後半

キーンコーンカーンコーン


その鐘の音で彼女たちは散らばって行ってしまった。

さらに運の悪いことに、その後の時間はなくその話の続きを彼女たちとすることは叶わなかった。

彼女らのように学校に用のなかった私は仕方なく、帰路に着いた。

私も地蔵に祈るべきだったか?



~~

「と言う、話があったんです。」

私は目の前にいる。男性に声をかける。


「だぁぁああぁぁぁぁーーーちぃぃいいいぃいいーーーー」

扇風機を前に、奇声を上げている男性。兄である。私の兄である。

こういう姿を見ると、私も彼女の兄をうらやむべきなのではという考えが、頭をよぎる。


その瞬間、体を一気に加速させ、上体を下方向に動かし、腕を突き出す!


そして、扇風機のスイッチを止めた。


「クーラーをつけるので、扇風機は消してください。」

止まる扇風機からゆっくりと兄はこちらに向き直る


「嫌と言ったら?」兄の目が鋭く光り、こちらに視線を飛ばす。


「ふん、」

それだけ言うと、私は勝手にクーラーをつけた。兄がクーラーより扇風機派なことは重々承知している。この西洋風なインテリアに扇風機を勝手に持ち込んだのは他でもない兄なのだから。


この夏のクーラー、扇風機戦争の勝ちを譲った兄は私の座るソファの横にどっかりと座り込んだ。


「それで、どうでしょう?」


「どうって?」

分かりきっているだろうに、敢えて兄はこちらに質問を返す。


「さっきの話ですよ。神様というか、地蔵に祈った彼女の話です。」

そこまでいうと、観念したのか兄は考えだした。うーんとか、あーとか本当に必要な言葉なのか分からないが、少なくとも私には嘘っぽく聞こえるそれを兄は数秒続ける。


「本当に考えてます?」


「考えるも何も…ふみはどう思ったんだい?」


「私はそういうこともあるのかなーって思いましたけど。神様はいるのかなって。」

私は自分の考えを率直に述べる。


「ふみは有神論者か。まぁ、それも面白い考えだけれどね。うん。」


「違うっていうんですか?」


「いや、有神論を否定してるわけじゃないよ。ただ、今回に限ってはどうかなと思うところがあるだけさ。」


「どうって?」


「今回は、あまり深くなさそうだし、扇風機を取り返すためにもさっさと済ませるよ。」

そう言うと、兄は前のめりになり話始めた。


「今回の神の所業は大きく3つ。水泳記録の更新、届かないアイス、金のヘンゼルだ。まず、水泳の記録から。彼女は小さな時から水泳に勤しんでいる。記録が伸び悩んでいた彼女が、記録をぐんぐん伸ばし始めた。これはいつだ?」

面倒くさそうに兄はこちらに問いかける。


いつかなんて情報は無かったが、推理できるということか。

何か、時期を話したとすると、教室からの引き抜き…時期は小6の最後の時期。

すぐさまそんな引き抜きが来たとは考えにくい、どんどん伸びたと彼女も言っていた。

とすると時期はもう少し前。


「今から7,8年前。小5,6の時期でしょうか」


「およそ、その時期だと僕も思う。その時期あたりに女性はあるだろう。身体的に大きく変化する成長期がどんどん伸びる身長や、骨格に感覚がなじんできてから記録が伸びてきたのか、変化に感覚が合わずに記録が伸び悩んでいたところに、成長期が終わり体が慣れたのか。詳しくは分からないが記録がその時期に大きく変化してもそう珍しくもないだろう。」


「では届かないアイスは?」


「それはまず、前提として彼女がなぜそれを神様の存在証明に使ったか、と言うところからいこうか。別のアイスを手に入れた彼女はいつも祈っている神様からお返しをいただいたと思ったということだろう。それはつまり、今回に照らすなら、別のアイスであるベリーベリー&ラムネソーダが元の選んでいたものより良かったということになる。加えて、その手の届かない未知のアイスを彼女はなぜ食べようと、選んだものより良いものと思うに至ったのか。それはおよそ誰かが食べていたからだろう、兄か、はたまた他人なのか。ふみ、ちょっと頼みを聞いてくれないか?」


何を思ったか、そこまで言うと兄は立ち上がりこちらに向くと、私に言い放つ


「何でしょう?」

怪しさ満点の兄の頼みだったが、初めから聞かないと言うわけにもいかない。


「この本を持ってきて欲しいんだ。」

サラサラといつ出したのか謎のメモ帳に本の題名だけを書いてこちらに見せる。


題名を見、私は兄の勝ち誇り混じりの笑みと字に納得は出来なかった。

が立ち上がり書斎にあるだろうその本を探しに行った。

厭味ったらしいなと思うことを忘れずに



~〜

書斎に行くと、縦に3mほどの本棚の一つに目を通しながら目的の本を探す。

自然、文化、数学、様々なジャンルに分けられたそれのうちの文化の棚を探していた。


「せ、せ、…」

あ、あった

本を見つけた私は、再度その名前を確認してから本を棚から抜き出し、すっと立ち上がった。


ドンッ

私の体は何かにぶつかる。

背中からゾクっと登る違和感が、タタタッと首元まで上り詰める。


瞬時に持っている本を振りかぶるように背後にいる何かにぶつける。

重さ約300gの重厚な本は、腕の加速を加えられて私を円の中心として弧を描き進んだ。


グふッ

それは見事に命中し、背後の男は片膝を床につける


兄だ。私の兄だ。


「何してるんですか!いきなり背後になんてたって!」

やりすぎた感を禁じ得ない私は、強く兄に声を上げる


「な、気づかなかっただろう?僕が君の後ろから、上の方にあるもう一冊の本を取ってたって言うのに。」

そう言う兄は、片手で横腹を押さえつつ、もう片方には本を持っている。


なるほど、つまり

「彼女、後ろから誰かが上部にあるボタンを先に押したと言うことですか?」


「多分な、その状況は十分に起こり得るだろう。家のルールとしてアイスを買うんだから、兄が買うために後ろに並んでいてもおかしくはあるまい。妹の好きなアイスか分かってか、知らないが。まぁ、先の神のお返しの条件を考えるなら、兄は知っていた可能性は高いな。総じて出来はする。」


「じゃ、じゃあ残りの金のヘンゼルは?」


そこまで言うと、兄は大きくため息を吐き出す。


「妹よ、本気でたかがお菓子の当たりが出ただけで神様がいるって言うのか?そんなものは偶然でも、幸運でも当たりはする。詐欺でもない限りな。」


「でも、だからって神様がいないとも言い切れないでしょう?」

詰められる私は声を上げて、言い返す。


「それがそうでもない。」

兄は左手に持った、先の本をバラバラとくり始める。

その手をあるページで止めると、折り畳まれたそれを開き始めた。 


緑と黄色、水色を基調としたそれは紛れもなく地図だった。

それを眺めながら兄は話し始める。

「これは、〇〇市のお地蔵というローカル本だ。あった。この辺りだろう」


兄が指さす当たりに目を近づける。

しかしそこには紛れもなく、お地蔵様の一つも存在しなかった。


「どういうことですか?」


「そのままの意味だ。そこにお地蔵なんて存在しない。元々な。およそ、何かと見間違えたんだろう。何かそれっぽい石が積まれてあったとか、彼女だってある日突然、気が付いたと言ってたじゃないか。誰かが何かを置いてそこが、神仏に見えたんだ。だから言える、今回の件に神様は関さない。」


私はもう返す言葉はなかった。

力が抜けている、私に兄はそっと手を伸ばす。


「さっ、その本を読もうか。」

私の手には兄を殴りつけた本が握られている。

題名…


扇風機の極み〜歴史と深み編〜


その題名を改めて見て、私は満面の笑みを浮かべて兄に言った。


「嫌です」

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