水着姿が最高です
(夜。隣室では部屋の整理でもしているのか、壁越しに荷物を移動させるようなゴソゴソという気配がしている)
──突如、大量の物が崩れ落ちる音。
──ドスン、と重いものが落ちる音。
(あなたは書きかけのレポートを放り出し、隣の部屋のドアを叩く。なにしろボロいアパートなので、数日前から、彼女の部屋のチャイムは鳴らなくなっている)
(しばらく待つが、返事はない)
──いてて、と、部屋の中で小さな声。
(あなたはためらいながらもノブを握る。鍵はかかっていない)
(開ける)
(今日も夕食をともにした部屋だが、様相は一変していた)
(ダンボールや服や雑多なものが畳にあふれ、彼女はその中心でしりもちをついている。全開の押し入れから察するに、中を整理していたらしい)
「……あー。ごめんね。奥のもの取ろうとしたら、崩れてきちゃって……ちゃんと順番にどかせばよかった。ほんと要領わるいなぁ。ごめん、うるさくして。勉強の邪魔だった?」
「そう? よかった。わは、でも、この時間にちゃんと勉強しているのってえらいかも。あたし、遊んでばっかりだったもん。勉強なんてテストの前くらいで。テスト終わったばっかりなのに、まじめだねぇ。えらい、えらい」
「なんてね。お茶くらい飲んでく? 心配して来てくれたんだもんね。あっでも勉強の邪魔になるなら……そっか、なら、よかった」
「よいしょっと……わは、立ち上がるに声が出ちゃうの、もうおばさんだね、……ってぇ!?」
(彼女がぎょっとしたように動きを止める。視線は、あなたの足元に釘付けになっている)
(あなたは不思議に思い、自分の足元を見る。何やら紺色の布を踏みつけている)
「あ、あ、あの……ごめんそれ、こっちにくれる……かな?」
「あっ! あっ、あー……あんま見ないでくれると、ありがたいんだけど」
(あなたはなるべく細部を目にしないように布を拾い上げる)
(が、拾い上げたひょうしに、彼女の苗字が書かれた白いネームラベルが目に入ってしまう)
「な、何かわかった?」
(あなたはこっくりと頷く)
「実はその……友だちに海に行こうって誘われてて、その、水着を探してたんだよね。ほんとう久しぶりだから、その、高校のときに着てたのしかなくって……あ、あのそれ、もうこっちにもらってもいいかなっ?」
「──ふぅ。なつかし……でも、さすがにもう着られないよね。あたしも、おばさんになったもん」
「いやいや、ほんとに。あたしの水着姿なんかさ、人に見せらんないよー。海に行くっていうの、早まったかなぁ。泳がないで砂浜で遊んでようかな?」
(あなたは失礼にならない程度に、彼女の全身を眺める)
(プロポーションは、非常によい。ゆるい部屋着に身をつつんでいてさえ、胸がかたちよく盛り上がっているのがわかる)
(あなたはチャンスを逃さないで褒めようとする)
「またまたー。君は服を着てるとこしか見たことないから、いいかんじに脳内補正してくれてるんだね。もうねぇ、見えないところが、にくにくのぽちゃぽちゃなんだよ?」
「ちゃんと鏡を見たほうがいい、って? いや、鏡くらい見てるよ? 直視に耐えないっ! って思いながら、毎日風呂あがりにちゃあんと見てますよ~」
(また彼女の自虐がはじまってしまったので、あなたはいつもの歯がゆさを味わう)
(そのせいで、つい言ってしまう)
(「じゃあ、見せてみてくださいよ」)
「えっ?」
「君が、見る……の? あたしのスク水姿を?」
「いや、ほんとにほんとに、見る価値とかないよっ?」
(あなたは少し意地になっているのを自覚しながらも、引き下がれずにたたみかける)
「見たい、って……ええ、恥ずかしい、よ……それに、ゲンメツとか、されたらやだし」
「だいたいこれ、高校のときのだしさ……」
「…………」
「……わかった。もう、わかった! 着るから、ちょっと待ってて!」
(彼女は立ち上がってトイレへと移動する)
──沈黙。
(少し強引すぎただろうか、とあなたは反省をまじえて考える。日頃のもどかしさがつい出てきてしまった)
(だが、しだいに冷静ではいられなくなる──トイレの戸がうすいせいで、中から音が漏れ出てくる)
──服を脱いでいるらしき布の擦れる音。
──ぱちんとゴムが弾けるような音。
「ん……きつ……」
──窮屈な服に体をねじこもうとしているせいか、鼻から抜ける細い息づかいが聞こえてくる。
──しばらくして、ドアの開く音。足音。
「終わった、よ」
(あなたは緊張しながら彼女のほうへ向きなおる)
「どう……かな?」
(あなたはしばらく、何も言えないでいる)
「ああ、いいよ、やっぱり何も言わなくていいよ。ごめんね、困るよね、こんなもの見せられても! いやー何か、痛々しいところを見せちゃったなぁ。やっぱさ、これはさすがに年齢制限に引っかかるでしょ。ワイセツブツのチンレツってやつ!」
「いろんなところが悪い意味で成長しちゃったな! お尻も腋も、いやー水着がこんなに食い込んじゃってまぁ、おデブさんだなって」
(放っておくと、とめどなく自虐していそうな彼女を止めようとして、しかしあなたは一言しか口にできない)
「──え?」
──沈黙。
(彼女の頬が、紅潮する)
「え?」
「そんなの……」
「あ、いや、お世辞っていうか、思いやりっていうかなのは、わかってるんだけど。そんなの、言われると、」
「なんか、恥ずかしい、よ……」
──また、沈黙。
「いつもの、たっくさん褒められるのと違って、なんか調子くるう……」
「でも、ありがと……」
* * *
(後日。あなたの携帯に、彼女からのメッセージと、一枚の写真が届く)
「さすがにこの間の水着では人前に出られないので、新しいのを買ったよ。とはいえ、やっぱり恥ずかしくて、ずっとラッシュガードを上に着てたんだけど……でも、」
「……君にだけは見せておこうかと、思って」
(添付された写真は、ラッシュガードの前を開いて、水着姿を撮影したもの。パラソルや砂浜が背景に映っているので、海水浴の合間に撮ったのだろう)
「ほら、あの。この間、けっこううれしいことを言ってもらったから、お礼、かな」
「ヘンな意味じゃなくてね! あと、余計なことかもだけど……女のひとは、信頼してる人とかにしか、水着の写真を送ったりしないからね」
「って、何言ってるんだろうね(汗マークの絵文字) おみやげ持って帰るから、楽しみにしててね! じゃあまた、ごはんを食べに来て!」
(あなたは自分の口角が上がっていることに気づく。彼女もようやく、自分の魅力をわかりつつあるのだろうか)
(ふとあなたは、彼女の背後に男性のものらしき素足が映りこんでいるのを見つける)
(海水浴に行った友人の中には、男性もいたのだろうか。彼女の交友関係について、あなたは詳しくない)
(そして口を出すことでもない。今はともかく、うれしさを噛みしめるあなただった)
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なんか若干不穏さありますね。
続きは明日8/30の18時に投稿されます!
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