肩もみの腕が名人級です
──ゴトン、と大皿を卓に置く音。
──す、っと息を吸う音。
「はい、それでは、テスト期間の無事の終了を祝って──かんぱーい!」
──グラスのぶつかりあう音。
「え? おおげさ? いやいやー、ぜひ祝わせてよ。テスト期間とか、夏休みとか、社会人になると眩しいものなんだよ? ああ、なんて眩しい、青春のかがやき。しがない事務職のおばさんには目を開けていられないよ」
「ちなみに夏休みは帰省するの?」
「……そう、なんだ。わは、ちょっとそれはうれしいかも。じゃあ、これからも毎日、お夕飯たべにきて。遠慮せず。ね」
──しばらく、お互いに食事をする音。
「君は、お酒は強いほう? ふつう? ふつうかぁ。そういう人ほど、けっこういけるという法則あるよねぇ。いや、あたしは、人並みかな。職場の飲み会とかでも、そんな困らないくらい。いやいや、ほんとに。自分で信憑性を下げてしまったけど、ふつうです。おもしろくない答えでごめんね?」
「今、酔ってるか?」
「……どうかな? ちょっと、気持ちふわふわするくらいかな? 君から見て、どう?」
「わはっ。いや、あたしが訊いたのは酔ってるかどうかだよ? どうして、かわいい、になるのかなー?」
(あなたは持てる語彙のすべてを駆使して、今の、ほろ酔いに見える彼女のかわいさを力説する)
──ぱちぱち、と拍手の音。
「いつ聞いてもすごいね。よくそんな誉め言葉がたっくさん出てくるねぇ。おばさん、感心しちゃうよ。いやぁ、最近の若い子はすごいなぁ」
(今日も伝わらない、というもどかしさに肩を落とすあなた)
(この間の三か月記念日以降、折りにふれて彼女のことを褒め殺そうとするものの、どうも言葉どおりに受け止めてもらえない)
(かといって、一言や二言でも軽くスルーされてしまうので、悩みは深い)
「あ、ねぇ。もしかして肩、こってるんじゃない? テスト勉強いっぱいしたんでしょ? 肩もみ、してあげようか」
──膝が畳を擦る音。
(酒と、何かわからない、ほんのりとした甘い香りが鼻腔をくすぐる)
「あたし流だから気持ちいいかわかんないけど……まずは、こうやって、肩全体をやさしくさすってあたためて──」
「相手がリラックスしてきたら、もみはじめまーす。まずは、鎖骨と肩甲骨の間を、肩のはしっこのほうから親指でゆっくり指圧して……力加減はいかがですかー?」
「ふふっ、よかった。それで、首周りをもみもみっとして──」
「あとは背中のほうに下がって、肩甲骨のまわりっと。で、最後にツボ押しね」
「髪の生え際のくぼんでるとこと……首の骨の両側のキワと……首のつけ根の背中側のところを……それぞれをぎゅ~~~~~っと」
「はい、お粗末さまでしたっと」
「じょうずかな? まぁね、肩こりは事務職の宿命みたいなものだし、何よりおばさんだからね。いろいろ研究しているのです」
「えっ?」
「あっ、自分がやってほしくてやったわけじゃないから、気を遣わなくていいよ、ぜんぜん」
「んー、そう……? じゃあ、お言葉に甘えちゃおう、かな?」
(彼女が少し恥ずかしそうにしているので、あなたは出すぎた申し出をしたのかと心配になる。やはり自分がやるのと、誰かにしてもらうのでは違うだろうか)
(しかし、今更やめるとも言いだしがたい)
──二人分の膝が畳を擦る音。
(妙な空気になってしまい、お互い姿勢を整えるのにしばし時間を要する)
(あなたは彼女がやってくれた手順をなぞって、ぎこちなく肩もみをはじめる)
「わは……なんか、照れるね。もうさ、大人になると、誰かに肩をさすってもらうとかも、なかなかないから……」
「あっ、いやなわけじゃ、ないよ? うん、続けて……?」
「ん……っ」
「……へいき。どっちかっていうと、ちょっと強めくらいがありがたいかな。もう、いつも肩ガッチガチだからね」
「ん、んん……」
「んひゃっ」
「ああ、いいの、あやまらないで。そこはくすぐったいから、別のところがいいな」
「ん……」
「え、がまん? してないよ~」
「……うそ、してる。ごめん、そこ、くすぐったい!」
(あなたは、ほんの出来心で、彼女の首筋をこしょこしょとくすぐってみる)
「わぁっ、ちょ、くすぐったいって! やめてやめて、もう~。やめてくれないなら──こうだ!」
(彼女は振り返り、あなたの脇腹をくすぐりはじめる)
──どたん、ばたん、二人が暴れる音。
──それはしばらく続く。
──音はやみ、荒い呼吸音だけになる。
「あ~~~~、はっははは、あ~~~~、すごい、めちゃくちゃ笑った……何これ、もう」
「あーでも、いい運動になったっていうか、肩こりが解消したかも? はぁ、もう、こんな笑ったのひさしぶりだよ」
(彼女は笑いすぎて目尻に残った涙をぬぐう)
(あなたはすかさず、彼女とすごす時間がいかに楽しいかを、滔々と説明する)
「どういたしまして? どういたしましてって……ごめんね、うれしいんだけどね、なんかもう今、何もかもおっかしくて……」
(何かが笑いのツボに入ってしまったらしく笑い転げる彼女をしりめに、今度は肩こりの手際がとてもよかったことを絶賛する)
「そ、それはよかった、わはは、ああ、こ、今度またやってあげるね」
(あなたはなかばヤケクソになりながら、テストの終わりを盛大に祝ってもらってうれしかった旨、料理がいつも以上においしかった旨をまくしたてる)
「んっふふ、いやいや、こちらこそ、おいしそうに食べてくれて、いひ、ありがとうだよ~」
(残念ながら笑いの波はいまだ去らないようだ)
(あなたは今夜もまた、今しがたもんでもらって軽くなった肩をがっくりと落とすのだった)
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お読みいただきありがとうございます!
昼も夜もスマホやってて肩こりやばい勢です。整体とか行きて〜鍼もけっこう効くらしいですね。
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