第21話 迷子

♠♠♠


 どうしよー……これって……あれだよな?


「はぐれたーーー!!」


 屋台の通りで叫んだ。周りの人が大声に飛び上がったけど、オレのことじろじろ見ただけですぐに忘れたみたいに歩き出した。


 迷子になっちゃった!

 さあやがいない! 赤いのとモコモコのが食べたすぎて早く歩きすぎた……走ってたかも……。

 今みたいに大声でそこら中走り回ってたら見つけてくれるかな……いや、あとでメチャクチャ怒られそうだ……なにか他の方法を……。


「なにかお困りかな? お嬢ちゃん……ぐへへ」


 肩を掴まれてねっとりした声が耳元で囁かれる。全身に鳥肌が立って「うおー!」と叫びながら腕を乱暴に振った。肘が何かにぶつかった。振り返ると男が一人ぶっ倒れていた——こいつは……。


「親切なおっさん!」


 初めてシンジュクに来た時にホテルとかパパの意味とかを教えてくれた親切なおっさんだ。この小太りとハゲのシルエット……覚えてるぞ!


「殴ってゴメン! だいじょうぶか?」

「全然全く問題ない。もっと欲しいくらいだ」


 すごい……鼻からも口からも血が出てるのにピンピンしてる。やっぱり只者じゃない。物知りだし、きっと名のある賢者に違いない。

 手を掴んで引っ張り起こすと、パンパンと白いシャツと茶色いズボンの土ぼこりを払った。


「この前はいろいろ教えてくれてありがとな! あの後なんか追われてたけど平気だったのか?」

「被害者が名乗り出なかったから証拠不十分で釈放されたのだよ。お嬢ちゃんのおかげだ」

「オレの? オレなんもしてないぞ?」

「『なにもしなかった』をしてくれたのだ。時になにもしないことが思わぬところで助力することもあるのだよ」

「おー……今の賢者っぽい」

「それで? なにかお困りなんじゃなかったかね?」

「そうなんだよー……一緒に来た奴とはぐれちゃってさー」

「それって親?」

「違うぞ」

「友達? 女の子?」

「うん。でもただの友達じゃないぞ!」

「ほうほう……ちょっとただれた関係?」

「ただれ……ってどんな関係?」

「淫靡な感じ?」

「いんびってなに?」

「ふむ……どうやらまだまだ知らぬことが多いようだね? よし、おじさんがお友達を探すついでにいろいろと教えてあげよう」

「ホントか!? また世話になっちゃうな―」

「気にすることはないのだよ。ささ、こちらへ」


 おっさんがオレの手を取って歩き出した。手汗ですごくヌメヌメする手だ。走ってきたのかな?


「お友達は何歳くらい?」

「二一」

「ふむ……たいへん良いお歳だ」

「歳に良いとか悪いとかあんのか?」

「そりゃああるとも! 特に二〇を過ぎてるかどうかで世界がひっくり返るほどにね」

「世界が……? そんな……二〇って数字にどんな秘密が……」

「それを説明するにはもっと自らのことを知らねばなるまい……お嬢ちゃんは何歳なのかな?」

「オレ一五!」

「ほう……それはいけないねぇ……いけないなぁ……」

「え……なんでだ?」

「いや、まだ判断するには早い……出身地は?」

「たしか……キョウト!」

「京都だって!? しかしお嬢ちゃんからははんなりエナジーを感じない……」

「はんなり?」

「京都弁のことだよ。シチュを構成するのに重要なファクターなのだよ。はんなりとした話し方が非常に想像を駆り立てるのだ」

「キョウト出身だと話し方変わるのか?」

「ザッツライ! だがお嬢ちゃんはそれを失っている。がっつり標準語だが……しかしはち切れんばかりのBH……これは関東圏の平均プロ―ポーションから遥かに逸脱している……」

「びーえいち……ぷろぽ……?」

「ちょっと……両腕を伸ばして体の内側に……」

「こうか?」

「……いかんな、パターンピンクだ。だいぶ進行しているようだ、たまらん、これは実践で体に教え込むしかない!」


 おっさんが走り出した。


「どこ行くんだ?」

「どこか人気のない場所へ!」

「でもオレが探してる奴この辺りにいると思うぞ?」

「案ずるな! お友達もおじさんの電波をキャッチしてすぐに向かってくる! お嬢ちゃんはモノを知らなすぎる! かのソクラテスも『無知の知』を提唱していた……だがまさかここまで『無知値』と『ムチ値』が比例的調和をするとは……無知を知に、さすれば恥と痴に昇華する……すぐにおじさんが教えてあげないと……今この時しか味わえないシチュを!」

「君たち、なにやってるのかな?」


 オレたちの前に二人の男が立ちはだかった。

 どっちも同じ服を着ている。なんか青くて、楓パパが着てたスーツとはまた別な雰囲気でビシッとしている。


「はっ! 迷子のお嬢さんを迷子センターに連れて行くところであります!」


 おじさんが敬礼しながら言った——迷子せんたぁ?


「人がいないとこ行くんじゃねーの? なんかいろいろ教えてくれるって……」


 そうオレが言った後は早かった。おっさんが一瞬で取り押さえられて片方の男に連れて行かれてしまった。親切なおっさんはオレに向かって親指立てて笑ってる。


「君ダメだよ、あんなのに付いて行ったら」


 残った男が話しかけてきた。


「そうなの? でもただの親切で物知りのおっさんだぞ?」

「物知りにも色々いるんだ。あれは絶対ダメな奴。とんでもない物痴りだよ。君は本当に迷子?」

「あぁ! 迷子だ!」


 その後は名前とかどこから来たか、誰と来たかとかを聞かれた。連絡先も聞かれたけど、オレはスマホって便利板持ってないから答えられなかった。


「家の電話番号も住所も分からないのか……最近の子はスマホ無いと何もわからないな……一緒に来た友達は知ってるのかな?」

「たぶんわかるぞ!」

「じゃあとりあえず迷子連絡所のある本部行こうか」


 そう言って連れて行ってもらった大きなテントには数人の子供がいた。ぎゃあぎゃあ泣いてたりぼーっとしてたり、みんなオレよりもずっと年下の子だ。みんな迷子らしい。


「泣くな! 初めての土地で遭難するのはよくあることだ! オレもここが山だったら風向きや地形を見て迷わず済んだんだけどな! 人多すぎだしどこ見ても似た風景だし仕方ない! だから泣くな!」

「変わった子だなぁ……さっきの変質者のことで詳しく話を聞く必要があるかもしれないから、お友達が見つかったら連絡先をそこのお姉さん教えるんだよ? じゃあまた回ってきますんで、あとよろしくお願いします」

「はーい。ご苦労様です」


 ビシッとした男はそう言って行ってしまった。

 このテントの主と思われるねーちゃんに名前を聞かれ、答えて、一緒に来たさあやの恰好とか年齢とかも聞かれて、「じゃあ放送するからね?」と一言言われた。

 なにがなんだかさっぱりだったが、とりあえずここで待っていればさあやが来てくれるらしい。

 オレは知らないことだらけだ。やっぱり親切なおじさんの教えを受けるべきだったんじゃないだろうか。


「あれ? あゆちゃんじゃね?」

「ん?」


 テント内のイスに座って人の流れを見ていると声を掛けられた。頭ツンツントゲトゲ……顔の印象は薄いけど髪が特徴的な男……ユッキーの部下の一人だ。


「なになに? もしかして迷子?」

「あぁ! 迷子だ!」

「めっちゃ堂々とするじゃん……やっぱかわいいなー」

「かわいいやめろ!」

「なははーゴメンちょー。友達と来たの? 男? なら抜けて俺と回んね?」

「やだ。さあやと来てるから」

「さあやちゃんならモチ歓迎だけど——」

「やだ! さあやとハナビ見るって決めてるし!」

「そっかぁ……残念」

「あ、友達来た?」


 テントの主のねーちゃんが聞いてきた。すぐにツントゲが反応する。


「はいはいはーい友達でーす!」

「じゃあ名前と連絡先教えてくれますか?」

「え? マジ? 俺モテ期来てね?」


 ツントゲはねーちゃんになんかの番号を教えると、急に険しい顔をしてキョロキョロ辺りを見渡した。


「なにしてんだ?」

「いや……こういうおいしい瞬間に決まって邪魔が入ることが多くて……今日は大丈夫みてーだな……ふぅ……」

「邪魔って?」

「……まぁ愛されてるが故の障害ってやつ? 要らん愛だけど。んじゃ、おねーさん連絡待ってまーす! あゆちゃんも待ったねー!」


 ルンルン跳ねながらツントゲは人の波に消えてしまった。


「あれ? 行っちゃったけど一緒に来た友達じゃないの?」

「あれ違う奴。一緒に来たのは別」

「そういえば一緒に来たの女の子だったわね。まぁ別の友達でも連絡先聞けたからいいか。あとでさっきのお巡りさんに渡しておくね?」

「はーい」


 よくわからないが返事をし、オレは暇だから同じ迷子の子供たちの遊び相手しながら待つことにした。


 早く来ないかなー。


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