第4話 の ろ い

雪の母親と歩き出す。


 今日はここにきて良かったという満足感とこれから前に進まなければならないという少しの不安。それらを抱えていたが、足取りは軽かった。


 雪のお母さんの話は本当にその通りだと思った。もしかしたら俺は一方的に雪に依存していたのかもしれない。雪を免罪符市にて進むことから逃げていただけなのかもしれない。


「ほんと情けないよな。」


 誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 

 前に進もう。雪のことを忘れることは一生無理かもしれない。だからこそ雪と一緒に前に進むことが正解なのだ。俺は力強い一歩を踏み出し


「え?」

 

 声を上げた。つい先ほどまでいた雪のお母さんの姿が消えたのだ。いたはずだ。今この瞬間まで。


そして雪のお母さんがいた場所にあったのは





 のろい





看板だった。木でできた看板が目の前にあり、道を通せんぼしている。

意味が分からない。状況が把握できない。周囲を観察する。今までいた場所のはずが今ではまったく違う場所にいるような感覚。音がない。匂いもない。まさに風景があるだけの無の空間に迷い込んだような気持ちになる。


「どういうことだ。なんで、、、」

 

 驚きと同時に吸い込まれるように看板の文字が目に入った。「のろい」から始まる文だ。


「のろい

 これはのろいである。

 あなたは選ばれた。

 後悔の時への遡りに。

 石山明の後悔の時である白崎雪の死の1カ月前の時間へと。

 白崎雪の死から1日後までがあなたに与えられた時間。

 救おうとするもよし、見放すもよし、全く別の人生を歩むもよし。

 のろいを拒否する場合はそのまま進め。

 のろいを受けるならば目を閉じよ。

 のろいがあなたに表れるのはこれが最初で最後。

 よく考えて選べ。

 人生は大きく変わる。」


「なんだよ、これ。」

 

 急な現象にも関わらず看板の内容は驚くほど脳に刻まれる。

 不思議と思考が冴えている感覚がある。これほどのおかしな現象が起きたにもかかわらず脳は麻痺することなく正常に動き続ける。

 そして自分が選択を迫られていることも理解ができてしまう。不思議では済まされない。すでに看板の内容を信じてどうすればいいか考えている。



「どうして、、、今なんだ。」


 嘆かずにはいられない。なぜ昨日でもなく、明日でもなく今日なのだ。


「それはさすがに残酷だろ。」


 雪への感情はこれから整理して前に進むはずだった。これ以上雪に心配はかけられないからと。しかし、目の前の看板には雪を救うことができる内容が記されている。理解には苦しむが内容通りもうチャンスはないのだろう。


「雪のお母さんはどう思うだろうな。さっきあんな言葉をかけてくれたのに。けっきょく俺は過去にとらわれているみたいだ。」


 だが俺の頭には想像を絶する安直な考えが浮かぶ。


 けど、雪を助けることができたら雪のお母さんも悲しむことなくまた家族で暮らしていける。俺は今チャンスを得た。ここで選ばないでどうする。




俺は目を閉じた。


 


眼を閉じた石山明はのろいを受けた。頭が冴えていると感じていたがそれは真実だろうか。そもそものろいとはなんだ。だれが何のために。目的は。こんなことがあり得るのか。

これらを考えることはなかった。それはのろいの影響か。もしかするとそもそも明の答えは初めから決まっていたのではないか?


明はそれが恩恵のように、神が与えた奇跡のように感じていた。


文は「のろい」から始まった。





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