第4話 黎明譚
テーブルには沢山の料理や酒が並んでいる。
「どうぞ、遠慮なさらず沢山召し上がって下さいね?」
沙織がお酌をしてくれる。部屋からは満開の桜がとても良く見える。
「さらもやる!」
沙織の着物の袖を引きながら言った。
「はははっ、沙羅にはまだ無理かな?こっちへおいで?」
「はあい。」
倉橋の所に行くと膝の上に座らせた。
「沙羅は堯之さんの事が気に入ったのかな?」
「うんっ!」
満面の笑顔で頷く。
「そうか。」
倉橋は嬉しそうに沙羅の頭を撫でた。
「庭に行きませんか?今日は天気も良い、桜を見るにはいい日です。」
「え、ええ。」
沙織の出してくれた料理は家庭的でとても美味しかった。普段、外食ばかりの堯之にとっては何故かホッと出来る味付けだった。
会話は倉橋が色々と話をふってくる事柄に堯之が答えるといった感じだ。
それでも、仲睦まじい倉橋の家族に羨ましい思いを抱いたのも本当だった。
堯之の家族はどこかバラバラな所があったからだ。父親は仕事人間、母親は既に亡くなっていた。幼い頃から一人で居る事が多かった。
「さぁ、行きましょう?」
庭に出ると、爽やかな一陣の風が堯之の頬を撫でた。
こんなに穏やかな気持ちになったのは久しぶりだった。
満開の桜を見上げる。
「綺麗・・ですね?」
素直な言葉が零れ落ちた。
「ふふっ、そうですね?」
倉橋は沙羅の手を引いていた。
堯之の手を小さな手がキュッと掴んだ。
ハッとしてその小さな手を見つめる。沙羅と視線が合うとニコッと笑った。
「これでさみしくない?」
「・・・。」
沙羅の言葉にドキッとした。
まるで堯之の心の中を見透かした様に言ったからだ。
堯之の言葉を待つように沙羅はジッと見つめた。
「ああ。」
自分でもびっくりするほど優しい声だった。
小さな手を優しく握りしめた。
ーバサッー
突然、堯之の頭上に影が落ちた。
漆黒の鳥が頭上を通り過ぎ倉橋の腕にとまった。
「カラス・・?」
(いや、カラスじゃない。これは・・・?)
倉橋の腕に居る鳥は漆黒の身体をしているがカラスではない。カラスより一回りは大きい、それに脚が3本ある。
「やはり、堯之さんには視えるんですね?」
「はっ?」
倉橋は何を言っているのか意味がわからなかった。
(目の前のこのカラスの様な生き物の事を言っているのか?)
「どうやら、招かれざる客が来たみたいですね。」
「招かれざる客?」
倉橋は腕にとまったカラスの様な鳥を空に放る。
「堯之さん、沙羅の事少しお願い出来ますか?」
「あ、ああ。」
「沙羅?堯之さんとここに居なさい。良いね?」
倉橋は沙羅の目を見ながら言った。
コクリと頷くのを確認すると目を細めた。
沙羅の頭を撫でると玄関の方に歩いて行ってしまう。
倉橋の背中を見送ると、沙羅が堯之の手を強く握った。
「・・・。」
「おにいちゃん。お父さん大丈夫だよね?」
不安そうに堯之に聞いてきた。
「・・心配?」
「うん・・。」
「じゃあ、お兄ちゃんが様子を見てくるからここで待っていられる?」
「うん。」
堯之は倉橋の後を追うように玄関に向かった。
玄関に人の気配を感じて物陰に身を隠した。
(あれは・・。)
玄関先には、倉橋の他に一人の男が立っていた。
かろうじて、会話が聞こえてきた。
「今、大切な来客中なんです。お引取りください。」
「良いお返事が聞ければ帰りますよ倉橋さん。」
「何度来られても答えは変わりませんよ。」
「では、我々『メイ・ロン』を敵に回すと?」
「『メイ・ロン』、眠る龍・・ね。私は誰とも組むつもりはありません。」
「・・・我々は貴方が脅威になるのであれば徹底的に潰しにかかりますよ?」
「脅しのつもりですか?私の大切なモノに危害を加えるような事があったらただではすみませんよ?」
そう言い放った倉橋の顔には何時もの笑みは一切なかった。ゾッとするほど冷たい表情だ。
「っ・・・、また伺いますっ。」
身を翻し車に乗り込んだ。
「お待たせして申し訳ありませんね?」
柔らかな笑みを浮べて倉橋が戻ってきた。
「お父さんっ!」
沙羅が必死に倉橋の足にしがみついた。
「どうしたんだ?沙羅。」
沙羅を抱き上げると倉橋の首に抱きつく。
「はははっ。堯之さんと一緒に居たんだろう?何も怖い事なんて無かっただろ?」
沙羅の小さな背中を優しく撫でた。
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