第4話 或る少女との出逢い②

「こ、子ども……?」


 無意識にそんな言葉が口から漏れ、少女はガラス細工のような作り物めいた瞳で俺を覗く。

 目が合った瞬間、何の前触れもなく視界から少女の姿が。反射的に俺とヴァールハイトを囲うようにしてドーム状の氷壁を何重にも重ねて作るが、氷の割れる音がするのと同時に腹部に鋭い痛みが生まれる。


 視線を落とすと、俺より1回りも2回りも小さな右足が氷壁を突き破って腹にめり込んでいた。


「、……っ!?」


 肺の空気が強制的に押し出され、体が固まったように動かない、内臓の全てが悲鳴をあげているような痛みだ。視界にチカチカと点滅する光の粒が現れ始め、視界を覆っていく。


 何とか空中に待機させておいた氷槍をこちらに向けて放つ……が、少女の足がふっ、と

 獲物が消え、延長線上にいた俺たちを貫かんと迫っていた氷槍を急停止させ再び空中に待機させておく。


 かすむ視界の中で辺りを見回すと、少女はいつの間にか氷壁があった位置まで後退していた。


「……ヴァールハイトはその腕、どうやってやられた?」


 あの細足から繰り出される蹴撃とはにわかに信じがたい、気を抜いたら意識を失いそうなレベルの痛みに我慢しながら、ヴァールハイトに質問を投げかけた。


「今と同じだ。いきなり目の前に現れたと思えばあのわらべに蹴りを見舞われた。こう、くるくると体を回転させ、威力を底上げした一撃をな」


 ヴァールハイトは太い人さし指を宙で回す。

 現場を見た訳じゃないから断言は出来ないが、おそらく540マイキーキックに類似した何かだろう。

 言われてみれば確かにヴァールハイトの腕に走る一本の赤黒い痣は少女の足首あたりの太さと同じに見える。


「足技しか使わん理由があるのやもしれん。まぁ、断定は出来んがな」

「あれだけ痩せてるんだ。どこかに障害が出ててもおかしくない───小さいな、まだ10歳くらいか……」


 栄養失調で四肢が機能不全になることは珍しい話ではない。あの少女も腕に疾患があるのかもしれない。

 もしかするとそこら辺のスラムにいる子供よりも痩せている。だが、その痩躯そうくでこの強さ。

 この矛盾こそが、あの少女を異常たらしめている(痩せてなかったとしても、この強さは異常過ぎるのだが……)。


「あれは化物の部類に入る。人間の枠組みにめて物事を考えない方が良い。ましてや童女どうじょだと気を抜いたらしゅんで死ぬぞ……我もまだ逝くわけにはいかん」


 その真剣な顔に気圧され静かに首肯する。

 そしてヴァールハイトはゆっくりと、深く息を吸い───

 

「我はまだ酒が飲みたい! おちおちと死んでたまるかっ! 死ぬなら、急性アルコール中毒で死にたい!!!」

「なんちゅう願望を持ってやがるんだっ!? そんな夢今すぐ捨てちまえ!!!」


 ヴァールハイトは元気よく、そして真面目な顔でそう叫んだ。心の底からの言葉なのだろう。本当にどうしようもないやつである。


 隊長が来るまで持ち堪えるぞ───そう言おうとした時だった。


 視界の中心に捉えていたはず少女の姿が消え、快活に笑っていたヴァールハイトの目の前で灰褐色の髪が揺れた。ヴァールハイトの顔には『あ、ちょっと待ってくれない?』と書いてあった。



 今日の教訓:油断すると敵はそこを突いてきます。




────Tips────


 アレンの〈水魔術〉、〈氷魔術〉について。


水を無から発生させることは出来ないため、ウェストポーチ(実は〚法具〛)の中に大量の水を入れている。


魔力とは生物が内包する目に見えない力のことであり、色々なことに応用が効く。


例えば、魔力を風呂敷のように変形して物を持ち上げたり、魔力で手の形を作って雑巾がけをしたり、孫の手のようにして背中をいたり……つまり、魔力は結構アナログなのだ。

 逆に言えば、そうやって物を持ち上げたり動かしたりすることしか出来ない。


〈水魔術〉

魔力を使って水自体を動かしたり、変形させたりしているだけ。

イメージは水をビニールで包んでそれを動かしてる感じ。


〈氷魔術〉

まず氷とは、水分子が動きを止め、水の中にある1つの水分子H₂Oが4つの水分子H₂Oと結合し、正4面体を形成した結晶のことである。


小学校で「0℃以下になれば氷になります(気圧による)」と習ったかもしれないが……何なら100℃だろうと、1000℃だろうと、10000℃だろうと。分子の動きを魔力を使って無理やり止め、無理やり正4面体を作れば氷になる訳だ。


皆も「へー、そうなんだー、魔力さえあれば出来そー」って思ったでしょ?

これが技術、つまりは〈魔術〉というものである。


対して、何もないところから水やら炎やらを出したり、それこそ転移とか……etc。

それらを〈魔術〉の完全な上位互換……《魔法》と呼ぶ。


エドワー◯が「人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。 何かを得るためには同等の代価が必要になる」と言っていたが全くその通りで、魔力はどう足掻いても、火や水と〝同等の対価〟にはならない───せいぜいそれらを動かす程度の力───のはずなのに、《魔法》はそれを可能にしてしまう。


極端な例を挙げるなら、10円でダイヤモンドを買っているようなものである。


これが世界の〝法則ルール〟を書き換える、《魔法》というチートである。

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