第6話 黎明譚

花見から数日後。

堯之は都内の繁華街に居た。一人で酒でも飲もうかと馴染みのバーに向かっているところだった。人混みの中に見知った姿を捉えた。


(あれは・・倉橋?どうしたんだ?)


いつもの和装だったが、何か急いでいるようだった。その様子が、只事ではないのがわかった。

踵を返し倉橋の後を追う。


「あんた、何かあったのか?」


倉橋に追いつくと腕を掴んだ。


「えっ・・・?」


振り返った倉橋の顔面は蒼白で、掴んだ腕は少し震えていた。


「ああ、堯之さん・・。」


「どうしたんだ?顔色が悪いぞ?」


「沙羅が・・、沙羅がさらわれてしまってっ!」


「何だって!?それで、何か要求があったのかっ?」


「『メイ・ロン』だ。」


「まさかっ!?彼奴等が?」


「ええ・・。とにかく、早く行かないと!」


「落ち着けっ!一人で行くつもりか?」


「勿論です!」


「俺も一緒に行く。」


「そんな、貴方を巻き込む訳には・・。」


「何言ってるんだ?『メイ・ロン』の縄張りに一人で行くなんて危険すぎる!それに、俺だって沙羅の事は心配だ!」


「堯之さん・・。」


二人は『メイ・ロン』が縄張りにしている通称・九龍街クーロンガイを目指した。

倉橋の顔には焦りの色が滲んでいた。


「よりによって、どうして今なんだっ!!」


「倉橋?」


「あっ・・。いえ、何でも。とにかく急ぎましょう!」


「・・・?」





✡✡✡✡✡✡✡✡





九龍街に着くと人気が全く無かった。

何時もは、夜遅くまで賑わっているのに気味が悪い程静かだ。


「・・・これは、罠かもしれないな?」


「それでも行きます!」


「わかった。」


目指すのは、『メイ・ロン』本部の屋敷だ。

九龍街の中心にあり、総帥の劉 浩然リュウ ハオランの私邸になっている。

門の前には、倉橋達を待っていたのか一人の男が居た。


「倉橋さんですね?それに、貴方は・・・藤堂氏のご子息ですか?」


「沙羅を拐ってまで何が目的だ?」


何時もの柔らかな口調からは想像出来ないほど低い声だった。


「劉が中でお待ちです。お二人共どうぞ。」


そう言うと、玄関のドアを開け屋敷の中に入っていった。


「・・・。」


倉橋と堯之は視線を合わせると男の後に続いた。

案内されたのは、屋敷の一階にある応接室だった。


「こちらで暫らくお待ち下さい。」


「待て。私が来たんだ、沙羅は返してくれ!」


「それは、貴方次第ですよ倉橋さん?」


「くっ・・。」


倉橋は手が白くなるほど握りしめた。


「落ち着け。相手の思う壺だ。」


「・・・。」


倉橋は力が抜けた様にソファーに座り込む。


「早く、早く沙羅を助けないと・・・。」


「心配なのはわかる。でも冷静になれ。」


暫らくして、応接室のドアが開くと年配の男性が入ってくる。身体つきはガッシリしていて目付きが鋭い男だった。


「あんたが劉か?」


「ああ、劉浩然だ。部下が手荒な真似をしてすまないね?お嬢さんは丁重に扱っているから安心してくれ?」


「ふざけるなっ!拐っておいて何が丁重だっ!?」


「君は、藤堂の息子か?威勢だけはいいな?」


劉は堯之を一瞥すると倉橋に視線を向ける。


「それで?我々に協力する気になったか?」


「こんな真似をされて協力だと?ふざけるなっ!さっさと沙羅を返せっ!!」


珍しく語気を荒げた。


「こちらは十分譲歩してるんだがな?協力関係が嫌であれば私に従え!娘が大事ならな?」


「やめろっ!沙羅には手を出すなっ!」


「おい、連れてこい。」


劉が側に控えていた男に指示を出す。応接室の隣の部屋から眠った沙羅を抱き抱えてきた。


「さらっ!!沙羅に何をしたっ?」


「薬で眠っているだけだ。その薬ももう切れる。」


劉は沙羅の頬を叩く。


「おい。起きろ、何時まで寝てるんだ!」


「やめろっ!!」


「ん・・・。」


沙羅が目を覚ました。まだ、ぼんやりとしている。


「おじちゃんだあれ?ここは?」


「沙羅っ!!」


倉橋は沙羅に近付こうとしたが男に制される。


「おとう・・さん?・・お父さん!!」


沙羅が倉橋の元に行こうとするが劉が沙羅の腕を掴む。


「感動のご対面だな?どうだ?娘が大事ならば私に付き従え。」


「っ・・・、断る。」


「ほう?ではこの娘はどうなってもいいと?」


劉は懐からナイフを取り出すと沙羅の首元に突き付けた。


「いやだっ!はなしてぇ!」


「うるせぇぇ!!大人しくしてろ!」


劉に恫喝されて、沙羅の身体がビクッとする。


「どうする?ここで娘を見捨てるか?それとも我々メイ・ロンに従うか?今決めろ!」


「やめろ・・・。沙羅を傷付けるな!」


「お父さん・・?お父さんをいじめないでっ!」


沙羅は目に涙を溜めて劉を睨んだ。


「ふん、餓鬼が!」


「ゆるさない。お父さんをいじめる人はっ!!」


沙羅が呟く。


「やめろっ!沙羅、落ち着くんだっ!!」


沙羅の左目から涙が一粒零れる。

俯いていた沙羅が顔を上げると左目が金色に輝いていた。


「まずいっ!封印がっ!!」


「封印?」


その瞬間、沙羅の身体が漆黒の光に包まれーーー


ーバチッッッー


何かに弾かれた様に劉の身体が吹き飛んだ。

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