第1話 酒場にて。

「───我らが同胞はらからたちよ! 今日、この日だけは気随きずい気儘きまま我儘わがままも私が許そう! 自由に飲み、歌い、好きに踊れ! ……あ、店に迷惑は掛けるなよ。それではっ! 乾杯っ!!!」


「「「かんっぱーい!!!!!」」」


 白銀の甲冑を着込んだ騎士が声高々に乾杯の音頭を取り、なみなみと酒の注がれた酒杯を掲揚けいようすると、それに呼応するように店を埋め尽くす50人が杯を天高く掲げた……が、


「うぉっ!? 冷たっ!」

「ば、馬鹿! あぁ、もったいない……」


 杯を掲げた内の何人かが上手く平行に持ち上げられなかったらしく、頭上からチョロチョロと酒が降り注ぐ。


「おい! 店に迷惑は掛けるなと今言ったばかり……」

「大丈夫ですよ、団長さん。こんなことは迷惑の内にも入りませんから」


 カウンターの中でせっせと棚から酒を取り出している酒場のマスターは、白い口髭を触りながらそう言った。


「すまない、後始末はあいつらにやらせるから許してくれ……時にマスター?」


 団長と呼ばれる騎士は金属製のヘルム越しにカウンター上へ目をやってから、カウンター内を覗いた。


「何でしょうか?」

「一応聞いておくが……この大量の酒はどうするんだ?」


 カウンターには棚から取り出した酒瓶がずらりと並び、カウンター内には大きな酒樽がいくつも用意されていたのだ。


「はて? 皆さんにお出しする予定のものですが?」


 人を殺しかねない量の酒を眺め、「何かおかしいでしょうか?」と小首をかしげるマスター。

 とぼけているなら良いが、もし本気で言っているなら辞職を視野に入れた方が良いだろう。


「100歩譲って量は目をつむろう……しかし予算を超えてないか? 最初に伝えたと思ったんだが」

「今日はがっぽり稼げ───かの有名な傭兵団の方々がどのような飲みっぷりか気になりましてな」


 商魂たくましい限りである。


「……参ったよ。金ならあるから、死なない程度で好きに飲ませてやってくれ、予算は気にしなくて良い」


 根負けした……というか、諦めた様子だ。


 久方ひさかたぶりの宴会ということと、労いの意味も込めてこれくらいは良いだろう、と考え直したのかもしれない。


「ホホ、嬉しいことを言って下さる」

「そうだな、この1本はあっちに持っていっても良いか?」


 騎士は適当に酒瓶を選び、個室のある店の奥へ親指を向けた。


「よろしいですよ」

「じゃあ、後を頼むよ」


 ひらひらと手を振りながら歩いていく。

 全身を板金鎧プレートアーマーで包んでいるのだから相当の重さのはずだが、そんなこと言われなければ気付かないくらい自然な立ち振る舞いだ。


 これが傭兵団[クラウ・ソラス]の団長トップ───グラス・グレイシャル、その人である。


「……1番高級な瓶を持っていきましたな」


 一本だけ歯抜けになった酒瓶の列を見て、マスターはさらに酒を棚から出しながらにひっそりと笑った。



◇ ◇ ◇



「ようやく来たか、団長殿よ。待ち侘びたぞ」


 豪快で野太い声がそれなりに広さのある部屋全体を響かせた。


「何が『待ち侘びた』だ、もう飲んでるじゃないか」

「ガハハ、待ち侘びはしたが、待ちきれんかったのでな」


 個室に備え付けられた大きなソファーを陣取っているのは身長2メートルを優に越す、くすぶった赤髪の大男───ヴァールハイトだ。

 もみあげと顎髭が繋がり、ギョロっとした両眼……まぁ、見るからに乱暴そうな男だがよく見てみると髪も髭も整えられているし、鎧は綺麗に磨かれている。

 言うなれば清潔感のある綺麗な蛮族だ。


「そうかそうか、もう飲んでるのか。ではこの酒は私とアレンだけで飲むとしよう」


 隊長は手に持った透明な酒瓶をヴァールハイトにチラ見せしながら、俺の隣の椅子に腰を下ろした。


「ぬぅ? ……うぉ!? だ、団長殿、もしやそれは───」

「私は酒にはうといのだが、この透明な瓶と赤い酒とのコントラストに胸を撃たれてな。どうだ? アレンも美しいと思わないか?」


 多分だけどこのお酒、すごい貴重なものか、お値段が高いものだろう……まぁ多分、その両方なんだろうけど。


「確かに綺麗だね。ヴァールハイト、悪いけど2人で美味しくいただくよ」

「アレンンンン!? お前まで何てむごいことをっ!?」


 座っていたソファーから跳ね起きて、膝から崩れ落ちるヴァールハイト。

 四つん這いになりながら羨ましそうに、または恨めしそうに「ぐぬぬ、」と俺を睨んだ。


「アレン、悪いがヘルムを外してくれないか? 酒瓶が邪魔でな、このままじゃ飲めない」

「ん? あぁ、分かった」


 正直なところ手に持った酒瓶をテーブルに置けば良い話なのだが……あ、テーブルに置いたらヴァールハイトが奪おうとするからか、納得納得。


「隊長、顔を上に向けて」

「ん、」


 顎部分に付いている留め具を外すと、光るように白い首筋が無防備に晒され、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 ヘルムと頭との間の空間にそっと手を入れ、ヘルムが髪を噛まないようにゆっくり優しく外していく。

 途中で耳に触れてしまうが、不可抗力というやつだ……ちなみにとても柔らかくて気持ちがいい。


「あとちょっとで終わるから」


 左手で後頭部を支え、ヘルムを前傾に傾けると何の引っかかりもなく、上手く外すことができた。


「終わったよ」

「あ、あぁ、いつもありがとな」


 に掛かっていた髪を払い、慣れた動作で長い金髪を後ろで纏める。つまりはポニーテール……可愛い。いや、どっちかっていうと綺麗、というのに軍配が上がるだろう。


 見るからに柔らかそうで甘い匂いのする金髪を伸ばしており、ちょっとだけ吊り目だけど優しそうに笑うあお双眸そうぼう、スラッと通った鼻筋に、白磁のような白い肌と対照的な桜色の唇、そしてそれなりに凹凸のある体つき。見た目はそうだな、18歳くらいかな……とても良いです。


「イチャイチャは終わったか? 発情エルフ」


 いつのまにかソファーでふんぞり返ってるヴァールハイトは真顔でそんなことを言った。


「い、イチャイチャだなんて……」

「エルフは発情期が少ないと聞く。ここまでの発情期はもう来ないかもしれん、一発ヤッておくのも手だぞ?」

「うぅ、発情期って……」

「何だ知らないのか? 発情期というのはだな、 ◯◯◯ピーー───」



 流石に看過できないド下ネタが飛んできたので、こんな所で何だが今のうちに紹介しておこうと思う。


 傭兵団[クラウ・ソラス]は現在、団長1人に対して副団長が2人、他メンバー47人の総勢50人で構成されている。

 お察しの通り、副団長とはヴァールハイトとアレンのことである。


 隊長───グラス・グレイシャルはエルフ(気付いた人もいると思うが、俺は団長のことをと呼んでいる。これは間違えている訳ではなく、昔……この話はまたの機会にしよう。平たく言えば、団長=隊長ということである)。

 実年齢不詳。


 ヴァールハイトはドワーフの異常個体イレギュラー(普通のドワーフはこんなにデカくない、せいぜい1メートルちょい)。

 実年齢は本人曰く『正確には分からんが、おそらく70から90程度のはずだ』らしい。見た目は40歳ほどなので、エルフほどではないにしろ、さすがは長命種といったところだ。


 アレンは人間(転生者であることを除けば特筆する点はない。言っておくがチートが無い、残念ながらラノベのような転生特典は存在しなかった)。

 年齢は今年で19歳になる。転生した際に髪色が黒から、ちょっと青みがかった黒髪になった。顔は前世よりも、ちょっとだけイケメンになったので良しとする。


 蛇足だが、俺とヴァールハイトで手を組んでも隊長に傷一つ負わせられるかどうか……そんな感じの力関係である。

 2本目の蛇足───俺が転生者であることは隊長しか知らない、がヴァールハイトは何かに勘付いている気がする。でも踏み込んではこない。気遣いのできる蛮族なのだ。



 ヴァールハイトは「ふぅ」と息を吐き、ソファーに浅く座り直す。


「ふむ、発情団長エルフ殿をいじるのも飽きたことだし───

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