後半

あれから約百羽ほど折っただろうか、兄、男の子を含めて三百、それなりに早かった方だと思う。

子供の母親は言うとおりにすぐに帰って来た。

清廉と言ったようなきれい目で落ち着いているような女性ではなく。言葉で強いて表すなら強く豪快な女性だった。

その女性は帰ってくるなりコートを脱ぎ、洋服掛けにかけるとすぐさまこっちに向かってきて、両の手に持ったバッグをバンっとテーブルに置き、そこから追加の折り紙を取り出し、子供のように笑ったのが印象的だった。


それから、女性同士気が合い、二人とも慣れないながらも折り鶴を一緒に折りながら、最近のことを仲の良い友達に話すように話した。

主に彼女が話してばっかりではあったが、何事も楽しそうに快活に笑う彼女の話を聞くのは楽しいものでもあった。

時間はあっという間にすぎ、ほどなくしてその場をさった。


今はその帰り道である。

まぁ、正確に言うとそうではない。

アパートを離れたのち、自分たちの家の用事が残っていたからだ。用事と言えど、ただのお使いなので、ことはすぐに済み、その帰り。


「持ちましょうか?」

私は両手にそれなりの重量を持つ、兄に向って問いかける。


「大丈夫、大変だろうから。」

兄はそう言うと、もう一度腕に力を入れた。


「それより、気になってるんじゃないか?」

気になっている、そう言われればそうだ。


おこられがみ

そう呼ばれる、折り鶴を私はあれから神妙に扱った。

その奇妙で、得体の知れないそれにおびえていたのだと思う。


「さぁ、あれは一体何だったんだろうね?」


兄は私の顔を見て何について考えているのか察して、楽しそうに私に質問した。

そう言われて、考え始める。

何から解くべきか。


「おこられがみって何なんでしょうか?」


率直な疑問を投げかける。

おこられ、がみ

およそこう分けられるんだろうけれど。

その二つを見ると怒髪天という言葉を想像してしまうが、関係はないか。


「そのままだよ、おこられがみ。怒られる紙だよ。単純にね。あの男の子がそう名付けたんだろう。もちろん、あの異様さ、異質さを感じ取っていると思っているからいうけどあれは折り紙ではないよ。」


怒られる紙。怒られる紙だけれど、それを折り鶴にしても何も言われない。そして折り紙ではない。

ではどのような状態なら怒られるのか。


紙に対する動詞に何が挙げられるだろうか。

切る、折る、貼る、書く、投げる、飛躍すれば食べるとか。ヤギは食べるが、ヒトは食べないか、というかヤギも歌の中の話か。


考えがまとまらない。

紙の異様な風貌が頭から離れない。

黒すぎるほどに黒く、異端と呼べるほどの大きさの差、見るからの異質。


いや、その前に違和感のある表情を思い出す。折り紙越しに見た。

その異様なものの恐ろしい名前に恐れていない人間がいた。


男の子、彼は何故、怒られ紙を恐れなかったのか。

怒られ紙を堂々と説明し、屈託なく笑った彼にはあの紙がどのように映っていたのか

怒られることは彼にとって恐れるに足らないものなのか。


いや、怒られることを恐れない人間はいない。もし、それが存在したとして、数時間のふれあいではあったが彼がそれほどまでに誰かからの怒りに無関心のような人間には思えない。


「あ」


一つ、考えが浮かんだ。

その状況に当てはまるかも知れない答え。


それは『関係がないもの』だ。


「怒られていたのは、男の子ではなく。男の子の兄だったんですね。男の子はそれを傍から見ていた。そして、それを入手した。」


「正解だ。ではどのように入手したか?」


およそ、その紙は怒られている時は、怒られている人間と怒る人間のどちらかの手にある。そこから第三者に移る方法。


「兄か、怒っている人がそれを折り紙だと勘違いしたんですね。別の紙だったのに」

単純に考えると、第一者と第二者以外が動かすとは考えにくい、加えてそれの用途はさっき見てきたところではないか。

折り紙に使った。折り紙にその時または、その後、成った。


「そうだ。ではなぜそれを折り紙と勘違いするに至ったかが次かな。そして、なぜ怒られたのか。」


兄が怒られる理由。

男の子の兄について知っている情報があまりにも少なすぎる気がするが

サッカーを行っている少年であること、母親の話では勉強嫌いでどうこうだとか、今回の折り鶴にも全く参加していないだとか言っていた。


運動好きでわんぱく少年と言ったような印象を持ったが、それ以外に何かあっただろうか。

ある、あったブーブークッションだ。

彼はいたずら好きだった。


いたずらをしただから怒られたのだ。

ではその内容は、どのようなものなのか。紙に関するものなんだろうけれど。


「分かりません。どのようないたずらで怒られたのか。」


それを聞くと、兄は私に声をかけた。


「ちょっと止まるよ。」

そう言うと、一つの手に持つバッグを下ろした。

次にポケットに手を突っ込み、さっと出した。

そして、その手に持つものをこちらに向ける。

異様な黒さを持つそれに、私はまたもや恐れを感じた。


怒られ紙

兄はその手に黒いそれを持っていた。


「なぜ、それを持っているんですか?」

多分、眉根を吊り上げて、眉間にしわを寄せ、すごい顔をしていたと思う。


「見覚えはないかい。これに」


見覚えはある。さっき見たばかりだ。

少し違いがあるとすれば、これは一辺が異様に長い。折り鶴を作るにはまとまりがなさすぎる。

色には直近の感覚と符合する部分がある。しかし、確かにその異様な紙に、正確にはその色ではなく、形に何度も目を当てたことのある気がする。

短辺5~6㎝ 長辺20㎝ ほどだ。


ここまでの行動を振り返る。

入手できそうなタイミングを考える。

先ほどの家、兄は物色するようなしぐさは全くと言っていいほどなかった。あったとしても、小さな折り鶴のみ、しかもその紙には折り目の一つもない。

その紙にもう一度目を移す。

家を除けば、行動はあそこしかしてない。


「レシートですか?」

若干、拍子の抜けた声が出た。


「そこまで分かればもう分かるね。」

頷きながら、その黒々としたレシートを仕舞い込み、荷物を持ち再度歩き始める。


「レシートつまりそれは感熱紙です。約50度から60度の温度で黒ずみ、文字を浮かび上がらせる。そして今回のレシートを温めたもの、それはカイロですね。ポケットに共に入れていれば温められるのは必然です。加えて、レシートの短辺はおよそ5.8㎝が主流、比べて使用していた折り紙の長さは約15㎝の半分の7.5㎝で、大きさの説明にもなります。そして、重要なのはかの場所にも同じ状況が備わっていたということ。」

私は一度息を整え、続ける。


「怒られ紙、つまり今回のレシートを手に入れる可能性として、およそ一番高いものは母親が手にいれることです。買い物の頻度は誰よりも高いと考えていい。彼女は今日そうしたように買い物をし、帰り、物を置いた。レシートはコートのポケットに入れてあった。両手に重い荷物を持つ時に手袋をすると邪魔になり持ちにくく、手を滑らせかねない。だから、彼女は手袋をつけず、カイロを持っていた。」


言いながら、先ほど兄が荷物を渡さなかったことに合点がいき、少し申し訳なくなる。


「コートのポケット内のカイロはものの見事にレシートを怒られ紙に変化させた。そして、それをあるときそれを取り出した母親は思った。コートの中にこんなものを入れるなんて絶対、いたずら好きの兄だろうと。そして、母は怒った。いえ、でも…」


「でも、そんなことで怒られるものかと…そう思ったかい?」

前を向きながら、兄は問いかけ、続ける。


「先ほども言っただろう。怒られ紙という名前を付けたのはあくまでも男の子だと。母親の中ではそうでは無い。正しくは彼女の中で、そのレシートは怒られ紙にではなく、折り紙に変化したんだ。だからこそ、それを次男に渡し、次男はそれを正方形に切り取った。」


「そんなことは些細なことではないですか?」


「違うね。折り紙か、そうでないかは大きな差だった。折り鶴の数は僕たちが来る前で約500羽。僕たちの戸籍上の関係にたどり着くまでに、どれだけの親戚がいると思う。」


たくさんいただろう。しかし、それにしてはあまりにも…


「そう、少なすぎる。およそ僕たちに便りを送ろうという時には出来ていてもおかしくないはずだ。それなのにまだ半数だった。これは想像だが、あのほとんどを男の子が作ったんだろう、他の親戚は手伝いもしなかった。母親もあまり慣れている様子もなかったし、さらに今回に限っての問題は長男が参加していないことだった。」


グッと息を呑む。


「母親はコートの中の折り紙らしきそれを見て、こう思っただろう。『弟が頑張っている折り紙に兄があの手伝いもしない兄が手をつけ、さらにはいたずらにさえ使った』のだと。まさに母親の怒髪が天を衝くといったところだったろうね。」


言うと、兄は歩を速める。


私は後ろを離れないように近づきながら、手袋を外す。


「持ちますよ。」


「ありがとう。」

それだけ言うと、兄は素直にバッグを渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

折り紙の件 端役 あるく @tachibanaharuhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説