎる出来事の連続に俺たちは状況を飲み込めずに呆然と活発に燃え続ける炎を眺めていることしかできなかった。
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