祈りの件

端役 あるく

前半

「神様は存在するよ!」

私の友人(a)は恥ずかしげもなく、教室で言い放った。

幸い昼休憩の教室内は騒がしく、殆どのクラスメイトはその宣言に特に気を止める様子はなかったが、その内容と声の大きさは私の体をびくつかせた。

聞いていたのは私ともう1人の友人(b)だけだ。


「それで何でそんな話になったの?」

途中からこの突飛な話を聞き始めたbは、面白半分でその話を盛り上げるように質問を差し込む。


「だから、私、水泳やってるじゃん?」

aは優秀な水泳選手である。

水泳一家の彼女の家では水泳を習うことは常習的なことで、その習わしにはみ出ることなく彼女も小さな時から水泳教室に通い、泳法を体に叩き込まれ育った一人だ。

その流れでもって、中学、高校でも水泳部に入り、2年の今夏にあった先の大会では好成績を収めている。

日に焼けたその肌はまさにスポーツマンのそれだ。

その肌に窓から入る清風を受けながら、aは話始めた。


「今でこそ、私はこんなに大会に出て、結果を出してるわけだけどもさ。昔はそんなことなかったんだよ。もう、遅くて遅くて掻いても掻いても思うようにスピードが伸びなくて、もぅー大変だったのさ。」


「aの兄弟、すごいもんねー。お兄さんは身長も高いし、顔もかっこいいし、スポーツもできるってなんなの、弟君も水泳で地方紙に載ってたじゃん、あの可愛いらしい子!うらやましいなー、はぁーあたしのダメ兄貴にも見習ってほしいわ。まったく」


bは対比するように自分の兄をとことん卑下したが、彼女の兄弟を前にして強く出ることの出来る兄弟を持つ人物がどれほどいるかは数えるまでもない。

aの一つ上の兄と三つ下の弟はaに負けず劣らずの好成績を水泳において収めており、兄弟共に容姿端麗で学年が違う私たちにもその情報はそれなりに流れてくるほどだ。


「でも、昔からのっぽだけが取り柄な、不愛想で口もほとんど聞かない兄貴だけどね。まぁーあの兄弟たちも確かに昔は大きな障害だったわけで、越えなければいけない壁っていうか。で、そんな時に急に見つけたのさ。お地蔵様を。」

神妙な顔つきでaはそのことについてさらに話す。


「昔通ってた水泳教室の行き道なんだけど、石でできたお地蔵さんを見つけたの。祠もちゃんとあって空間も仕切られてあった。で、そんなの見つけたらもう祈るしかないじゃん。神頼みって言うか、お地蔵さん頼み。あたしは必死に毎日拝んだね。他に見習って、なけなしのお小遣いも使ってお供え物を添えたりもした。そうしたら、ある日を境にスピードがでるって感覚に気づき始めたの。もうそこからは止まることを知らなかったね。前しか見えなかったよ。」

「さらに、さらに、小学校を卒業するちょっと前くらいかな、今の水泳教室から声がかかってさ。そういえば、金のヘンゼルも当たったんだよ。いやーうれしかったなー。もう、これは祈りのおかげだって子供ながらに確信したよ。」


今の水泳教室のことも金のヘンゼルのことも知らないが、彼女の目からはそれがどれほどまでに珍しいことなのかがひしひしと伝わってくる。

「で、極めつけがこれでね。その教室での最後の練習だったんだけど。その日は昇級のテストがあったんだけど、うちのルールで昇級試験の日はその水泳教室の自動販売機でアイスを買うの。悩んでたんだけど、お金入れて、押したら別のアイスが出てきたの。ベリーベリー&ラムネソーダ、不思議じゃない?」


不思議だけれど、間違い、いやそれもないが、。

私が考えているうちに、aは何かを思い付け加えた。


「言い忘れた。そのアイス、最上段で私にはギリギリ届かないのさ。」

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