第3話 或る少女との出逢い①

「書類さえ書いていただければ、直ぐに戻ってもらって結構ですので……」


 衛兵さんの話を聞くところによると、どうやら〚法具〛の所持には国に申請が必要だったらしく、ほとんど戦場で生活していた俺たちは当然そんな申請なんてしていなかった。

 王国にはあと一ヶ月ほどしか滞在しない予定だが、逆を言えばあと一ヶ月は滞在する予定なので、衛兵さんの指示に従った方が良いだろう。


「いや、ルールを知らなかった私たちが悪いんだ。その書類はどこに?」

「王城に地下牢があるので、拘置という形にはなってしまうのですが、そこで待って頂いて……いや[クラウ・ソラス]の皆様なら、別に地下牢なんかじゃなくても……」


 ブツブツと指を顎に添えながら独り言を言い始める衛兵のリーダーさん。


 ラノベだと兵士とか衛兵とかそういう職に就いている人は横柄な態度だったりするのがテンプレだが、現実はそうでもないらしい。

 聞いたことはちゃんと教えてくれるし、話し方も丁寧だ。


 俺たちを過大評価し過ぎてる気がしなくもないが、悪辣に扱われるよりもずっと良い。


 その言葉を聞いて隊長が焦ったように首を横に振る。


「そんなに気を使わないでくれ。そこで待たさせてもらうよ」


 リーダーさんは申し訳なさそうに頭を下げ、ポケットから転移の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出すと、魔力を徐々じょじょに注ぐ。

 すると、地面に羊皮紙と同じ陣が現れ、ゆっくりと周りの景色がぐにゃりと歪み始める。


 これ、慣れないんだよ……

 〝停戦〟って言われたら時も、戦場から王都までこれを使ったのだけれど、気持ち悪いったらありゃしない。

 例えるならグルグルバットを左右だけじゃなくて、上下の動きも追加した感じ。



─────────

──────

───



 そして視界が暗転する。転移が終わったのだ。

 重厚な石畳、壁に備え付けられた松明、仄暗ほのぐらく光る鉄格子が並ぶ石回廊、微かに香る錆びた匂い。

 まさしく思い描いていた地下牢である。




 瞬間。突如として戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。




 鈍い音が───鈍器で殴ったような音が重なって鳴り響く。


 転移による酔いのせいで未だに視界が揺れている。けれども、俺たちを囲むようにして立っていた衛兵たちが、糸の切れた人形のように膝から崩れる姿だけはハッキリと映った。


 鋭く息を呑んだヴァールハイトは自身の胸の前で両腕を盾のように構える。

 それとほぼ同時に弾かれるようにしてヴァールハイトがぶっ飛ばされ、壁に凄まじい速度で叩きつけられる。鼓膜を破りかねない程の轟音が地下牢を駆け巡った。


 ふと足元を覗くと壁を伝って、石畳いしだたみに無数の亀裂が走っていた。


「「ヴァールハイト!!!」」

「ぐ、ぬぅ……すまない、左腕がイカれた」


 隊長と俺の声に弱々しくそうこたえた。

 壁にめり込んだヴァールハイトは苦悶の声を上げながら、大剣を杖代わりにして立ち上がる。

 両腕の前腕には横一線の痛々しい赤黒い痣ができており、それを境に腕があらぬ方向へ曲がっていた……が、ヴァールハイトは力ずくで正常な位置に戻す。


「団長殿! そやつらは無事か!?」


「気を失ってるだけだ。だが、このままでは巻き込まれて……」

「っ、来るぞッ!!!」


 久しぶりに大声を出したせいで最後の方が少し裏返った。


 足音が、こちらに近づいて来る。

 余裕を持って、ゆっくりと、ペタペタと。

 は着実に、確実に、こちらに歩みを進めていた。


「団長殿はそやつらを外に放り出してこい! そして直ぐに戻っ──アレンッ!」

「応───ッ!!!」


 どこからともなく現れた水が地下牢の一本道を塞ぐと、一瞬にして氷へと姿を変える。どこからともなく、とは言ったものの正確には俺のウェストポーチからである。


 瞬間、爆発音に似た轟音が地下牢を揺らした。

 道を塞ぐ巨大な氷壁は発泡スチロールのように、いとも簡単に瓦解させられた。りになって霧散した氷は諦めて、比較的大きな氷のカケラに意識を集中させ、再び氷の壁として再構築する。最初より目に見えて薄くなったが、あと何回耐えられるだろうか……


「隊長! 早くその人たちを……!」

「くっ、直ぐ戻ってくる!」


 本来なら隊長抜きでこんな化け物を相手にするなんて冗談じゃない。

 だが、この空間の限られた場において隊長前衛ヴァールハイト前衛の2人は要らない。その上、ヴァールハイトの片腕では5人の衛兵を安全な場所に連れて行くのは難しく、俺では全員を担ぐなんてことは不可能。

 となると隊長を救助に回すしかなかった。


 5度目か、6度目かの氷壁で、壁の構築に回せる大きさの氷が無くなった(作れたとしても薄氷も良いところだ)。

 粉々に破壊した張本人は自らが作った巨大な穴を通って、俺たちに少しずつ近づいてくる。


 稼げた猶予は、時間にして約6秒……だが、ギリギリ間に合った。


 ヴァールハイトは大剣を。俺は大杖を心臓の前で構える。



「───〚ほとばしれ! Γαῖαガイア!!!〛」

「───〚揺蕩たゆたえ、闇御津羽クラミツハ〛」



 持ち主の呼びかけに呼応するように、魔力が燐光となって〚法具〛の周りを漂い始めた。

 ヴァールハイトの大剣は淡い緑色の優しい燐光が溢れ出し、俺の大杖は空色の燐光を散らしている。


「む、駄目だな。日光も栄養も何もかもが足りぬ」


 そりゃそうだろうよ、と返しながら大剣の切先が向いた石畳を注視すると、モヤシみたいな細ーい植物が石と石の隙間から生えてきていた。

 ものの2秒くらいで1メートル弱まで伸びたモヤシ(仮)は、子供の小指でへし折れてしまいそうなほど弱々しかった。


「無いよりはマシと思おうではないか……それにしても、敵がんな」

「このまま隊長が戻ってくるまで待っててくれないかな」

「それは無理だろうな」


 俺たちの会話が終わるのを待ってくれてるのか、何か準備でもしているのか、それとも1メートルのモヤシが気味悪くて近づけないのか……よく考えれば1メートルのモヤシって怖くね?


「周囲に氷を浮かばせられるか? 相手の姿を確認したい」

「あぁ、なるほどね。了解」


 大杖に魔力を込め、辺り一面の空中に水が創り出す。意識を集中させると、水はパキパキと音を立てながら氷へと姿を変える。

 そのまま空中で待機させると、空中の氷と周囲に散らばった氷壁の残骸が松明の光を反射させ、暗い地下牢を微かに明るくした。


 その光はヴァールハイトの読み通り、敵の姿を映し出すには十分だった。


 そして、と目が合った瞬間、体中を巡っていた血液が循環を止め、急激に体温が下がっていく感覚が俺を襲った。


 はハイライトのない碧い瞳を持っていた。


 は汚れた灰褐色の長い髪を持っていた。


 は表情というものが一切なかった。


 は感情そのものが、抜け落ちてしまったようだった。


 は服とは到底呼べない粗末な布を纏っていた。


 は骨が浮かび出るほどに痩せていた。


 ───は、ほんの10歳ほどの少女だった。




────Tips────



この世界には〈魔術〉と《魔法》、〔魔導具〕と〚法具〛が存在するが、これらは前者と後者で性質からして根本的に異なっている、全くの別物である。


〈魔〉は技。人類が長い年月をかけて作り、つちかい、発展させてきた叡智の結晶。それが〈魔術〉。


〔魔具〕はき出した物。人類が魔力を使って導き、作り上げた道具。それが〔魔導具〕。


そして《魔法》と〚法具〛。これらには1つの共通した文字がある。

それが〝法〟だ。


《魔法》とは力を使って世界の〝則〟を書き換える力のことである。そして、それ自体が〝法則ルール〟となる。


現状、《魔法》を使用できる人は確認されていない。御伽話おとぎばなしの産物である。


〚法具〛(旧:〚魔法具〛)は〝法則ルール〟を書き換える力を有した神代の遺物である。《魔法》の力を込められた道具と言っても間違いはないが、自前の《魔法》には出力が劣る。

あまり知られていないが、使用者の身体能力を僅かながらに上昇させる副次効果もある。


実は今回登場した転移魔術は《魔法》の類なのだが……色々あって〈魔術〉と同じく、技術化に成功している。


この話はまたいつかの機会に……

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