第?話 或る怪物

 〝光〟があれば、必ず何処かに〝影〟は生まれる。

 人々がともす文明の〝光〟が強くなればなるほどに、〝影〟は濃く、そして深くなっていく。


 ◇ ◇ ◇


 ソコはくらく、くらく、くらく、くらい場所だった。

 どうしようもなく〝影〟だった。



「はぁ? 家族ぅ? お前にそんなのがいる訳───」


 小さな檻の前に立つ男は吐き捨てるようにそう言うが、「……良いことを思いついた」と汚く顔を歪ませて言葉を止める。


「お前の家族は、戦うことを誇りにしていてな。だから強いことを証明できれば迎えに来てくれるぞ」


 適当で突拍子のない、何の根拠もない作り話。

 どれだけ小さな子どもでも信じるはずがない……が、この怪物はその言葉にすがるしかなかった。


「どうすれば? そうだなぁ……お前は1ヶ月後の12月25日に戦地に送られる予定だ。そこで〖王国〗の砦を落とせ、兵士を皆殺しにしろ。そうすれば夢にまで見た、お前のことが大好きで優し〜い家族との平和な暮らしが待ってるぞ」


 怪物は言った『両親の顔を覚えていない、見分けられない』と。


 男はその言葉を聞いて、再び下卑た笑顔を顔に貼り付ける。


「言ったじゃないか。お前の家族は戦うことを誇りにしてるんだぞ? 自分の可愛い子どもの成長した姿をじかに見たいし、自分で味わいたいに決まってる」


 真剣な面持ちで食い入るように話を聞く怪物を横目で確認してから、もう一度口を開く。


「……〝〟。出会った全ての人間と戦え、全力で殺し合え。それでお前が負けたならそれがお前の家族だ。お前怪物を倒せるとすれば、お前の家族怪物だけなんだよ」


 相変わらずの無表情だったが、ハイライトのない瞳に微かに希望の〝光〟がぎったのが見えた。

 怪物は考えもしなかったし、考える必要もなかった。その希望の〝光〟には、大量殺人という〝影〟が付きまとうとしても……家族という幻想が、現実よりも遥かに強かったのだから。


 その様子を見て、男は三度みたび口角を下品に釣り上げる。


(───チョッッッロwww 馬鹿なガキだ、本気で信じやがったw ハハッ! 居るはずもねぇ家族を探すために、こいつは〖王国〗の兵士はおろか一般市民まで殺すんだろうなぁw あ〜、家族に飢えてるガキが一番チョロいわw)


 男は最高の気分だった。〖王国〗の戦力を削ぐこともでき、不気味なガキともおさらばできるからだ。


 怪物は男に『私の家族に会ったことがあるか?』と尋ねる。


「え? あぁ、もちろん会ったことあるぜ。お前に早く会って、戦いたいってよ」


 怪物は顔をうつむけ、誰にも見られない位置でその碧い瞳に強く〝光〟を灯した。


 だが、その〝光〟は───ヒカリと呼ぶにはいびつ禍々まがまがしく、凄惨せいさんなものだった。



─────────

──────

───



 星暦2024年12月25日、停戦。


 それは〖王国〗と〖帝国〗……ことによるものだった。


 砦を守り、砦を住処すみかとしていた兵士の数は、〖王国〗が2万3652人、〖帝国〗が2万8479人、合計にして5万2131人。


 そして、そのうちの約9割───4万7108人がその日に、この世を去った。




 当然、その当事者である兵士ら以外は、何が起きたのかなど知るよしもない。

〖王国〗と〖帝国〗はこの異常事態───国を守る戦力の大半を失った事実を国民に知られる訳にはいかず、事態を知っている全員に箝口令かんこうれいを敷いた。


 戦場で生活をしている傭兵や冒険者には陥落した砦を見られないように、わざわざ高価な転移魔法陣を配り、直接帰国するように仕向ける。


 こうして一時的にとはいえ、真実を捻じ曲げることに成功したのだった。

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