第5話 出逢いはピンクの石

 美優奏子みゆうかなでこ、僕が愛する女性の名前だ。

 彼女とは、大学の入学式で初めて出会った。それは本当に偶然で、ちょっとしたきっかけだった。だが、これを人は運命と呼ぶのかも知れない。



 あの日の事は、今も鮮明に覚えている…。

 入学式が終わった僕は、一人裏門に向かってゆっくりと歩いていた。自分の高校からこの大学に入学した生徒が、今年は僕以外誰もいなかったということもある。それに、日頃から馴れ合いが嫌いだったこともあり、皆がいう晴れの入学式をたった一人で過ごしていたのだ。


「今年は、咲くのが早かったから、残念だったね」


 入学式と書かれた看板をバックに写真を撮っている三人がそういいながらもすごく嬉しそうに話をしている。白髪が目立っているのは父親だろうか…。娘と一緒に写真を撮っている表情がとても照れくさそうだ。

 父親が小学校の時に病気で亡くなってしまった僕は、こんな光景を見るとちょっとうらやましく思えた。

 

 きっと、今年の入学生は、桜をバックに入学式の写真が撮りたかったにちがいない。だが、すっかり葉桜になっていてはどうしようもない。そんなことをふと思いながら桜並木を見ていると、何かを探している女性が目に入った。

 その女性は、長い髪を一つに纏め、横に洩れた髪を耳にかけている。彼女は、しゃがみ込むと地面に視線を向け、何かを必死で探しているようだった。

 

 普通ならば、そんな面倒臭いことには拘わらないのだが、その時の僕はどうかしていたのかもしれない。


「何か探してるんですか?」


 はっと驚いたその女性は、「大事なものをここら辺に落としてしまったみたいで…」と泣きそうな表情で答える。


「僕も一緒に探しましょうか?」

「あの、時間は大丈夫なんですか?オリエンの時間とか…」

「いや、実は、ばっくれようとしていたので、大丈夫」

「えっ、入学式なのに!?」


 その時、彼女がほんの少しだけ笑った。

 とても素敵な笑顔だった。

 

 後で振り返ると、僕はこの時、奏子かなでこの笑顔を見た瞬間に恋に落ちたのだと思う…。



「何を探してるんです?」

「あのね、凄く小さなピンクの石が付いたペンダント…。えっと、それは母の形見なんです。いつもは大事に部屋に仕舞っているんだけど、入学式だから少しでもお洒落したいなと付けてきたんです」


 彼女は凄く後悔しているという表情で俯いた。


「門を入ってきた時まではあったのは覚えているんですけど、講堂に入って式を受けている途中、無い事に気が付いたんです。で、自分が通ってきた道を片っ端から探しているんです」

「そうか、そんなに大事なものだったら、絶対に見つけないとな」

「ありがとうございます。正直、一人で、歩いた道を全て探すのは難しいなと心が折れそうになっていたんです。本当にありがとう。私は、美優奏子みゆうかなでこと言います。今日からここの一年生です」


 そう言うと、彼女は、立ち上がってぺこりとお辞儀をした。


「僕は、檜原和也ひのはらかずや。君と同じく、ここの一年。よろしく」


 ちょっとぶっきらぼうだったかな…、そう思いながら僕は、座り込んでそのペンダントを探し始めた。しかし、そうは簡単には見つからない。なんせ、桜の花がいつもより早く散ったこの辺りは、一面ピンク色になっているからだ。


「よりによって、ピンクの上にピンクのものを落とすなんて…。本当についてない…」


 聞くと、彼女は、かれこれ三時間以上も探しているようだ。母親の形見をそうやすやすとは諦めきれないだろうし、その気持ちは凄くわかった。


『見つけてあげたい…、いや見つけなければならない…』 


 僕は、その気持ちを強く念じた。

 そして、地面に落ちた桜の花びらの絨毯を両手で持ち上げる。すると、どこからとなく風が吹いてきて手ですくった花びらを飛ばした。

 

 そして、手に残ったのは…。

 そう、シルバーのチェーンにキラキラと光るピンク色の綺麗な石がついたペンダントだった。


「あった!あったよ!奏子さん!」

「えっ」


 彼女は僕に駆け寄ると僕の両手に引っ掛かっているペンダントを見つめる。


「あー、これです。これ…。良かったー。本当に…」


 そう言いうと彼女は泣き崩れた。


 しばらく、僕が肩を貸す恰好で彼女は声を出さずに泣いていた。大事なものを失ってしまった自分への叱責もあるだろう。

 だが、何より彼女は、亡くなった母親の事を凄く愛していて、その形見をとても大事にしている素敵な女性ということなのだろうと思った。


 しばらくこの状態が続いた…。だが、急に彼女がはっとして顔を上げる。


「ご、ごめんなさい。私…。ごめんなさい」


 彼女は僕の服を掴んだまま何故か何度も謝った。


「良かったね。大丈夫?もう落とさないようにね」

「はい。ありがとうございました」

「いや、大事なものが見つかって本当に良かった。僕も嬉しいよ。それに、数度すくっただけで君の探し物を見つけられるなんて。まるで僕がここに来て、君に声をかけたのは運命だったのかもしれないね…。なんてね!ちょっとキザだったかな。それじゃぁ」

「あっ、今度、お礼させてください」

「いや、いいって。そんなたいそうな事はしてないから。ではまた!」


 僕は、彼女の視線を感じながらぎこちない歩き方で裏門を抜ける。

 連絡先くらい聞いたら良かったかな…。でも、いいや。今日はとても気分が良い。彼女とはまた近いうちに必ず会えそうな気がする。


 僕の予感は当たるんだ。


 明日、目が覚めたらきっと、僕は彼女に会えることを心待ちにしているだろう…。

 僕の静かだった心に彼女という石が急に投げ放たれたみたいだ。その大きな波紋はどれだけ大きくなっていくのだろうか?


 僕と奏子かなでこの出逢いはただの偶然ではない。そう、これもきっと予め定められた運命なのだと…。







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