境界を守る者

鬱蒼と茂る木々を背負うように立つ、小さな小屋。


そこは、災厄が棲むと云う森との境界。


『境界を守る者』なんて名前が全く似つかわしくない、華奢な女性が1人で住んでいる。


ここは、たまにふらりと訪れる旅人の、最後の憩いの場。


境界を守る者は、これまで何人もの旅人を災厄が棲むと云う森に送り出してきた。


森に向かう人たちは揃って、こう言った。


「また、絶対に戻ってくるから」


けれども、その約束が果たされたことはない。


また1人、境界の小屋を訪れる人の姿があった。


装備も軽く、荷物も少ない。


とてもじゃないが、災厄に立ち向かえるような雰囲気ではなかった。


そばかすが目立つ、朴訥とした印象の青年。


その夜は、ウサギを捌いて、野草と一緒にスープにした。


青年は嬉しそうに食べた。


この青年も、明日には森に向かい、そして帰ってこないのだろう。


ゆっくりと休んだ青年は、朝早くに目を覚まし、森へと向かう。


「また、戻ってきます」


青年の最後の言葉。


境界を守る者は、果たされることのない約束と知りながら、笑顔で頷く。


これまで、ずっとそうしてきた。


これからも、ずっとそうしていくのだろう。


境界を守る者は、また1人になった。


訪れる人はなく、1日、また1日と時間が流れていく。


送り出しては、帰ってくる者のなかった、災厄が棲む森へと続く獣道。


その道を戻ってくる人がいた。


境界を守る者は、洗濯物を放り出して、その人物に駆け寄った。


装備も荷物もなく、そばかすが目立つ、朴訥とした印象の青年。


「よく戻ってこれたな! 災厄を倒したのか?!」


興奮を抑えきれずに聞くが、青年は疲れ切っているのか、暗い表情のまま口を開かない。


災厄が棲むと云う森に行って、帰ってきたのだ、仕方ない。


そう思い、境界を守る者は、青年を小屋で休ませた。


晩ご飯は、1度目にここに来た時と同じ、ウサギと野草のスープにした。


あの時、青年が嬉しそうに食べていたのを、境界を守る者は覚えていた。


夕食の席で、その話をすると、青年は空な瞳を向けて、首を傾げた。


その暗い瞳を見て、境界を守る者は恐怖を覚えた。


「お前、誰だ?」


そう問いかけた小屋の主に、青年は狂ったような笑い声を上げた。


その声を聞いた時、境界を守る者は思った。


ああ、結局また、約束は果たされなかったのか……と。

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