看病してくれる隣人ありがたすぎます

 ──ピンポン、とチャイムの音。


(あなたは布団の中でその音を聞く。宅急便だろうか。起き上がれる気がしない)


 ──ピンポン、とまたチャイムの音。

 ──遠慮がちに戸をたたく音。


「ええと、あたし、となりの、です。具合の悪いところごめんね。様子を見に来たよ」


* * *


「あっ、気を遣わないで。寝てていいよ。顔色わるいし、ほんとにすごくつらそうだね。来てみてよかった」


 ──ビニール袋がガサガサとする音。


「ええとね、これがスポーツドリンク。これが冷えピタ。あと喉が痛いって言ってたからトローチと、ゼリー飲料と、アイスと、プリン。食べるのがつらいかなと思って……好きなのから食べてね」


「え? 泣きそう? わは、いいよー、泣いちゃって。体調わるいと、なんか心細くなるもんね?」


(彼女の手が額に冷えピタを貼り、ついでのように前髪をなでていく)


「よーしよし。よーしよし。君ったら、うつすのが心配だからしばらく行きません、ってそれだけしか送ってこないんだもん。でも昨日から、ぜんぜん生活音もしないしさ……こういうときは、素直に頼っていいんだよ?」


「あっ、べつに、そんな毎日、聞き耳たててるわけじゃないからねっ? 単に、昨日は気にかけてただけ、っていうか……」


 ──携帯の振動する音。


(ポケットをから取り出した携帯を見て、彼女の表情が曇る)


「あ、ううん。なんでもないよ」


「それより食欲、ある? え、昨日から何も食べてない? それは治るものも治らないよ、って動けなかったんだもん、しょうがないか。んー。もしよかったら、りんごすりおろして、ハチミツかけたやつとか、どうかな? すりおろし器、持ってる?」


(あなたはあいまいな記憶をたぐり、しまってある場所を彼女に教える)


 ──戸棚を開ける音。


「……ないよ?」


「うわっ、なんか茶色い、干からびたものが……ゴボウ? ちがう、ニンジンだ」


 ──ゴソゴソと中を探る音。


「そしてこのカピカピしたものが入っている容器は……? 味噌? はっ、しょうゆの水分が蒸発して塩の結晶だけ残ってる! 置いとくとこんなふうになるんだ!?」


「とりあえずアイスとプリンをしまうね。冷蔵庫の中身はきれいなんだ。きれいすぎるっていうか、見事にからっぽだけど……」


「うーん。何かを努力したのはわかる。腐ってるものがないのはよかったけど……あ、そういうものは捨てたんだね。乾燥してる系だけそのまんま残っていると」


(結局、彼女は自分の部屋で調理してから、再度あなたの部屋を訪ねる)

(自室が使えたからなのか、すりおろしりんごだけでなく、おかゆもふるまってくれる)


「おいしい? わは、また泣きそう? いいよー泣きむせびながら食べても」


 ──また携帯の振動する音。


「あー……うん。見なくていい、かな」


「実は、海に行ったときに知り合った人なんだけど、ちょっと……あんまり人のこと悪く言いたくないんだけど、しつこい、んだよね」


「え?」


「うん……男性、だよ」


(彼女は気まずそうに答える。あなたは、つとめて気にしていないふうを装う)

(気を取りなおして、おかゆを食べる)

(一日何も口にしていなかった身体に、あたたかさが染みわたる)


 ──コト、と食器を置く音。


(あなたは今食べたおかゆを絶賛しようとして、激しくせき込む)


「わーだいじょうぶっ? いいんだよ喋らなくて! ゆっくり寝て!」


(彼女が背中をさすってくれる)

(せきがおさまったあなたは、風邪のときに看病しにきてくれる隣人のすばらしさ、心根のよさについて力説する)


「うんうん、わかった、わかりました。とりあえず寝よう? あ、その前にはちみつリンゴ食べられる?」


(あなたは不意にたまらなくなる)

(風邪で弱っているせいかもしれない。あるいは、彼女のそばに男の影を見たせいかもしれない)

(これまで感じていた歯がゆさ、もどかしさが風邪のつらさと混じって、苛立ちに変わってしまう)

(彼女は自分を心配してくれているというのに)


(「どうして、ちゃんと褒められてくれないんですか?」)


「……え?」


「なんか怒ってる、の……?」


「ごめん。きっとあたしが悪いんだよね……?」


「言いたいことはそうじゃない、の?」


(あなたは感情をおさえながら、自分の気持ちを伝える)

(彼女が、自分のことをけなすのが、つらいのだと)


「うん……うん……」


「そっか……」


「いつもね、いっぱい褒めてくれるって思ってたけど、君はそういうふうに感じてたんだ」


「ありがと、ね。でも気を遣わなくていいよ。それ、やっぱり買いかぶりじゃないかなって思うし、ちょっとどうしたらいいかもね、わかんなくなっちゃうからね」


(あなたは、ここにきても何も伝わらないことにショックを受ける)

(うつむきながら話す彼女は、あなたの失望に気づいていない様子だ)


「あたしはさ、もう君から見たらすっかり年増だし、それなのに要領わるいし、器量だってよくないし、とりえといったら料理くらいで……ほんとに、誰かに気にかけてもらえるような人間じゃないよ」


「……ね?」


(同意を求める、気弱な笑み)

(あなたは布団にもぐりこみ、彼女に背を向ける。もう休むのだ、と言いたげに)


「あ……」


「そうだよね。疲れちゃうよね。じゃあ、あたしも失礼します。押しかけちゃってごめんなさい。早く、元気になるといいね」


 ──遠ざかっていく足音。


「あの……おかゆのお皿は元気になってからでいいから……」


「それじゃ、ね」


 ──パタン、と静かにドアが閉まる音。


(あなたは苦い後悔を噛みしめながら、布団を顔まで引っぱりあげる)


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喧嘩しちゃいましたが、最終的にはハッピーに終わります!

最終更新は明日8/31の21時です!

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