第8話帝明会最高権力者ー2

狼角の刺客を問題なく退け、ついに帝明会の総本部へと到着した。


「やっと着いたか。思ったよりも時間はかかったな。にしてもデカいな~」


俺とカリアは帝明会総本部の建物を見上げる。日本を代表する最強の治安部隊ということもあって、建物は大きいなんてレベルを遥かに超えたもはや要塞に近い印象だ。

正門前に向かうと、門番らしき人が俺たちを出迎えていた。


「あなた達は大総裁様から直々に呼ばれた花巻様とカリア様ですね?」

「そうだ。もう門番にまで話が通していたか。予定よりも時間が遅れたことをお詫び申し上げる」

「いえいえ。頭を下げなくても大丈夫ですよ。では、早速ご案内いたします」


門番をしていた二人が俺たちを総本部の中へと歩いていく。

中をしばらく歩くと、巨大な扉が俺たちの前にそびえ立っている。


「この先で大総裁様がお待ちです。では、我々はこの辺で」


門番たちはゆっくりと頭を下げ、足早に去って行った。改めて見ると、まるで金庫のようなドデカい扉だ。


「じゃあ、行くか。カリア」

「ええ」


俺は両手でゆっくりと巨大な扉を開ける。扉を開けた先に待っていたのは、数100人は軽く超えるほどの正装姿の男たちと豪華な椅子にどっかりと座っているサングラスをかけた年を老いた男性が待っていた。その隣には依頼主の神崎の姿もいた。


「ようこそ。我が帝明会の総本部へ」


渋い声だが迫力を感じさせる。間違いない、この男こそ、神崎が話していた帝明会の大総裁なのだろう。


「あんたが帝明会の大総裁で間違いないんだな?」

「そうだ。私が帝明会の大総裁を務めている唐岡延広からおかのぶひろと言う。今回はわざわざ関西の方から来てくれたこと、誠に感謝している。正直、今回の事件はどうも我々の力だけでは解決できそうになくてね」

「解決できそうにない? それはどういうことだ?」


唐岡大総裁のどこか含みのある言い方に違和感を覚えた。元々、神崎に詳しい事件の詳細を聞いた時から謎に包まれている部分が多く、不確定要素だらけだった。

帝明会の人間が殺されて、犯人は狼角の人間であること以外はまだ何も知らないのだ。


「今回殺された舛田は元々帝明会でも人望が厚く、舛田を慕って入りたいという人が出てくるほどだった。そんな舛田が何者かに消されたことは帝明会存続の根幹を揺らがされたと断言せざる終えないのだ」

「なるほどな。わざわざ俺を遠くから雇う理由がわかった気がするよ。つまりは優秀な幹部を殺されたから全力を挙げて狼角に報復しようとしているってわけか」

「ご名答。私は治安部隊であるということ関係なく、自分の仲間が殺されておいてやり返さないという選択はない」


唐岡大総裁の言い分は間違っていない。優秀な部下を犯罪組織に殺害されておいてやり返さない人間の方が少ないだろう。それが警察傘下である帝明会の大総裁ならなおさらだ。

しかし逆に言えば、狼角という犯罪組織を帝明会が徹底的に叩き潰すいい口実が出来たともいえる。


「しきりに犯人が狼角であると言っているが具体的な証拠はあるのか?」

「証拠ではないが心当たりはある。舛田が以前、とある事件の犯人として狼角に所属する人間を捉えたことがあってな」

「とある事件?」

「そう。事件の内容自体は、大した事件にはなっていない。ただちょっと暴力沙汰になっただけだ」


ただの暴力事件が今回の舛田殺害と関係していることをここで初めて知った。神崎の顔色がほとんど変わっていないところを見るに、既に知っていたのだろう。


「その暴力事件が今回の件とどう関係が?」

「その時に逮捕されたのが狼角の人間だったんだが、そいつが逮捕されてから程なくして何者かに射殺された。そして狼角は、その犯行を捕まえた舛田が殺したものとして動いていた………というのが現時点での私たち帝明会の考えだ」

「考え………ってことは証拠があるわけではないんですね?」

「はっきりとした証拠はない。だが舛田が殺していないと犯行を否定したと供述したことを私の隣にいる副総裁の北宮きたみやから確認済みだ」


ゆっくりと右手で指差した先には白い髪に少し目つきは鋭く、屈強でスリムな体系をした北宮の姿。神崎と会った時も中々に手強そうなパッと見の印象を受けたが北宮は明らかここにいる人たちとは圧倒的に次元の違う強者のオーラを感じ取る。

唐岡大総裁の口ぶり的に、相当北宮のことを信頼しているのだろう。


「なるほど。大筋の事件の背景は何となくわかりました。では、今回お呼びした理由を改めて聞かせてください」

「そうだったな。少し話が逸れすぎてしまっていたようだ。では、本題に入ろう。私から直々にお願いしたいのは………狼角の居場所を突き止め、そして完膚なきまでに叩き潰してほしいというものだ」


俺の予想通り、依頼は狼角を叩き潰してほしいというものだった。

俺はその理由を唐岡大総裁問う。


「狼角を完膚なきまでに叩き潰してほしいと言っているが、それは帝明会の協力が前提になってくるのでは?」

「もちろん、私たちは君たちに対して、出来る限りの全面協力はしてくつもりだ。だが、治安部隊を派遣して欲しいといった数を使ったお願いは残念ながら今のところ出来そうになくてね」

「いわゆる、大人の都合ってやつね」


カリアの返しに唐岡大総裁は静かにうなずいた。

どうやらただの殺人事件ではない可能性がこれで高まったようだ。帝明会という日本最大の治安部隊が下手に動けないということはどこからか圧力がかかっている可能性がある。恐らく、狼角を守りたいという俺たちの敵となる組織の可能性が高いだろう。


「わかりました。こちらから聞きたいことは大体聞きました。そろそろ、知り合いの用意してくれた部屋に戻ります。本日は大総裁様とお話しいただきありがとうございました。では」


俺とカリアは唐岡大総裁の方へと深々と頭を下げ、その場を立ち去ろうとしたところを唐岡大総裁が声をかける。


「待て。実はまだ話残していることがある」

「何ですか? まだあるなら今ここで言ってくださいよ」


カリアの質問に少しの間が空く。そして唐岡大総裁は重い腰をゆっくりと上げ堂々とした足並みで階段を下りていく。階段を降り切ったところで足が止まると、また俺たちの方へと顔を向けた。


「一度、私と花巻君とカリア君の3人だけで話がしたい。だから、君たちは全員解散してここを離れてほしい。安心しろ。私が殺されることは絶対にないと断言できる」


唐岡大総裁の渋い声と共に、正装姿をした数100人の男たちは一斉に部屋を出ていく。

5分もかからずに俺たちと唐岡大総裁の3人だけになった。


「これで誰からにも盗み聞きされることなく話せますな」

「わざわざあんなにいた自分の部下たちを一人残らず一斉に退室させたのはよほど表立っては言えない話なんだろうな」

「その通り。私は帝明会という治安部隊のトップを務めてますから。色々言えないようなことを抱えているのですよ」

「それで? 俺たちにだけ話したいという内容とは?」


俺の問いかけに、唐岡大総裁は唾を飲み込み話し始める。


「実はね。花巻君たちには狼角を潰すこととは別にもう一つの依頼を頼みたいのだよ」

「もう一つの依頼? それって何かしら?」

「この帝明会の中にいる内通者を見つけ出してほしい」

「え⁉」


唐岡大総裁から告げられた衝撃の依頼内容に俺たちは驚きを隠せない。さっきの退散した様子といい、帝明会に関する住民の評判といい帝明会内部でそんなスパイがいるような様子には傍からは全く分からなかった。

それでも、唐岡大総裁の顔色を見れば、事は俺が思っているよりも相当深刻なことは容易に想像できた。


「なぜ、帝明会にスパイがいると?」

「花巻君たちはここに来る前に、一度狼角の刺客に襲撃されていたそうだね?」


狼角に襲撃されたことを唐岡大総裁が知っていた事に再び電気が走ったような衝撃が走る。


「なぜそれを?」

「実は神崎が花巻君たちにここに来るように伝えた後、それとは別にこっそり尾行させてもらっていたのだよ。もちろん狼角にも気づかれないようにね。そうすれば内通者がいることの証拠にもなる」

「どういう意味だ? 尾行させることで内通者がいるという結論になる理由がわからないんだが」

「元々、帝明会と花巻探偵事務所が協力して動くということは帝明会の人間しか知りえない情報だった。帝明会以外の人間だとまず知るはずがない情報。万が一、情報が漏れてどこからか動きがあればほぼ100%の確率で内通者のいることになる。花巻君たちが襲撃されたのも狼角に指示を出した内通者の可能性が高いと思っている」

「尾行が内通者だという可能性はないのか?」

「それはないといえるな。尾行した人間には、神崎に遠目から監視させていたがそれらしき行動はしていなかった。狼角が来たタイミングで神崎には撤退させたよ」


一連の話をまとめると、俺たちに気付かれないように尾行させて様子を伺っていたが、狼角が襲撃してきたことで唐岡大総裁としては帝明会内部に内通者がいることを確定させた様子だ。


「内通者がいるとなると、どこが相手なのか目星はついているのか?」

「内通者が誰かはわからないがどこの人間かは予測がついている」

「それはどこなんだ?」

「日本最大の情報機関、『公安』」


公安という名前が聞かれた直後、俺はとんでもない組織を敵にしてしまったかもしれないことを察した。

公安といえば、公共の安全に反する団体や諸外国に関する情報収集を任務とする機関。

滅多なことでは表に出ない公安がなぜ同じ警察組織の帝明会に内通者を送っているのか。


「公安がなんで帝明会にスパイを? 形は違えど、一応帝明会と同じ警察組織なはず。それに、公安と狼角の繋がりもわからない」

「公安と狼角が直接的に繋がっているという確証はまだありません。しかし、公安が帝明会を監視する理由ならある」

「理由?」

「えぇ。考えられる理由は二つ。一つは治安部隊が暴走していることを危惧していること。そしてもう一つは、公安としては狼角を完全に潰すのではなく、ある程度残して情報元を途切れらせたくないという大人の事情………といったところでしょう」

「要するに、公安としては監視している狼角を帝明会の都合で勝手に潰されたくないというわけですか。それなら内通者を忍び込ませる理由にはなってますね」


俺も唐岡大総裁の推察も所詮は空想上の話でしかなく、大した証拠も出ていない。

それでも、帝明会ほどの日本最大の治安部隊相手に戦える組織なんて日本を見渡しても片手で数える程度しかいないだろう。

もし、その相手が公安だとすれば帝明会と対等に戦える相手としても不足はない。


「公安が関わっている可能性も内通者さえ見つけたら、全てわかることですよね。わかりました。狼角の本拠地を探るとともに、内通者についても調べてみます」

「本当にこんな無理難題に巻き込んでしまったことを申し訳なく思っている。私が話せることは全て話した。後は花巻君たちに全てを任せるよ」

「わざわざ大事な情報まで事細かに話していただき感謝します。それでは俺たちはこの辺で」

「大総裁さん! ありがとうね~!」


俺とカリアは唐岡大総裁に感謝の言葉を述べ、帝明会総本部を去って行った。

俺とカリアの姿が完全に見えなくなった直後、唐岡大総裁はたばこを取り出し、一服吸いながらぼやく。


「私の命はそう遠くない。帝明会の未来を、犯罪組織からの脅威を救ってくれ………花巻探偵事務所」


たばこの煙と共に、ぼやいた言葉はあっさりと空へと消えていった。


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