第9話天獄楽の制定者
帝明会本部を出て、佳奈の手配してくれたホテルへと向かって行く夜道の中、カリアが複雑な表情を浮かべながら俺に話しかける。
「なんか、ただの殺人事件だと思っていたけど………相当闇が深そうな事件になってきたね」
「あぁ。聞いている話じゃ、普通の殺人事件じゃないことだけは確かだな。久しぶりの依頼でワクワクしていたがこれは本気で兜の緒を締めねぇとマジで人生終了させられても不思議じゃない」
「私は花巻君が被弾の依頼に対しても決して手を抜いたりしない真面目な探偵屋さんだと思ってるけどね!」
「もちろん、普段の依頼に対して手を抜いたりするような下手はしてないさ。それは昔からずっと変わってない。でも、今回の依頼は少しの気の緩みが命取りになると率直に感じただけだ」
俺にとって、このかつてないほどの大きな依頼に対して、それ相応の覚悟と共に花巻探偵事務所の名を全国に広めるチャンスでもあった。
それは同時に、俺の過去が全国に知れ渡る可能性もあることも既に承知の上でだ。
「とりあえず、早く佳奈の手配してくれたホテルに帰って休もう。本格的な調査は明日以降だ。カリア」
俺はカリアに確認を取るが仮からの返事がない。
一体何が起きたのか後ろを確認するとさっきまでの柔らかい表情とは打って変わって真剣な表情に様変わりしたカリアの姿。
「どうしたカリア? 何かあったのか?」
「感じるの………死神の気配が!」
「死神? そんな奴はどこにも___」
俺が死神らしき姿を確認するべく空を見上げた瞬間、どこからともなく鎌を持った死神が空から襲撃してきた。
間一髪事前に気が付いたおかげで何とか回避できたが、俺が殺し屋じゃなかったら一瞬で切り刻まれてもおかしくなかった。
「カリア、こいつらは?」
「おそらくは死神の下っ端ね」
「下っ端?」
「俗に言う、兵隊の駒みたいなものです。このタイミングでの襲撃ということは、恐らくは誰かからの差し金と見て間違いないと思います」
俺とカリアの周りにはどこから湧いたのか、ぞろぞろと鎌を持った黒い死神たちが姿を見せた。狼角の時といい、今回の死神といい明らかに俺たちを狙っていることは明白。
この死神たちが誰かからの刺客なら、死神を殺さずに情報を引き出す方がいい。
「カリア、こいつらを殺さずに情報を引き出すことは出来るのか?」
「どうだろ。確かに死神ではあるけど所詮は下っ端だから大した情報は聞けないと思う。それに、下っ端の死神は私みたいな
「そうか。なら遠慮なくやってもいいんだな?」
「いいよ。人間と違って死神は殺しても法に触れないからね!」
覚悟を決め、俺とカリアは取り囲む死神たちに対して戦闘態勢へと移る。互いに無言状態で10秒ほどの間の後、先に一体の死神が鎌を振りかざしながら俺を狙ってきた。今まで人間と戦ったことは腐るほどあるが、こうした死神という人外と本格的に拳を交えるのは初めてだ。
死神の鎌を利用した不規則な動きに惑わされながらも、かわしていきながら攻撃のタイミングを見計らっていく。
一方で同じ死神のカリアは対処がわかっているのか華麗に死神の鎌をかわし、愛用の鎌で簡単に切り刻んでいく。初めて死神を処理した時もそうだったが、やはりそれ相応の実力は持っている様子だ。あの様子だと、まだ本気をださないどころか余裕すらも感じ取れる。
「流石だな、カリア。自分で死神と名乗っているだけはある」
「花巻君の方こそ、もっと本気を出してもいいんじゃない?」
カリアのような女の子にそんなことを言われて燃えない男はいない。俺はポケットに隠していた拳銃を取り出し、向かってくる死神の顔面に向けて弾を放った。さらにもう一体の死神が振り下ろされる鎌よりも先に銃弾を放ち、後ろから奇襲してきた死神には一度、鎌を蹴り飛ばして無防備になった死神に最後の銃弾を放った。
俺が3体の死神を処理したころには、カリアも全ての死神を始末していた。
一瞬、その姿がかつての俺と姿が似ているように見えたのは気のせいだろうか。
そんなことも知らずにカリアは可愛い穏やかな笑顔で俺に振り向く。
「こっちは終わったけどそっちも終わったみたいだね」
「あぁ。最初こそ、過去の殺し屋時代のトラウマが多少蘇ったけど問題なく対処できた。まぁ死神の動きが読めなかったから少しばかり苦戦したが」
「へぇ~。でも初めて死神相手と戦ったにしては上々の出来なんじゃないかな? それにしても、伝説の殺し屋だった花巻君でも人を殺すことに迷いはあったんだ。今の真面目な花巻君からは想像がつかないよ」
「俺だって好きで人殺しをしていたわけじゃないさ。でもまぁ、結果はどうであれ俺はもう、真っ当な罪のない普通の人間としての人生は送れないわけだがな………」
俺らしくもないことを言ったせいか、カリアはちょっと驚いた顔色を見せた。別に俺の過去について触れたことに怒っているわけではない。ただ、俺は永遠に償いきれない人殺しというあまりにも重い十字架を背負ったという事実を述べただけだ。
消えていく死神たちの様子を眺めていると突然、甲高い美しい声の女性が拍手をしながら声をかけてきた。
「あらあら~。下っ端だったとはいえ、本物の死神相手に誰にも被害を与えることなく見事に撃破するなんて、流石ですわね~!」
声のする方へと振り返ると、そこには黒いお嬢様のドレスを着た上品さを感じるお姉さんのような大人の女性。一目見ただけで普通の人間じゃない不気味さが醸し出されている。
少なくとも、俺は初めて見る顔だ。
一方でカリアの方は見覚えのある様子で顔を険しくさせる。
「今回の襲撃、あなたが指示だったものだったんですね。アルカーナさん」
「相変わらずカリアも変わってないわね。いい加減に私たちのところにつかないのかしら? 人間相手を好きなだけ駒として扱えるのよ? 人間相手に情を傾ける必要なんてないわ」
「だからって、あなた達のやり方は常軌を逸してる。人間の醜い心理を利用して殺人の助けをするなんて真似、よく何食わぬ顔でやれるよね」
「死神というのは『死』の神様。人間たちが殺してほしいと私たち『神』にお願いしているのに断るなんて真似をしたら不平等でしょ? だって神様は人間たちに平等なのだから。だから、私たちは人殺しの手伝いをしてあげてるの。平等にね」
アルカーナとカリアは互いに
「そう攻撃的にならなくても、今日の所は私が直接手を下す気なんてないわよ」
「あなたの言葉に信用が持てないです。そうやって何人の人間を下してきた過去を私は知っている」
「カリアにとっては相当私たちのことを信用していないようね。まぁいいわ。今日はちょっと様子を見に来ただけだし。今日はここで
俺を誘惑するような笑顔を向けながら、鮮やかにその場から消えた。
アルカーナが消えたことでカリアはホッとした顔つきに変わる。
「はぁ。何とか消えてくれたみたいね」
「カリアと会ってから初めてあんなに嫌そうな顔を見たがあいつは一体何者なんだ?」
俺はカリアにアルカーナという謎の女の正体を聞いた。最後に消えた瞬間や言動を推測するとカリアと同じ死神であるということは間違いないだろう。そしてアルカーナとカリアの一連のやり取りを見ていて敵対関係であるということも確定と見ていい。
カリアは持っていた鎌をしまい、少し空を見上げながら語り始める。
「………さっき、私たちの前に姿を見せたのは上位死神でのみ固められた
「天獄楽の制定者?」
「天獄楽の制定者は、今は人間を使った殺人に手を貸す死神たちの組織のこと。彼らは殺した人間の魂を手に入れることと引き換えに、依頼した人が殺してほしいと指名した人間の殺しを手伝っているんです。死神たちは自分たちの都合よく魂を手に入れることができ、一方で依頼した人間は邪魔な人間を排除することが出来てwinwinというわけね」
今のカリアの話をいきなりすべて信じ切れない俺がいた。
死神がまさか本当に人間の殺しに関係していたなんて話、すべて信じろという方が無理な話だ。
わかっていてもすぐには受け入れられない自分がいたのだ。
「今の話、嘘じゃないならとんでもないことだぞ。死神という神の存在が本当に人間の殺人に干渉しているなんてこと」
「でしょうね。私も元々は天獄楽の制定者の人間の一人だったからその気持ちはわかるよ」
「何? お前も天獄楽の制定者側の人間だったのか」
「といっても、人間界に存在している死神の大半は天獄楽の制定者の関係者か所属していた死神がほとんどだけどね。知ってる? 死神がなんで死んだ人間の魂を欲しがっているのか」
カリアは死神が魂を集める理由を逆質問してきた。しかし、俺はカリアに出会うまでは、死神という名前しか知らない程度の知識しか頭に入っていないかった。
だから当然、死神が死んだ人間の魂を集める理由なんて知る由もない。
「さぁな。カリアと出会うまで、死神に関する知識はまともに学習してこなかったんでね」
「そっか。まぁそれが普通だよね。この際、教えておいてあげるね。死神が人間の魂を集める理由………それは魂を管理するためよ」
「管理?」
「そう。元々、死神は死んだ人間の魂を死後の世界に送る役割をしていたの。魂を管理するのは魂が暴走して悪霊化するのを防ぎ、監視するため。天獄楽の制定者はその一番上の組織で新しく生まれた死神のほとんどは天獄楽の制定者の人間として使命を全うすることになるの。でも、そんな組織が人殺しを手伝うようになったきっかけは1年前のある事件がきっかけみたい」
1年前と言うとちょうど俺が殺し屋をやめて、東京から去る時期と被っている。
偶然なのかわからないが、少しばかりの親近感がある。
「1年前? 随分最近の話なんだな」
「えぇ。事件の内容までは正直、記憶がないけど確かなのはそれがきっかけとなって天獄楽が変わったという事実だけは本当だよ。私が天獄楽の制定者を抜けたのも朧気だけどそれと関係しているわ」
「なんだか随分と肝心なところだけが抜けてるがそれはなぜだ?」
「全ての死神は天獄楽を抜けた瞬間に直近の記憶を全て消されてしまうの。私が1年前に出来事の具体的な話が思い出せないのもそれが原因でしょうね」
今の話を統括すると1年前の事件が起きるまでは世間一般的なイメージとは違う、人間の魂を悪霊化せずに管理し、それを死後の世界へと送る役割を担った神様だということだ。そして、具体的な原因まではわからないが1年前の事件がきっかけで天獄楽が現実世界の人殺しを手伝う死の組織へと変貌を遂げたということになる。
「1年前に事件があったということも天獄楽の死神たちが殺人に干渉していることもカリア自身が独自で調べたということか。そうじゃければ直近の記憶が消されているのに現在の天獄楽に関する話なんて出てくるわけがない」
「当たり! 流石は花巻探偵事務所の名探偵さん! 私だって勝手な憶測で言うほど馬鹿じゃないんでね。色々探った上での結論です」
「まぁ死神の事情は死神にしかわからないことだから、俺はカリアの言うことを信じる他ないんだけどな」
「まぁね。でも、こうした貴重な情報を手軽に出せるのも信頼関係があってこそだからね!」
カリアは嬉しそうに顔をドヤつかせる。
カリアの話を聞いていると、俺と似た境遇を歩いてきているところから、共感できる部分も多々あった。まだ出会ってほとんど時間が経っていないのにも関わらずここまで信頼関係深められたのは俺が産まれて以降、人生で初めてかもしれない。
時刻は既に夜の10時を過ぎており、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
「もうこんな時間か。今日は本当に色々あったから久しぶりに疲れたよ。早くホテルに行って明日からに備えようぜ」
「明日から調査って具体的には何するの?」
「とりあえずは、昔の俺の知り合いに警察関係の仕事に就いた奴がいたからそいつに事件の話を聞こうと思う。正直、今回の事件は思っているよりも闇の根が深い可能性が高い以上、2週間という猶予をしっかりと利用した上で動いた方がいいだろうな」
「そっか。明日からはさらに気を引き締めていかないとね! 狼角はもちろん、天獄楽の制定者たちの動きも警戒しておかないとね」
「遅かれ早かれ、そう遠くないうちに戦う可能性が高いだろうからな。今日はもう体を休めるぞ」
「はーい!」
カリアの威勢のいい返事と共に止めていた足を再び進み始めた。
帝明会と狼角の対立、狼角を操っているものの存在。そして、天獄楽の制定者という死神たちによる組織の不穏な動き………。これはまだほんの序章に過ぎない。
俺たちが想像を絶するほどの危険な橋を渡り始めていたことを、この時の俺たちは知るはずもなかったのだ。
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