第2話 起きなかったら(唯華の場合)

「お兄さん。お兄さん! もう朝ですよ」


 翌朝、今度は唯華が起こしに来てくれた。

 唯華と萌夏は、日替わり当番制で俺のことを起こしに来てくれるのだ。

 これは、二人で決めたルールだと聞いている。


 俺の身体を揺さぶってくるものの、昨日の萌夏同様、起きないふりをしてみて、唯華がどういう行動をするのか確かめてみることにする。


「全くもう……相変わらずお兄さんは、朝が弱いんですから」


 そう言って、ふぅっとため息を吐く唯華。

 しかし、昨日の萌夏と同じように、そこで声が止んでしまう。


 どうしたのだろうか?

 普段の唯華であれば、意地でも俺を叩き起こそうとしてくるはずなのに。


 そんなことを思っていた矢先――


 スンスン、スンスン。


 突然、唯華が匂いを嗅ぎだした。


「はぁっ……お兄さんの匂い……ジュル」


 ゆ、唯華……。

 なんか今、聞いちゃいけないような声が聞こえたような気がしたんだけど……。

 段々と、雲行きが怪しくなってきた。

 俺の心配が杞憂で終わって欲しいと願いつつ、唯華の独り言は続く。


「お兄さん……へへっ、お兄さーん! あぁ……もうダメ。お兄さんの寝顔が愛おしすぎる……。もうお兄さん、そんな無防備な顔で寝ていたら、キス、しちゃいますよ」


 おうふ……。

 まさか、しっかり者の唯華からキスという単語が出てくるとは思ってもみなかった。

 驚きのあまり飛び起きそうになっちまったぜ。


「さてと……お兄さんが起きる前に、今日のアレをチェックしておきますかね」


 ちょっと待って、アレってなんだ⁉

 すると、俺の下半身辺りの布団から、何かが侵入するようなモソモソとした音が聞こえてくる。


「うわぁーっ……すごい。今日もお兄さんはご立派です」


 ちょっと待って、何やってるの唯華さん⁉


 スンスン、スンスン。


「あぁーっ、匂いも刺激が強くて、くらくらしてきちゃいます。でも、それがいい!」


 なっ、何言ってるの唯華様⁉

 しっかり者のイメージは何処へ?

 まさか、唯華がこんなムッツリスケベな性格を持ち合わせていたなんて……。


「えへへ、おはよーリトルお兄ちゃん。今日も元気で偉いですねー」


 しかも、なんか俺(子供)に向かって話しかけ始めたんだけど⁉


「あっ、今ちょっとピクンてしました……ふふふっ、もう、一体どんな夢を見ているんですかー?」


 や、ヤバい。

 これは、確実に聞いてはいけないものを聞いてしまっている。

 唯華はいつも俺を起こす前になんてことをしてるんだ……⁉

 起きるタイミングを完全に逃してしまい、どうしようかと困り果てていた時である。


 タッタッタッタ。

 ガチャリ。


 軽やかな足取りで階段を上ってくる足音が聞こえてきたかと思うと、俺の部屋の扉が思い切りよく開かれた。


「あー! やっぱりお姉ちゃん、また一人で抜け駆けしようとしてる!」


 現れたのは、妹の萌夏だ。


 ファサッ!


 唯華は咄嗟に布団の中から顔を出して、部屋に入ってきた萌夏に動揺して声を荒げた。


「も、もももも萌夏⁉ 何であなたがここにいるの⁉ 今日は当番じゃないでしょ⁉」

「前から怪しいと思ってたんだよね。起こしに行くだけのわりに、随分遅いなと思ったら……。お兄ちゃんが起きないことをいいことにエッチなことしてるなんて」

「えっ、えっちなことなんてしてません! 私はただ、朝の健康チェックをしていただけです!」

「布団に潜って、どこの健康チェックしてたわけ?」

「そ、それはその……お兄さんのお兄さんをですね……これも家族としての大切な健康管理ですから……」


 後半はもう、モニョモニョとしていて何と言っているか聞き取れない。

 すると、その言葉を聞いた萌夏が、ズバっと一言。


「やっぱりお姉ちゃんって、ムッツリだよね」

「だ、誰がムッツリですか!」


 唯華の恥じらいが限界に達して、家中に叫び声が轟いたたところで、俺はうぅっと唸り声を上げて起きたふりをした。


「あっ、おはようございますお兄さん! さっ、朝食の準備が出来ましたので、着替えておりてくてください。ほら、萌夏、行くわよ」

「えぇ……元はと言えばお姉ちゃんが――」

「いいから! それではお兄さん。また後で」


 唯華は、先ほどまでの言動はまるでなかったかのように切り替えて、萌香の口を塞ぎながら部屋を出て行ってしまう。


 二人が階段を下りていく音を聞いてから、俺は思わずぺろりと布団を捲り、自身の下半身を確認する。


 まさか、毎朝チェックされていたとは……。

 うわっ、すっげぇ恥ずかしい奴じゃんこれ……。

 萌夏の時とはまた違う恥じらいがこみ上げてきて、ぶわっと身体が熱くなってしまうのであった。


 しかし、俺が知らない所での姉妹の行動は、これだけで終わることはなかったのである。

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