第6話 信じて欲しい…
一体、どれだけ眠ったのだろう?
僕は、気が付くと美園ハイツ203号室のベットの上で眠っていた。
あー、へんな夢だった…。でも、ここまでリアルなものってなかなかないよな…。でも良かった夢で。あのままだと元の世界に戻れずに時間の狭間に残され、最後には最悪な結末が待っているのは間違いないだろうし…。
僕は、もう一度掛け布団を首の所まで持ち上げた。すると、ベットの横で何かが動く気配がする…。驚いて起き上がると、ベットに持たれるようにして眠る綺麗な女性がいた。
あー、佐伯玲子さんっていったっけ。
夢なら良かったのに…。でも、やっぱり夢ではなかったみたいだ。僕は、これからどうすればいいのだろう。流石にどうにかなるだろうみたいには前向きになれない。
しかし、彼女には本当に悪いことをした。僕が急に倒れた後、きっと彼女は、苦労して僕をベットまで運んだに違いない。ベットの上には濡れたタオル、小さな保冷剤をハンカチで包んだものが落ちていた。どうやら、僕のおでこや脇を冷やしてくれたのだろう。
「あっ、気がついた?大丈夫?急に倒れるからびっくりしたじゃない」
「ごめん…」
「でも、良かった。意識がしっかりしていて。あんな風に崩れ落ちる人って初めて見たから凄く心配したんだよ」
昨夜は、彼女が僕を看病してくれていたに違いなかった。彼女は看護学校に通う学生で、将来は看護師なのだろうからお手のものかもしれないけど…。
「佐伯さん…。ありがとう。ベット、僕が使ってしまって。ほんとごめん」
「いいよ。だって、病人じゃない?だからいいの。今日はゆっくりこのまま寝てた方がいいわ」
「う、ん。もう大丈夫。凄く気分はいいから」
「でも、まだゆっくりしていた方が…」
「実は、急ぎで話を聞いて貰いたいんだ。いいかな?」
「なによ!?うーん。まあ、いいけど」
彼女は、また、ちょっと身構える。僕がなにか良からぬことを言うと思っているのかもしれない。
だが、僕は、意を決して彼女に話だす…。
「佐伯さん。これは嘘でも冗談でもないから驚かずに聞いて欲しいんだけど」
「えっ?なに?宗教とか?」
「だから、そんなんじゃないってば!」
思わず語尾に力を入れてしまう。
「実は、僕は、三十年後の未来からこの世界に来たみたいなんだ」
「へっ?はぁ〜!!もう、嘘ならもっと上手につきなさいよ。あり得ない!もう心配して損した。もう、早くここから出て行って!」
さっきまで優しい瞳で僕を見ていたのに一気に険悪なムードに変わっていっく。
「まあ、信じられないとは思うんだけど、これは決して嘘じゃない。僕の住んでいる美園ハイツは築三十年のボロアパートなんだよ。階段なんか錆だらけで、玄関のドアも立て付けが悪くて、開ける度にギイギイと音が鳴るんだ。なんで分かるかって?だって、僕が御園ハイツの203号室に住んでいるから知ってるんだよ」
「何?そんなこと信じられない。なんか嘘を信じさせたらお金貰えるゲームでもしてるんでしょう!?」
「あー、もう!!まあ、そうだな。そんなに簡単には信じられないよな。そうだっ!これ、このスマホを見ればわかってもらえるかも…」
僕は、ズボンのポケットからスマホを取り出し彼女に見せる。
だが、時間を表す表示がおかしいらしく、見たことがないような変な記号が出ている。ちょっと待てよ。もしかして通話も出来ないとか…。
そういいながら僕は、アドレスから
「ザッー、ザザッー、ザァー」
ただ、単に無機質なノイズが響く…。
やはり、この世界ではスマホは使えないみたいだ。
だが、彼女の顔をみるとこれまでの僕の行為は無駄では無かったようだ。さっき、僕がスマホの画面をタッチして、アドレスをスクロールする動作を見た途端、彼女は急に大人しくなっていた。
「ごめん。この時代では、このスマホで電話する事は出来ないみたい。だけど、これがデジタルカメラにもなるってのを見てもらったら、信じてもらえるかも」
「スマホって?なに?そして、デジタルカメラってこないだ発売されたカシオみたいなやつ?」
「スマホってのはスマートフォンの略だよ。所謂、携帯電話ということ。で、この中に、デジタルカメラの機能があってさ、ほら、ここにあるカメラのアプリを指でタップして起動させ、撮りたいものに向けてシャッターを押す。最近のスマホのカメラはきっとこの時代のデジカメよりも圧倒的に綺麗に撮れると思う」
『パシャリ』
「ほら、もうこれで写真は撮れたんだ。で、撮った写真のデータはスマホに残るから、Wi-Fiで繋いだプリンターですぐに印刷が出来るよ」
「あの、さっきから何言っているのか、さっぱり分からないんだけど!?Wi-Fiって何?カメラアプリって?」
彼女の頭には大きな『?』が三つほど並んでいる。
「じゃあ、ほらこれ見て。今撮った君だよ。とっても綺麗に撮れてるでしょう?」
「えっ。す、凄い…」
「でしょ?こんなので驚いていたら駄目だよ。この加工アプリを使うとほら、君の肌がもっと白くなったり、ほら、目が大きくなったり、髪の毛がショートになったり…って、ね」
「面白い〜!!!うわぁ〜!!貸して、貸して!」
彼女は、僕からスマホを取り上げると、部屋の中を撮っては加工して遊んでいる。どうやら三十年後の機械をお気に召したようだ。
「やっぱり、こういうの見たら、信じるしかないのかな…、うん」
あの、佐伯さん、心の声がダダ漏れなんですが!
「じゃあ、信じてあげるね。だけど、貴方をこの部屋で匿います。だって、未来の人が過去にやって来て何かを変えるのって駄目なんでしょ?それくらいは私にでもわかるし…。だったら、そこはしっかりしないとね」
そういうと彼女は、右手で長い髪をかき上げそれを耳にかけた。それは、何かを決意する仕草…。えっ、なぜだろう?その仕草、見覚えがある…。
「あのさ、信じてくれたってことでいいのかな!?」
僕は、恐る恐る彼女に尋ねる。
「うん。
そういうと何とも言えない可愛い顔で「ふふっ」と笑った。
「あっ、そうだ。あの、つかぬ事をお聞ききしても…!?」
「え、なに?」
「お腹、空きましたか?」
三十年前の美園ハイツ203号室に住んでいる
僕が今陥っている過酷な状況を少しだけ忘れさせてくれるとてもとても懐かしい味だった。
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