第7話 彼女のリスク

 僕が、彼女の部屋で、いや三十年前の自分の部屋に住みだして、早くも一週間が経った。

 

 どうやったら元の世界に戻れるのだろう?

 

 調べたくてもこの時代はネットでサクッと検索みたいなことは出来ない。正直、こんなに不便な世界でみんなはどうやって生きているのだろうなんて思ってしまう。


 ネットで調べられないのであれば、やはり図書館で本を漁るしかないか…。

僕は、この部屋の住人である佐伯玲子さえきれいこさんに、図書館でタイムトラベル関連の書物を貸し出し可能上限の十五冊分借りて来てもらい、この一週間、それらの本を読破することに時間を費やしていると言うわけだ。


 昔から、本を読むことは苦痛ではなかった。いや、逆に好きだと言ってもいいのかもしれない。その世界に気持ちまで入り込んでしまうファンタージや犯人を捜す推理もの、いつの間にか主人公の気持ちになってしまう恋愛ものなど…、ジャンルを問わずといったところだが、自分がこんな体験をしていることはさて置き…、実は、タイムトラベルやタイムリープなどを扱ったジャンルが一番好きだった。


 だから、まあ、みんなが知っているくらい程度の知識はそこそこある。

 一度過去に戻った人は元に戻る際、歪みを修正する力が働いてしまうことで、自分が住んでいた時代より、遙か彼方の未来まで飛ばされてしまうだとか、たとえ、運良く歪みが小さい場合でも、戻った世界は、実はもう一つの時間軸の中に広がる世界であって、そこには自分の居場所はないとか、過去に行った際に、自分の手で何かを変えてしまうと、元の世界に戻った途端に自分が消えてしまうとか…。 

 タイムパラドックス…、僕が過去の世界で不用意に動くと未来に取り返しの付かないことが起きてしまう可能性があるというものだ。

 だが、最近の研究では、過去に戻ったタイムトラベラーがいくら過去を変えようとしても、それを邪魔する力が働き、結局なにも変えることが出来ないという説もある。

 しかし、どうあれ、基本的にはこの美園ハイツ203号室から一歩も外に出ずに過ごす事が最も安心なのは間違いないだろう。


 僕は、フローリングに敷かれたマットに横たわる。三十年後のこの部屋はフローリングなんてなくて、薄い白のビニールシートが貼られているだけだ。今の方がかなりお洒落じゃないか…。


 それよりも、あれから佐伯さんは、なんだかんだと言っても甲斐甲斐しく僕の面倒を見てくれている。


 料理は勿論、掃除、洗濯までも…。

 僕は、ずっと家に居るわけだから洗濯や掃除はやるよと言ってみたものの、「あなた、私の下着を見たり触ったりするつもりなの?」とすごまれてしまった。

 彼女の勢いに押され、あっさりと白旗を揚げた僕は、上げ膳据え膳は勿論のこと、結局毎日やる事がないという形になってしまった。だから、だらだらしつつ、ただこうして本を読んでいるって訳なのだが…。


『タイムトラベルをする為には、あの湖の畔にある楓の木の下に行かねばならないんだ…』


 タイムトラベルものの書籍を寝っ転がって読んでいた僕に、その文言が降り注いできた。そうか、そうだよな。確かにその通りだ。あの裏山の洞穴へ一度行って見るしかないな…。きっとあそこが時空の歪みの入り口なんだろう。


 僕は、久しぶりに外に出かける準備をする。準備と言っても、ただ靴下をはいて髪形を軽く整えるくらいだが…。


 ただ、軽々しく僕がこの辺をうろちょろしてしまうと、彼女の彼氏に不審がられるかもしれない。当たり前だが、僕が彼女の部屋に住んでいる事を彼氏に見られる訳には絶対にいかない。彼女は、ただ未来の平和の為に、僕を渋々匿っていてくれているだけなんだ。

 もし彼氏に僕の事が知れ、詰問されたとしよう。きっと僕は、何度となく真摯にそして丁寧に順を追って説明するだろう。だが、僕が未来からの時間旅行者なんてことを彼氏が信じる訳ないのは明らかなのだ。


 くそっ!ここにいることは、やっぱり彼女に大きなリスクを掛けてしまってるということなんだ。


 僕は、静かにドアを開けると、左右を確認し、素早く外に出る。

 そして、廊下の手すりから、駅に続く小道を確認し、誰も歩いていないことを確認すると素早くドアの鍵をかけ、階段を駆け下りた。



…………………


本日は、夕方にも更新いたします!

どうぞよろしくお願い致します!


 

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