隣に住んでるめっちゃかわいいおねーさんがネガすぎるので褒め殺そうとするのに相手にしてもらえません

乱数 カナ(らんすう・かな)

こんな美味しい肉じゃがはじめて食べました

 ──何かがクツクツと煮える音。

 ──鍋の蓋を開け閉めする音。

 ──コンロの火を止める音。

 ──食器と箸のぶつかる音。

 ──畳の上を移動する、軽い足音。


「はいっ、おまたせ!」


 ──皿がちゃぶ台に置かれる音。


(ちゃぶ台の前で待っていたあなたは、料理を見て大きく歓声をあげる)


「わは、肉じゃが好きなの? よかった。他にも料理あるから、持ってくるね」


 ──また、軽い足音。

 ──食器のぶつかりあう音、のち、足音。


(築三十年のワンルーム、安普請のアパートの畳は、彼女が移動する振動をわずかに伝えてくる)


「はい、おまちどおさま。じゃあ、食べよっか」


「君の食べっぷり、すごくいいから、あたしまでうれしくなっちゃうな。ほら、あたし、料理くらいしかとりえがないからさ」


「そんなことあるよー。まぁ料理だって、ただの家庭料理だけどね。君くらいだよ? ふつうの肉じゃがをこんなにおいしそうに食べてくれるのって」


「ええ? モテないよぉ。ほんとに、ほんと。世の中には、料理もできて、しかもかわいい子がたっくさんいるんだから。あたしは万年モテない、しがない事務職のおばさんですよ?」


「二十五歳はおばさんじゃないって? たしかに世間的にはそうかもしれないけど、学生の君から見たら、もうおばさんじゃない?」


「あっ、前も言ったけど、お金とか気を遣わないでね! 学生からお金とるなんて、ごうつくなことできないよ。夕食はさ、あたしが楽しくてやらせてもらってるみたいなもんだから。社会人になるとね、それまで仲良くしてた友人となんとなーくタイミングが合わなくなって、さみしい思いをするものなの」


(あなたはありがたい気持ちで、食事をとりつづける。一方で、彼女がいつも自分を下げる言い方をするのが気にかかっている)

(学生のあなたから見ても、おばさんと卑下するような出で立ちではない。というか、めちゃくちゃかわいい)

(料理は常においしい。それだけでなく、あなたへの気遣いにあふれている。会話も弾み、一緒にいて楽しい)

(だからこそ、彼女が自虐すると、もどかしい気持ちになる)


「まぁ、でも──ふしぎだよね。合縁奇縁というか。最初はただのおとなりさんだったのに、一緒にごはんを食べてるの、なんかふしぎじゃない? 知り合ったきっかけは、そう、あたしが、廊下でびしょびしょになってて、声かけてくれたんだよね」


「ん? そりゃまぁ、びっくりするよね、自分の部屋を出たところに、いきなりずぶぬれの人がいたら。あのときは洗濯機のホースが外れてうまくくっつけられなくて、困ってたら、君が助けてくれて……あたしのほうがいい大人なのに、ほんと、何やってもダメでやんなっちゃう」


「もっとちゃんとしたところに住んだところがいい? たしかに、いまどき洗濯機が外置きの物件なんてやめたほうがいいって、友達にも言われたよ。でも、お給料的にはここが分相応だし、ほら、あたしもさ、おしゃれなアパートに住んでるって柄でもないじゃない?」


「というか、あたしいなくなっちゃっても、さみしかったりはしない……?」


「あー今のなし、今のなし! 学生だもん、楽しいこといっぱいあるよね。ちなみに、カノジョ、はいるの? ……いないのか。そか。そっか~」


「ともかく、あたしはここの生活が性にあってるから。それに」


 ──ふふっ、とこぼれる笑い声。


「それに、おっかしいこともあるし。……あのね、いくらめんどくさくても、洗濯機の前で服脱いでパンツ一丁になるの、やめたほうがいいよ? アパートの廊下っていっても、屋外だからね? 変質者かと思ったら、君なんだもん。あのときの君ったら、もう、すっごい慌てぶりで……」


 ──くっく、としばらく笑い声が続く。


「あ、あのね……ちょっと待ってて」


 ──畳を移動する足音。少し早足。

 ──冷蔵庫の開け閉め音。

 ──その後で足音が戻ってくる。


「じゃ、じゃーん。君と会ったの、三か月前の今日だから……その、記念日、っていうか」


(なぜだか彼女は急に慌てはじめる)


「お、おおげさだったかなっ? ケーキとか用意しちゃって……あ、急に恥ずかしくなってきた……やたら記念日を祝いたがる女って、どう……? イタイ、かな?」


「……ほんと?」


「ほんとに、ほんと?」


「……よかった。こんなおとなりさんだけど、これからもよろしくお願いします」


(神妙に頭を下げる彼女にあわせて、あなたも頭を下げる)

(頭を上げると、目が合う)


「ふふっ」


(彼女の小さな笑みに背中を押され、あなたは普段から思っていたこと──彼女がいかにすばらしい人間か、を伝えようとする)

(まずは、おばさんなんてとんでもないというところから)


「ふぇっ? とつぜん、どうしたの? かわいい、なんて言われるの、ちっちゃい子どものころ以来な気がするよ。お世辞でもうれしいな。ありがと」


(あまり伝わっていないことに落胆するが、気を取りなおし、料理の腕について褒める。伝われという気合をこめて、語彙のかぎりを尽くす)


「……おお、こんなに肉じゃがについて熱く語る人に、はじめて会ったよ。そんなに好きだとは思わなかった。また作るね。なんだったら、余ってるやつ持って帰る? 朝ごはんとかに食べたらいいよ」


(誉め言葉のつもりが、肉じゃががありえないくらい好きな人に誤解されてしまった)

(伝われ! という願いをこめて、記念日にケーキを用意してくれるなど、気遣いのこまやかさや気立てのよさを力説する。要領がわるいというのも、彼女が言っているだけで、ふつうだと思う)


「そっかそっかぁ~。ケーキも喜んでもらえてよかった。やっぱ、ちょっとイタいおばさんかなっていうのが心配だったからね。安心したぁ。あ、食べよっか。これね、ちょっと前にできたお店なんだけど、けっこういけるんだよ。仕事で疲れたときに買ってくるんだ。こうやって自分に甘いから、どんどん太っちゃうんだけどね」


(撃沈。やはり伝わっていない)

(あなたはかろうじて、太ってないです、とフォローする)

(ケーキは彼女の言うとおり、とてもおいしい。あなたは味わいながら、必ず彼女に彼女のすばらしさを伝えよう、と決意するのだった)


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お読みいただきありがとうございます!

あんま関係ないですが、25歳の人が「アラサーなんでw」って言うと、27〜29歳くらいのほんとに気にしてる人がピリッとしちゃうんで気をつけましょうね笑

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