二節

それからの皆は、就業時間に区切りがないほど意気込んだ。正木は早朝から出勤し、課員たちも始業時間前から業務に就いていた。それこそ毎日が残業で深夜に及ぶ。時には午前零時を回ることもしばしばあった。

それほど業務に入れ込んでいたのだ。

「思いは一つ。わが課の存在を、全社員に知らしめること」この文言が共通認識となっていた。

その熱意が功を奏したのか、発表する予報は尽く当たった。外れても大幅な狂いはなく、ごく微細な違いであった。例えば、時々曇りの予測が綿雲が一時的に太陽を隠す程度であり、これなら外れたことにはならず当てにする人たちからみれば許容範囲であった。

さすがの部長も、言いがかりをつけあぐねる。これであれば、反省会を開いたところで、ご苦労様のひと言で終わる。だが、田口は必ず嫌みを言った。課員にしてみれば、そんな部長に面白くない。正木とて同様だ。労いの一言があれば、やる気も増すがそうしなかった。重箱の隅をほじくったのである。

そんな中、正木は時々課員たちを居酒屋に誘い、初心貫徹出来るようガス抜きを図っていた。

酔いに任せて、吉田が鬱積を晴らす。

「なんのために俺らは早朝から深夜まで、仕事をやっていると思ってんだ。自慢じゃないが、成果を見て貰いたいね。それを部長は難癖つけるばかりで、褒め言葉の一つもない。俺らの業務は、そこいらのバラエティー番組と違い厳しい自然を相手にしているんだ。まだまだ未知の世界を解析し、気象予測を行う高度な仕事だ。それも外さずやり遂げている。それこそ、褒美の一つでも貰いたいもんだぜ。それをなんだかんだと、いちゃもんばかりつけやがってよ」憤りを抑えられずぶちまけた。

「そうよ、私だってそう思うわ。部長ったら課長にばかり責任を押し付けて、外れのない予報結果を、自分の手柄のように局長に報告しているんだから。言いたかないけど、部長なんかなんの役にも立っていないわ。だいたい今の成果は、課長の強力な指導による私たち全員の成果よ。それをさも自分が指導しているかのように言い触らしてさ」酔い回ったのか森下が管を巻くと、正木が宥める。

「まあまあ、森下さん。君たちが一生懸命データと格闘し、立ててくれるおかげで成果が出ているんだ。本当に有り難いと思っている。だから、こうして飲んで貰っている。今日は遠慮なくやってくれ。君らに負担はかけない。支払いは俺がする」

すると、目を吊り上げていた吉田が急に顔を崩す。

「ええっ、本当ですか。課長が奢ってくれるんですか?」

「ああ、任せておけ」

「それは有り難い。金欠病で苦しんでいたんですよ。大いに助かります」

「そうか、それじゃ足が立たぬまで飲んでも構わんぞ。但し、あとのことは知らんからな。誰かに面倒を見て貰えよ」からかうと、森下が吉田に注意する。

「吉田君、調子に乗っちゃ駄目よ。いくら課長の奢りでも、羽目を外してどうするの! そりゃ課長は、私たちよりお給料が多いと思うけど、毎回こうして奢って貰っているの。課長だって金欠病になっているわ。わかった?」

「ううん、そうだよな。調子に乗り過ぎた。課長、すみません」

吉田が頭を下げた。

「いやいや、心配するな。なんとかなるから。さあ、どんどんやってくれ!」

「課長、無理しないで下さい。そうだ、今夜は割り勘にしませんか。たまにはそうしないと氣が引けてしまうわ」

横山が赤い顔で提案した。

「なにを言う、いつも迷惑をかけている。俺にもう少し力があれば、こんな惨めな思いをさせないのに申し訳ない。俺もまだ頑張りが足らん、これからも皆の協力が必要だ。それなくして、この仕事は続けられないからな」

正木が謙虚に詫びた。

「いいや、そんなことありません。悪いのは田口部長だ。手前のことしか考えない不届き者だ。この際、俺が懲らしめてやる」

酔いに任せ、吉田が豪語した。

「まあまあ、そう憤るな。俺だって気持ちは同じだ。ただ、手を出すのは簡単だが、それは絶対に許されぬこと。じっと耐えなきゃならん。その代わり、仕事で見返そうじゃないか。そうすれば、局長だってわかって下さる。

それと、我らが予測する予報が正確性を増せば、その恩恵を受ける視聴者が感謝の意を表わしてくれる。それが一番大切なんだ。これを忘れてはいけないし、理解せねばやってられないだろ」

正木が明確に諭した。

「そうですよね、おっしゃる通りだわ。課長は主張すべきは主張し、自分の意見を述べているけれど、部長が局長にいい格好ばかりしているんだから。本来そうじゃなくて、課長や私たちの成果を伝えなければいけない立場でしょ。まったくあの禿げ親父、早くくたばればいいのよ」

森下が興奮気味に貶すと、横山までもが同調する。

「そうですよ、局長に胡麻ばかり擦って、私たちのことなんか、ただの歯車としか考えていないのよ」

すると、吉田が調子に乗り啖呵を切る。

「課長、今度因縁つけて来たらとことん反撃し、ぎゃふんと言わせましょうよ、まったく。それじゃなければ、胸のもやつきが治まらねえや!」

「そうだな、けれどよく考えてみろ。生半可な喧嘩じゃ弾き返されるぞ。立場が立場だ。伊達に部長まで上り詰めたわけじゃあるまい。それなりに力があり、場数を踏んでいる。巧みに反撃され引導を渡されかねない。だからといって、このまま泣き寝入りしたくはないな」と正木が返した。

皆は口を閉じ、酔い目を皿のようにして聞いていた。さらに続ける。

「それじゃ、どう対抗するかだ。それには論理的根拠がいる。ただの説明だけでは、打ち負かすことなど出来まい。いろんな角度から理論武装し、説明していかねばならなん。それ故、予測根拠をあらゆるデータから導き出して行くべきだ」

つい正木も、彼らが望む方向へと舵を切っていた。愚痴っぽくなった課員たちは、酔っているにも係わらず真剣に聞き及ぶ。一つの方向に導くことで、溜まった不満のガス抜きを図る。深夜まで飲んだが、翌朝始業時間に遅れる者はいなかった。

正木は気象予測に没頭することで、一時的にせよクロのことを忘れた。ちんけな感傷など持っていては成功裏に導けないことを、自身一番よく知っていたからだ。とにかく課員たちと心ひとつに邁進した。

それから一ヶ月が経ち、正木の部屋にある巣箱も部屋の隅に追いやられていた。その間夏美との愛の確認も、スマートホンによることが多くなり、忙しくしているせいか、たまに社内ですれ違っても目と目で確認し合うだけだった。またクロがいた頃は、もっぱらクロの話が中心だったが、最近はほとんど話題に上らなくなった。

深夜、スマートホンで会話する。

「そう言えば、最近クロの話をしなくなったな」

「そうね、昔は盛り上がったけれど、今じゃほとんどないものね。なんだか寂びしいわ」

「確かにあの頃のように夢中で話すこともないからな」

「そうよ、ところで今頃クロはなにをしているかな。多分、両親と仲良く暮らしているんでしょうね」

「そうだな、奴のねぐらは確か井の頭公園か、それより先の昭和記念公園だと思うんだ」

「それって、よくわかるわね。それだったら、行けば会えるんじゃない?」

「ただな、そう思うだけで確証がない。拾ったところから推測しただけだから。もしかしたら意外と、もっと遠くの高尾山辺りかもしれんぞ」

「高尾山じゃ広くて捜せないわね」

「まあな、でも機会があれば、久しぶりに会いに行ってみないか?」

「なに言っているのよ。会いに行くって、井の頭公園や昭和記念公園なら捜せるけれど。でも、どうやって捜すの?」

「そりゃ俺にもわからん。だから行き当たりばったりで、クロの名前を呼ぶくらいかな」

「そんなの他の人が見ていたら、恥ずかしくて出来ないわ」

「確かに、それは言えるな」

「それじゃ、どうするのさ」

「そうだな。どうすればいいか、やり方を考えてみるか。公園で大声を張り上げでいたら不審者にみられるし。それに、『どうされましたか?』と尋ねられたら、カラスを捜しているとは言えんしよ。犬や猫なら同情し励ましてくれるけど、クロじゃ不可解に視られるだけだ」

「私だって、そんなことしたら怪しまれるわ。それも大の大人が大声で呼ぶんですもの。でも、捜してみたい気もするわ。どうしているのかな。きっと立派な大人になっているんじゃないかしら。もしかしたら、お嫁さん貰っているかもしれないわよ」

「ちょっと早いんじゃないか、まだクロと別れて一ヶ月しか経っていないんだぜ。まだまだ子供だし乳離れしているもんか。でも、ひょっとしたら彼女がいるかも知れんな」

「そうよね。それだったら、紹介して貰わなきゃ。ねえ、裕太さん。今度の土日曜休める?」

「うん。でも、どうしてそんなこと聞くのさ」

「決まっているでしょ。クロを捜しに行くのよ」

「ちょっと待てよ。今恥ずかしいって言ったばかりだろ。行くのはいいが、それじゃ、どうやって捜すのさ」

「それは裕太さんが考えて」

「ええっ、そんなこと言ったって。でも、まあ、しょうがないか」

「それで、今日は火曜日だから今度の土曜日まで、まだ時間があるでしょ。その間に考えればいいの」

「そう言われても、毎日深夜まで仕事で忙しいし、家に帰ったら疲れてバタンキューだ。考える時間がないよ」

「嫌、そんなの嫌よ。私、クロに会いたいの。だから頑張って、私のためにお願い!」

「まったく、しょうがないな。君に頼まれると、大変なプレッシャーだよ。仕事はきついし、君の要求もきつい。両方の板挟みで、気が狂うかもしれない」

「まあ、そんなこと言って。私を悲しませるのね。それじゃ、私のこと嫌いになったの?」

「そんなことない。大好きだ。嫌いになんかなるものか」

「それだったら考えて。今度会ったら、いつもより愛してあげるから、約束するわ」

「わかったよ、それじゃ約束だぞ。いつもよりたくさん愛してくれよな」

「そうするわ。でも、いいアイディア考えなけりゃお預けよ」

「ひえっ、それは辛いよ。それだけは勘弁してくれ。なあ、夏美」

「どうしようかな、やっぱり止めておこうかな…」

「そんなこと言うなよ、後生だから。もう、そのことを考えると、鼻血ブーなんだから。それを止められたら倒れちまう」

「何、馬鹿なこと言っているの。鼻血ブーだなんて、エッチなんだから」

電話口で恥らう様子が伺えた。

「エッチでもなんでもいい。だからいい方法考えるからさ」

「わかったわ、それじゃお願い、私も考えるから。裕太さん今日は遅いし、また明日ね」

「ああ、それじゃ」

「おやすみ、裕太」

愛の証に電話口でキスをした。正木は嬉しかった。夏美との会話が、いかに癒されるか、つくづく感謝する。翌朝から早速考え始めるが、思うように出て来ない。解き放ったカラスを呼び戻す方法など考えたことがないし、本で読んだこともない。周りのことを気にすれば、大声で呼ぶのも気が引ける。かといって他に妙案があるのか。安請け合いをし悔いるが、後の祭りである。

どうにかいい方法はないかと知恵を絞るが、思うように出ない。通勤時に熟考するが思いつかず、深夜帰宅して夕食時に缶ビールを飲みつつ巡らすが、結局名前を呼ぶことに考えが収斂した。

そうか、ただ名前を呼ぶだけでは能がない。クロの好物を準備したらどうか。それと聞き慣れた声が響けば、どこか近くで聞き及び思い出してくれるかもしれない。それとクロを好いた夏美の声。そうだ、二人の声と食い物。これを用意すればいいんだ。それに飯を食う時、声掛けした言葉があったじゃないか。

「ええと、何だっけ…」ぽつりと漏らす。

当時は意識せず使っていたが、改めて考えるとなかなか思い出せず。

ううん、なんて言ってたかな…。おお、そうか。いつも同じ弁当を食っていたんだ。

さあ食えよ。俺の夕飯と同じだ。美味いぞ、さあ食え。とか喋っていたよな。それに後は…。そうそう、これを食わなきゃ駄目だ。どんどん食って早く元気になれ。傷が癒えたら、親下に帰れ。わかったな、わかったら早く食え、そして元気になれ。

うむ、こんなことを告げ、いつも励ましていたんだ。そうだ、この言葉を繰り返して呼んでみよう。まずは井の頭公園に行き、近くに巣営していれば聞いてくれるかも知れん。そうしたら懐かしくなり飛んでくるはずだ。たとえ野生に返っても、命の恩人に警戒心を解いてくれると思う。そうだ、この線で行こう。そうと決まれば、早速夏美に会って話そう。と、その前に電話で簡単に趣旨を説明したほうがよさそうだ。

直ぐに、夏美の携帯にかける。

「あら、裕太さん。なにか用かしら?」

「ああ、例の件だけど。名案が浮び電話したんだ」

「そうなの、それじゃクロちゃんに会えるのね」

「待てよ、まだ会えるかわからない。会うための策だから」

「そうなの、てっきり会えるのかと思ったわ」

「夏美、クロは野生に戻ったんだ。それに井の頭公園にいるかもわからんが、そこで試してみようと思う」

「そうだよね、裕太の名案を、まず試すことが肝心ね。数回やって駄目なら、次は昭和記念公園よね。そこで駄目なら高尾山でしょ」

「その計画で気長にチャレンジしようか。奴だって、俺たちに名前を呼ばれたら嬉しいと思うよ。そうなればクロとの再会だ。考えるだけで、わくわくしてくるな」

「そうね、あなたにとってクロは特別な間柄だもの」

「ああ、そうさ。太い絆で結ばれているんだ」

「そうなの、それじゃ私の入る隙間はないのね…」

寂しげな口調になるが、正木が否定する。

「いいや、そんなことはない。君とはもっと深い仲だ。クロとの関係も大切だけど、それ以上に大事だ」

「本当、嘘じゃないわね」

「あれっ、焼いているのか?」

「そんなことない。クロも好きだけど、裕太の方がもっと好き。だから聞いてみただけよ」

「それじゃ、クロに嫉妬したということか?」

「いいえ、そんなことない。ただ、あなたの本心を確認してみただけ。でも、安心した。本当に嬉しい…」言葉が途切れる。

「なに、センチになってるんだ。愛しているに決まっているだろ。二人の間に誰も入る隙はない。それほど固い絆で結ばれているのさ」

「そうね、変なことを聞いて。ご免ね」

そこで、正木が話を戻す。

「ああ、夏美が余計なこと言うから、クロ探索の話から外れてしまったじゃないか」

「そうね、ご免なさい。それでどうするの。どうやって捜すのか聞かなくっちゃね」

「そうだよ、それじゃ説明するから。まず、弁当を用意する。そして声がけしていた言葉を添えてクロを呼ぶんだ。夏美も同じく行う。そうすれば俺たちに気づき、警戒心を解くだろう。そうなれば懐かしくて、逢って来てくれるはずだが。どうだろうか、こんな方法でやっては。色々考えたが、この方法が一番いいと思うし、他に妙案が浮かばない。やはり捜すのは、クロの名前を呼ぶのが直接的でいい。さらに、連呼しているだけじゃ良策にならんので、こんな仕掛けで考えてみたんだが」

すると、夏美が訝る。

「でも公園の真ん中で、そんなこと出来るかしら。お弁当を置き、いない相手を呼ぶなんて、不審に思われるし気味悪がられるかもしれない。それも大の大人が、そんなことしていたらさ。クロの名前を呼ぶだけでも恥ずかしいのに。そんなこととても出来ないわ。そうかといって、小さな声では、クロちゃんに聞こえないし…」

「確かにそう言われれば、その通りだが。でも、散々考えた策なんだ。他に浮かばないんで、とりあえず周りの人は気にせずやってみよう。それで、今度の日曜日は休めるかい?」

「ええ、私の方は大丈夫よ。でも、少し恥ずかしいな」

「それじゃ、土曜日の夜までに連絡するから。そうだ思い出したが、カラスの朝飯は結構早いんだ。と言うことは、日曜日の待ち合わせを早くしないといかん」

「あら、それじゃ。何時に待ち合わせようか?」

「そうだな、朝五時ではどうだ?」

「ええっ、そんな早く井の頭公園に行けないわ!」

「そうだよ君の住んでいるところ、確か三軒茶屋だよな」

「それじゃ、どうするの?」

「どうしよう。クロは朝が早いし…」

「そうよね…」

「それだったら、土曜日の夜に俺のところへ来ないか?」

「ええっ、あなたのところへ行くの?」

「いいじゃないか、せっかくだから。それにクロに会うには、朝早くないと効果がないんだ。成功させるためにも、それくらいの時間に行ってやらなきゃ駄目だぞ」

「ううん、わかったわ。土曜日の夜に行く。そうか、それなら夕ご飯は私が作る。美味しいもの沢山作ってあげるわ」

「それは嬉しいな。君と一緒に夕飯を食えるなんて最高だ。いつもコンビニの弁当ばかりだから、これもクロが仕向けているのかな」

「なに言っているの、あなたがそうするように誘っているくせに」

「あはは、バレたか。でも君の手料理が食べられるんだ。こんな嬉しいことはない」

「あら、あまり期待されても困るわ。だって裕太さんに作ってあげるの初めてだもの。喜んで貰えるかちょっと不安になっちゃう」

「いいや、大丈夫さ。君の作ったものならなんでも美味しいから」

「そんなこと言って…」

「どうしたんだい?」

「いいえ、なんでもない」

「そうかい、鼻をすする音がしたけど」

「なんでもないったら、目にごみが入っただけよ」

「そうか、それならいいけど…」

嬉し涙を溜めているようで、正木には強気に振舞う夏美を感じていた。そして洒落る。

「もし口に合わなくても心配するな。その時は次の手を考えているから」

「なによ、急にそんなこと言って。次の手ってなに?でも、やっぱり怖いな。あなたに喜ばれる料理を作れるか心配だもの。もし、不味いって言われたらどうしよう。そうよね、初めて作るんだ。緊張して調味料の加減を間違えたら大変だもの。なんだか不安になってきたわ…」

夏美の詰まる声が聞こえ、慌ててカバーする。

「心配するな。愛する君が作るものは美味いに決まってる。それに、普段通りやればいいんだからさ」

「そんなこと言って、余計心配になるわ」

「そうだ、今言っただろ。次の手を考えているって」

「ううん、そうだけれど…」

「だから、心配するなって。その時は…」

「なによ、『その時は』って。途中で話を切らないで。その次って、なんなの。それじゃないと、不安になるから。そうね、やっぱり土曜日に行くの止めようかな」

「おいおい、せっかく日曜日の朝、クロを捜しに行くんだぜ。それは困るよ。だから心配するなって」

「どうしようかな、それじゃ次の手を教えてくれたら行こうかな」

「ちえっ、仕方ない。先に公開するか」

「うん、教えて」

「それはな、万が一美味しくなかったら、もっともっと美味い君の身体を食べて、それで、ちゃらにしてやるよ」

「ええっ、何を言っているの。馬鹿!。そんなこと言って、恥ずかしいでしょ」

「いいじゃないか、本当は手料理とダブルで頂くつもりでいるんだから」

「ああ嫌だ。裕太ったら、そんなこと考えているの。エッチね!」

「あれ、断る気かい?」

「いいえ、そんなことない。でも、言われたら気にしてしまうわ」

「いいじゃないか、俺は君のことがすべて好きなんだから」

「…」

「あれ、なんで黙る。いいだろ、なんとか言えよ」

「馬鹿、裕太の馬鹿。いいなんて、恥ずかしくて言えないわ」

「言えないって、今、言っているじゃないか」

「まあ、そんなこと…。でも、裕太、愛しているわ。だから優しくしてね」

「ああ、もちろんさ」

「嬉しい」

電話口で夏美の荒くなる息遣いを聞き、正木はスマートホンを強く握り締めた。




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