第12話 あのペンダント

 玲子さんに聞くところによると、刺された男性は、薬剤メーカに勤める美優大輔みゆうだいすけという人で、どうやら病院に営業に来ていた際、この事件に巻き込まれたようだった。

 刺された際のおびただしい出血を考えると重症かと思われたが、幸いにして臓器などににも大きな影響はなく、約二週間で退院できるであろうということだった。


 「それにしても良かった…」


 玲子さんがそう言いながら、凄くホッとした表情をしたのが印象的だった。

 彼とは病院で顔を合わせた際、挨拶をするくらいの関係だったみたいだが、自分の命を投げ打って玲子さんを守ったのだ。彼女も思うところはあると思う。

 もし、僕だったら正直膝が震えて、咄嗟にあんなふうにはきっと出来ないだろう…。


 美優大輔…。

 

 玲子さんを助けた男性の苗字が奏子と同じ事に僕は何かひかかっていた。ただの偶然か?それとも…!?

 でも、奏子と付き合うまで、美優という苗字の人に僕は会ったことがない。それくらい珍しい苗字ではないのだろうか?なのに、僕の周りに二人もいるのは、何か関係があるに違いないのではないだろうか!?


◇◇◇


 それから二週間が経った。玲子さんは、病院での実地研修と入院している美優さんのお見舞いと、そして僕の世話と非常に忙しく過ごしていた。彼女のバイタリティは本当に凄い。




「和也君、和也君!起きて!今日は、二人で散歩でもしましょうよ。ずっと部屋の中だと身体に悪いよ」


 玲奈さんはそう言って僕を誘ってくれる。だが、僕は、実は出たくても外に出れないのだ。あの日、玲奈さんを助けた日から、ドアを開け外に出ようとすると針で刺すような例の無数の痛みが押し寄せ、僕を外に出させない。もしかしたら、過去を変えてしまったことに対し、時間の番人から罰を受けているのだろうか!?

 その力が僕を部屋の外に出さないようにしているのかもしれないし、嵐の起きる前触れなのかもしれない。


 なのに、、今日はいつも感じる痛みは全く感じない。


「んっ!行けそう…?」

「えっ?行けそうってなに?」

「いやいや、まあ…」


 誤魔化しながらも僕は、スニーカーを履くと姿見に映った自分を見つめる。

なんだか覇気がない顔だな…。こんな顔を奏子に見せたらすぐに叱られるだろうな…。


「さっ、行きましょう」


 彼女に背中を押されながら僕はドアを開け外に出る。外は快晴、雲一つない。とても清々しい空気が鬱屈な気持ちを和らげてくれる。


「玲子さん、今日は何処に行くの?」

「えっ、今日はね…。内緒、ふふふ」


 玲子さんも久しぶりの休日を凄く楽しんでいるようだ。


 坂を下って行くと左に折れた僕らは、なだらかな坂を登って行く。あれっ?これって、妙見寺の方に向かっているのか?

 そう思った時、妙見寺の中から賑やかな音が聞こえて来た。


「今日は、妙見寺のお祭りなのよ。一年に一度しかないからね。地元の人は楽しみにしているんだけど、和也君の時代はもうやってなかった?」

「いや…、やってるよ。だって、僕は毎年欠かさず行ってたから…さ」


 僕の頬に涙が落ちていった。三十年後の世界に戻れる保証は何一つない…。僕は、これからどうなるんだろう?奏子ともここ数年はいつも一緒にこの祭に行ったっけ。懐かしい…。本当に…。


「和也君!ほら、あっち…。えっ、ど、どうしたの?」

「いや、ほら、大丈夫。焼き鳥の出店の煙が目に入っただけだから」


 ちょっと苦しい言い訳をした時、玲子さんが僕の頭を自分の胸に押さえつけた。


「ほら、無理しない…。泣きたいときは泣いていいんだよ。どうせ彼女のことを思い出してたんでしょ?」


 僕は、その温かい胸に抱かれ、声を出さずに思いっきり泣いた…。



「あー、スッキリした…。ごめん。玲子さん」

「いいって。到底、彼女の代わりにはなれないけど、ほら和也君は凄くいい人だから。元気になって欲しいし…」


 玲子さんは根っからの看護師だと思う。彼女の深い愛は、全ての人を魅了すると思う。

 彼女を襲った渡辺 隆は、自ら彼女から離れていったくせに、彼女のその優しい愛に今更ながら気付いて、それを全て自分のものにしようとして近づいてきたのだ。だが、すでに彼女の中に奴はいなかった。だから、ストーカーのように付け狙い、結果、力で征服しようと刃物で刺すというショッキングな事件を起こしてしまったのだろう。


「ねぇ、ほら、和也君!あっちでなんかやってるよ」


 玲子さんと僕は、お寺の一番端に向かう。そこには、銀色に染めた長い髪を持つ女性が座っており、手作りであろうアクセサリーが所狭しと黒布の上に並んでいた。

 僕らは、しゃがみ込んでアクセサリーを見ている。どれも素晴らしい出来で驚いてしまう。ハンドクラフトでしか表現出来ない繊細なデザインと色とりどりの小さな石のコラボレーションがとてもお洒落な世界を構築していた。しかも、凄く安い。僕には、アクセサリーの値段なんてわかる訳ないのだが何故かそう思えた。


「うわぁ〜、綺麗〜、可愛い〜、これ凄い〜」


 玲子さんは片っ端からその作品を持ち上げるとうっとりしながら見ている。


「あのー、玲子さんに貰っているお金で大変申し訳ないけど、今までの感謝の気持ちを込めて、この中から一つプレゼントさせてよ」

「和也君!!嬉しい〜!いいの?ほんとに!?」

「うん、いいよ」


 えっと、どれにしようかな…と真剣に選び始めた彼女に、銀色の髪を持つその女性が自分のバックからペンダントを取り出した。


「これ、さっき出来たばかりなんですよ。どうですか?」

「うっ、す、凄い素敵!!!」


 玲子さんは、そのペンダントを胸にあてるとうっとりしている。


「えっ、そ、それは……」


 玲子さんが首に付けたペンダントは、奏子が母の形見と言っていたピンク色の石がついたあのペンダントに間違い無かった。







 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る