第3話 黎明譚
(何で俺が・・・。)
堯之は不満そうにリムジンの後部座席で車窓を眺めていた。
数時間前。
父親に呼び出された。
「倉橋さんから花見の誘いが来た。俺が行くはずだったんだが急な用事が出来て行けなくなったからお前が行ってくれ?」
堯之は面食らった。
用事が出来たならば花見など断れば済むはずなのに自分に行けと言う父親に。
「・・・。断る選択肢は無いんですか?」
思わず本音が溢れる。
「無いな。倉橋とは良好な関係を築いておきたい。くれぐれも、失礼の無い様にな?」
(あの倉橋って何者なんだ?あの親父がここまで気を使うなんて・・。)
堯之は大きなため息を吐いた。
「堯之さん?大丈夫ですか?」
リムジンを運転している佐々木が心配そうに訊ねてきた。
「ああ、大丈夫だ。ただ、気乗りしないだけだ。」
「倉橋さんの別邸はもうすぐですので・・。」
「別邸?」
「ええ、倉橋さんの本邸は京都なんです。でも、東京での仕事が増えたからと別邸を構えたそうなんです。」
「ふん。いいご身分だな?別邸で呑気に花見なんて。」
「・・・。」
「佐々木?どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。ああ、あそこが倉橋さんの別邸ですよ。」
東京郊外にある倉橋の別邸は、緑に囲まれた静かな所だった。
和風の平屋の玄関で堯之を迎えたのは、上品な着物を身に着けた美しい女性だった。
「遠い所ようこそいらっしゃいました。さぁ、どうぞお上がり下さい。」
女性に案内されながら庭を見ると桜が満開に咲いていた。
「黎さん。藤堂さんがいらっしいましたよ。」
障子を開けると倉橋黎が満面の笑みで迎えてくれた。
「堯之さん。よく来てくれましたね?さぁ、どうぞ。」
「失礼します。」
室内に入ると女性がお茶を出してくれる。
ぐるりと部屋を見渡す、屋敷も部屋も質素であるがどこか上品さがあった。
「堯之さん。こちらは、妻の沙織です。」
沙織は上品な笑みを浮べてお辞儀をした。
「藤堂堯之です。宜しく。」
「それにしても、堯之さんが来てくれるなんて嬉しいなぁ。」
ニコニコしながら倉橋が身を乗り出してきた。
「堯之さんとはゆっくりお話したいと思ってたんですよ。」
「そ、そうですか?」
「ええ。」
どうも、この倉橋相手だと調子が崩れる。
その時、廊下をパタパタと走る足音が聞こえた。
障子が少し開くと女の子が入ってきた。
「お母さん!」
女の子は沙織に抱きついた。
「沙羅?どうしたの?今、お客様が来てるのよ?」
「おきゃくさま?」
振り返り堯之を見つめた。
可愛らしい顔立ちの少女だった。美しい深い瑠璃色の瞳が印象的だ。
「娘の沙羅です。沙羅ご挨拶しなさい。」
倉橋が声を掛けると堯之に近付きペコリと頭を下げた。
「こんにちは。」
「ああ、こんにちは。」
「おにいちゃんは、お父さんのお友達?」
「いや、友達という訳じゃ・・。」
「ちがうの?」
「沙羅。堯之さんとはこれから友達になるんだ。」
「これから?」
「・・・。」
不思議そうに倉橋を見上げた。
倉橋は優しい笑みを浮べていた。
「さぁ、沙羅も一緒に花見をするからお母さんのお手伝いしてくれるかな?」
「はぁい。」
「じゃあ、沙羅行きましょう?」
沙織は沙羅の手を引いて部屋を後にした。
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