第3話 変質者?

「あの…、何か僕に用事でも?」

「…………………」


 彼女は、全身を震えさせながらゆっくりと後ずさりしている。


「あの、どうかしましたか?体調が悪いとか?顔が真っ青だけど大丈夫?」

「そこ…、私の部屋なんですけど?なぜ、ドアが開いているのですか?もしかして泥棒?」


 彼女は、意を決したように、少し大きな声を出した。


「はっ?いやいや、ここは僕の部屋だって。ほら、これ、僕の鍵だけど、たった今、この鍵でドアを開けたし…!?」

「ちょっと待って下さい。おかしいです。ほら、私も鍵は持ってますから。えっ?貴方、私の合鍵を盗んだのね!?」

「いや、そんな…。そもそも、合鍵がどこにあるかとかも知るわけないし。それに、もし、僕が泥棒だとしてもこんな白昼堂々するわけないだろう!?」


 僕も口調が強くなる。

 彼女は、まだ震えが止まらないようだ。少しパニックにもなっている気もする。


「あっ、私、もしかして夢を見ているの?」


 突然そういうと彼女は、両手で持っていた買い物袋をぼとっと床に落とす。そして、自分の頬を両手で「パチン」と叩いた。


「ゆ、夢じゃないじゃない…。やっぱり、泥棒!変質者だわ!!」


 さらに大きな声を上げる彼女をなんとか落ち着かせようと必死でなだめる。


「違うってば。良く聞いて!僕は、京神大学に通う学生で、名は檜原和也ひのはらかずや。で、僕が住んでいるのは美園ハイツの203号室ってわけ。これで疑いは晴れた?」


 彼女は、「はっ!?」と怒気を含んだ声を出すと、急いで廊下に落とした買い物袋を拾う。そして、サンダルを乱暴に脱ぐと勝手に僕の部屋の中へ入って行く。


「ちょ、ちょっと…。君!」

檜原ひのはらさん、ちょっと上がって見て下さい。ここは私の部屋って言うのを証明しますから…」

「あのね、そんな訳ないでしょ。僕の部屋だし…」


 僕は、不満たらたらで彼女に続いて部屋へ入る。

 そして、三秒後、カチコチに固まってしまった。


 なんだこれ。ピンクのカーテン、それにアイドルのポスターが壁に画鋲で貼ってあるぞ?って、そもそもこれ誰だ?それに、僕の部屋の冷蔵庫は、二ドアだったけどここのは一ドアだし、それに何これ?洗濯機が二槽式って、古っ。一体なんなんだよ。


 確かに…

 

 ここは、彼女が言うように、僕の部屋ではないらしい。なら、僕の部屋は一体どこに……。


 僕の頭がおかしくなっているのかもしれない。もしくは、大がかりなドッキリが遂行されているのか?

 僕は、頭の中で情報を整理する。だが、答えは一向に出ない。何が起きてるんだ!?


檜原ひのはらさんでしたっけ?見て、わかりましたよね?だいたいあなた、女性の部屋に勝手に入るって、おかしいでしょう?これって、犯罪ですよ。でも、もしも、ご自分の部屋と間違ったと言うのであれば、今回だけは大目に見ます。だから、早く帰ってください」

「いや、まだ納得できない。何かおかしい!絶対にここは僕の部屋なんだ…」


 そうは言ったものの、部屋の中を見る限り確かに僕の部屋ではないみたいだ。あー、もう、どうなってるんだ。もしかして、僕の方が夢を見ているのかもしれない…。


 今度は僕が思いっきり自分の頬を摘まむ。


「痛ってー!!」


 大声が出るくらい、思いっきり摘まんだのに、事態は何も変わってない。僕は、ただただあっけにとられて立ち尽くしてしまった。


 その時、彼女のトートバックから、『ルルルルル』という音が聞こえてきた。

 彼女は、中からストレート型の太くて黒い物体を取り出すと、ミドリ色のスイッチを押して、耳に当てた。


「あっ、隆君。うん。ごめん。そうそう。うん。大丈夫、大丈夫。うん。分かった。明日ね。うん。ばいばい」


 もしかして、あれって携帯か?なんだあの太さは…。しかもアンテナを立てないと聞こえないみたいだし。こういうのテレビで一度見たことがあったっけどとても不便そうだな。にしても、この子、結構可愛いのになんでこんな古い携帯を使ってるんだろう?ガラ携でももっとオシャレなものがあるだろうに…。


 本当に、どうなってんだ!?

 あっ、今何時だ!?奏子かなでことの待ち合わせに遅れるかもしれない。僕は、連絡をしようとズボンのポケットからスマホを取り出した。


 すると、彼女が驚いた顔で僕の手の中にあるスマホを見つめていることに気づいた。僕は「何か?」と声を出す。


「それ、それ、なんですか!?」


 えっ!?彼女は未だにガラケーを使っているんだよな!?もしかして、スマホのこと知らない!?って…、まさか…!?


 僕は、「あー、これ、スマホじゃんか。今や小学生から八十を過ぎる老人までこれを使ってるから。君も、知ってるでしょ!?」


「うそっ。私知らない…。小学生も使ってるって?嘘でしょう?どれだけ金持ちの子供なのよ。基本料金と通信代だけで、毎月三万円はかかるのに…」


 彼女は、何故がプンプンしている。ん?携帯って月に三万もかかったっけ?


「あっ、わかった。それって、前に話題になったSF小説に書かれていた未来の電話でしょ!?何?もしかして、自分で作ったの?そして、使ってるふりをしているとか?貴方、ちょっとおかしい人なんでしょ?それとも、もしかして何かの研究機関の人とか?あー、もう、どっちでもいいけど早く私の部屋から出て行ってよ」


 どうも話が合わない。

 そこで、僕はパチンと指を鳴らすと、「ねぇ。少しだけ時間が欲しいんだけど。一旦落ち着いて状況整理しない!?」と彼女に提案した。




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