眠ったふりをしていたら、妹たちが愛の言葉を囁いてきてキュン死しました

さばりん

第1話 起きなかったら(萌夏の場合)

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、朝だよ!」


 朝、太陽の光が差し込む中、俺は妹の萌夏もえかの声で目を覚ました。

 萌夏は俺の一つ下の双子姉妹の妹であり、快活な女の子である。

 学校でも運動部に所属しており、彼女が動き回る姿は、まさに元気印そのもの。

 そんな可愛らしい妹が、朝から起こしに来てくれる。

 こんな素晴らしいシチュエーション、中々味わえないだろう。



「もーう……せっかく可愛い妹が押しかけモーニングしてきてるってのに、全然起きないんだから」


 萌夏の呆れ交じりの声が聞こえてくる。

 ぬくぬくと心地いい布団の中。

 もう少しこのまま眠っていたい。


「いい加減にしないと、お兄ちゃんにチューしちゃうぞ?」


 萌夏のキスなら大歓迎だ。

 むしろウェルカム。

 サイドテール姿の萌夏のキス顔が脳裏に浮かぶ。

 想像しただけで、可愛すぎてご飯三杯はいける。


「お兄ちゃん、おにいちゃーん」


 そんな寝ぼけながらのくだらない妄想をしている間にも、萌夏は俺へ何度も呼びかけてくる。

 しかし、俺はあえて反応をしない。

 ここで起きたら、もったいない気がしたのだ。


 それから、しばらくマジで反応しなかったら、萌夏はどうするのか試したくなってしまったのである。

 俺は、狸寝入りを敢行することにした。


「お兄ちゃん……本当に起きてないの?」


 俺はスヤスヤと、一定のリズムで呼吸を繰り返して、眠りについているふりをする。


 ツンツン、ツンツン。


 すると、俺の頬を指で突いてきた。

 一瞬ピクっと反応しそうになるものの、必死に堪えて我慢する。


「全然起きる気配ないや……もーっ……」


 諦めたような声を上げたかと思うと、それ以降萌夏は無言になってしまう。

 どうしたのだろうと思っていると、萌夏は怪しい言動をし始めた。


「お姉ちゃんは朝ごはんの準備中だよね? お兄ちゃんを起こす当番は私だし、邪魔をしてくる人は誰もいない……よね」


 なんだ、なんだ。

 萌夏は一体何を企んでいるんだ?

 そんなことを思っていた時だ。


「お兄ちゃん……だーい好き♡」


 耳元で、萌夏が蕩けるような声で愛の言葉を囁いてきたのだ。

 萌夏の甘美な声に、俺は思わず反応しかけるものの、必死に堪える。


「お兄ちゃん、好き。チュッ……チュッ……チュー」

「⁉」


 刹那、萌夏は何を血迷ったのか、俺の耳にキスをしてきたのだ。

 耳元に伝わる、湿った温もり。

 ほのかに香る、甘い吐息。


 チュッ、チュッ、チュッ……。


「えへへっ、おにいちゃーん。大好き」


 萌夏はさらに嬉しそうな声を上げ、キスも徐々にヒートアップしていく。

 耳元から首筋へ。

 首筋から頬へと、キスの場所が徐々に口元へと近づいていく。


 チュッ……。


 ついに萌夏のキスは、俺の唇の横までたどり着いてしまう。

 俺は完全に起きるタイミングを逸脱してしまい、どうしようかと悩んでいた。


「お兄ちゃん……もう私、お兄ちゃんの唇にキスしちゃうよ? いいよね? お兄ちゃんが起きないのが悪いんだからね」


 萌夏は、そう自分のキスを正当化するように言い聞かせるようにして、ついに俺の唇へと自身の唇を――


 ドスドスドスドス!

 ガチャ!


 とその時、物凄いドシドシした足音と共に、部屋の扉が無造作に開かれる。


「あー! やっぱり抜け駆けしようとしてるー!」


 その刺々しい声が刺さると、萌夏は俺の元から離れた。


「ちぇー。せっかくいいところだったのに、また邪魔者が来たよ」

「邪魔者とは何よ⁉」

「というかお姉ちゃん。どうしてここにいるわけ? 朝ごはんの支度してたんじゃないの?」


 萌夏がお姉ちゃんと呼ぶ人物は、双子の姉である唯華ゆいかだ。

 唯華は、学校では生徒会に所属しており、まさに才色兼備という言葉がぴったり似合う。

 成績も優秀で、家の家事もこなせる万能さを兼ね備えている。

 日常生活において、俺は唯華には頭が上がらないほどだ。

 そんな唯華は、萌夏の問いに対して、鋭い口調で語りだす。


「萌夏が遅いから様子を見に来たのよ。そしたら私の予想通り、やっぱりお兄さんに何かしようとしてたんじゃない」


 恐らく、萌夏が戻ってくるのが遅かったので、心配して駆けつけたのだろう。

 制服姿で、おたまを持ったまま部屋に駆けつけている様子が容易く目に浮かぶ。


「はぁ……これだからお姉ちゃんは空気が読めないんだよ」

「な、なんですってぇー⁉」

「何度でも言ってやるー。フラグへし折りお姉ちゃん」

「萌夏ぁぁぁー!!!!

 ぁぁぁー!!!!」


 そろそろ喧嘩に発展しそうな雰囲気のところで、俺はわざとらしく目を覚ましたようにぐっと伸びをした。


「あっ、お兄ちゃんやっと起きた」


 すると、今さっきまで言い争いをしていたのかが嘘のように、二人は取り繕った。


「おはようございますお兄さん。もう朝ごはんの支度できますから、早く準備して降りてきてくださいね。ほら萌夏、行くわよ」

「えぇー萌夏、お兄ちゃんのお着替えお手伝いするー」

「何バカなこと言ってるの! いいから早くいくわよ」

「ぶーお姉ちゃんのケチー」

「はいはい、どうせ私はおせっかいで短気なやっかいおばさんですよ」


 そうぶつくさ言いながら、二人は部屋を出て行ってしまう。

 ばたんと扉が閉められ、嵐のように去って行った妹達。


 俺は一人きりになったところで、ぶわっと顔が熱くなっていくのを感じた。

 ヤバかった、興味本位で狸寝入りしてみたけど、まさか萌夏があんなに愛の言葉を囁きながらキスしてくるとは思ってもみなかった。


 また新たな妹の一面を知ってしまった瞬間である。


 しかし、妹たちの行動は、これだけで留まることを知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る