裏山の異空間とあの子と彼女

第10話 君のレシピ

「ごめん。また、迷惑をかけてしまって…」

　意識が戻った和也君に肩を貸しつつ、何とか彼を部屋まで連れて帰ってきた私は、スパゲッティの準備にとりかかった。

　この部屋に戻った途端、和也君は、完全に意識もはっきりして急に元気になったように見えた。だからだろうか…、しばらく座って休んでいてと言ったのに、ナスビとトマトを炒めている私の背後に立つと、ぽつりとそう言ったのだ。

「だから、いいってば。だって、和也君の気持ち分かるから…」

「ごめん。前もちゃんと約束したのに、それを破ってしまって…」

「うん。でもさ、未来に戻るための方法を探るのってきっと大変なことだよね！？だから、私が微力ながらお手伝いするって言ってるでしょ！？少しは頼ってよ！」

「そうだね…。ほんとごめん。つーか、———君っていい人だね…」

「えっ？何？なんか言った？」

「いや、なんにも…」

「ほら、もうできるから、お皿とか出してくれる？」

「は、はい」

『もう、急にあんなこと言うから…、塩コショウが入り過ぎちゃったじゃない…』

　私は、今、顔が真っ赤になっていると思う。

『いい人だね…』ってその言葉がじんわりと私の心に染みていく。それは、渡辺君から繰り返される『好きだよ』という言葉よりも何十倍、いえ何百倍も嬉しい響きだった。

「「いただきます！」」

　私達は両手を合わせると、料理を食べ始める。

「う、うまっ！ほんと、玲子さん、料理上手だよね〜」

「そう！？そうかな？普通だと思うけどね。でも、ありがとう」

「これって、白ワインを入れて蒸してる感じ？」

「そう。良くわかったね」

「だって、白ワイン入れて、すぐ蓋をしたの見たからさ」

「そっか、でもね、それがこのスパゲッティのポイントなんだよ」

「いいお嫁さんになるね。ほんとに」

「っ…」

　ゴホゴホとむせてしまった私に、彼は「大丈夫？」と言ってコップに水を汲んでくれる。「だ、大丈夫。ごめん。行儀悪くて」、その言葉をいうのがやっとだった。今日の私は一体どうしてしまったのだろう？

　でも、なんだか嬉しいな。

　私の料理をとびっきりの笑顔で、美味しそうに食べてくれる人が目の前にいるってこと…。

　和也君には申し訳ないけど、もうちょっとだけ、この変な生活が続けばいいのにと一瞬思ってしまう。

「そうだ！玲子さん、今度時間ある時でいいから料理のレシピをノートに書いて貰えない？僕が元の世界に戻ったら奏子（かなでこ）に玲子さんの料理を作ってもらうから」

「まあ、気に入ってくれてるなら書いてもいいけど…。奏子さんて彼女さんだよね。彼女さん、料理はどうなの？」

「うん。まあ、絶賛修行中みたいだけど、徐々に上手くなっているよ。ただ、今はまだ玲子さんの足下にも及ばないけどね。ふふっ。でもね、料理を作っている時の彼女、すごくいい顔するんだ。少しだけど玲子さんに雰囲気が似てるなって思ってた」

「そうなんだー。いい子なのね、その子。大事にしないとね」

「うん。ちゃんと元の世界に戻ったら、玲子さんのメニューを再現してもらって、二人で食べるよ！」

　僕は、マットの上で今日のことを振り返る。

　時空の歪みの場所は、やはりあそこで間違いないようだ。ただ、タイムトラベラーをしている僕がそこに近付くと拒否反応のようなものが働くのか、すんなりとそこに近付くことはできないみたいだ。

　それは、もしかして一生なのかもしれない…。もしも、そうだとすれば、僕はこの世界で生きていくしかないじゃないか。

　でも、タイムパラドックスを引き起こすことを考えると、多くの人間と関わり合いを持つことは出来ない。

　じゃあ、働いて金を稼ぐことも出来ないってことなんだよな…。

　途方にくれた僕は、スマホのアルバムを開く。そこには、笑顔の奏子（かなでこ）がいた。

　『会いたい、会いたい、会いたい！！』

　僕は、声を出さないように涙を流す。何故、僕はこの時代に飛ばされたのだろう？何か大きな使命を担ってきていればまだ納得も出来るが、ただ単に勝手に流されてきただけじゃないか…。

　スマホをスクロールしていくと色んな場所で取った奏子の笑顔が溢れていた。その笑顔が僕をさらに哀しい世界へ連れて行く。

『ん？これなんだっけ？』

　そこには、以前スマホを変えた時にラインのやりとりをスクショしたファイルが五つほど残っていた。

　僕は、久しぶりにこの文章を見る。そこには、奏子の幼少の出来事や母親のことなどが書かれていた。

…………………

本日、夕方にも更新します。

是非、遊びに来てくださいね！！

物語はいよいよ終盤へ差し掛かります。

和也と玲子の応援よろしくお願いします！