第18話 すったもんだ
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「はっなーび! はっなっびー!」
大手を振ってニコニコのあゆと二人で街を歩く。楽しみな気持ちが抑え切れないのか、彼女の歩調がいつもより速い。私はベビーカー押しながらなので、足並み揃えるのに割と必死だ。
「見たこともないものをよくそんな楽しみにできるね?」
「見たことないからワクワクすんだろ? 冒険と一緒だ! なーハルキ?」
「あぶー」
ハルキはおしゃぶり咥えたまま答えた。昨日と同じくあゆにも懐く接待モードだ。今朝はいつもの無愛想モードだったのに。赤ちゃんの気分て本当にわからない。
「むっちゃ晴れたし、今更中止とかになんないよな?」
「雨さえ降んなきゃね。予報でもずっと快晴みたいだし、心配ないと思う」
「テルテルボーズのおかげだな! あれは良い魔法だ!」
「また勘違いして。ただのおまじないだから」
昨晩、遅く帰宅した楓パパに教えてもらい一緒に作ったそうだ。作りすぎたのか、今朝カーテンレールに吊るされる渋滞坊主たちを見てギョッとしたものだ。
私とあゆで一緒に転がり込んでから、銀次ママも楓パパも楽しそうだけど負担になってないかいつも不安だ。今日も本当は出勤だったのにシフト調整してくれたし、お小遣いも二人から個別にたくさん受け取ってしまった。使い切らないと泣くとまで言ってたし……ありがたいけど、疲れちゃうんだよな。
「なぁなぁ!」
俯いてたら煌めいた笑顔が覗いていた。全く気にしてないあゆが羨ましい。
「今から祭りに繰り出すのか? ハナビって夜からだろ?」
「うん。今午後一時だから、後五時間は先かな。屋台はやってるし場所も確保したいから早めに行くけど、その前に服ね」
「ふくー? このカッコじゃダメなのか?」
あゆはスカートの裾を掴んでヒラヒラ。パンツ見えそうになってるからベシッと手を叩いて止めさせる。
「ダメじゃないけど、お祭りにはお祭りの正装があるの」
「あれか!?」
あゆがビシッと指差した先には祭りの電子広告があった。御神輿担ぐ男たちのふんどしが引き締まっている。ふんどし締めて鉢巻法被姿のあゆを想像して思わず吹き出しそうになる。
「ふふっ……まぁあれも正装ね。でも女の子には女の子の正装があるの」
電子広告が花火の映像に変わる前に足早に先を進む。
それから一〇分ほど歩いたところで、大通り沿いのショーウィンドウが並ぶ店に二人で入った。
「いらっしゃーい待ってたよーさあやたーん!」
入店と同時に女性店員に詰め寄られ頭を撫でられた。
ブリーチかけたかなり明るい金のベリーショートヘア。右耳にピアスがこれでもかってくらい付けていて、首筋と耳の裏には蝶のタトゥー。服装は黒ジャケットに黒パンツ。相変わらずロックな見た目の店員さんだ。
好きなだけナデナデされると、今度はほっぺをぷにぷにつつかれた。
「予約した綾見です。浴衣の着付けお願いします」
ベビーカーを店内の端に寄せ、ぷにぷにを無視して伝えた。
「やーん他人行儀ー! 距離感じるー! おっけー任せて! その前に……吸ってい?」
ぷにぷにを止めた彼女が両手を威嚇する熊みたいに構えてにじり寄ってくる。
私はモジモジしながら顔を背け、両の掌を上にして軽く腕を上げる。ハグ待ちの構えだ。
「……どうぞ」
「しゃあっ!」
ガッツポーズの後思いっきりハグされた。首筋にピターッと顔をくっつけられすぅーっと力いっぱい鼻から息を吸っている。二分ほど吸われ「オゥ……」と恍惚な声を出してやっと解放された。
「え……なにして、なに……?」
店に半歩入った状態のあゆがドン引きしている。
「新手か……」
店員さんがあゆを睨みつけゆらりと構えた。あゆも只ならぬ気を感じたのか腰を落とし、二人は間合いを保ったまま円を描くようにすり足移動している。
「あぶぶっ」
ハルキが唇をぶーっとした瞬間、なんかの火蓋が切って落とされ、二人は中央で組み合った。
「なんだこいつー!?」
「この人は美容師の【鈴原芳華】さん。この店、銀次ママ行き付けで私やクラブの他のキャストもよく利用させてもらってるの」
謎の戦いを横目に私は淡々と紹介する。
「芳華よ! 歳は二五! 血液型B! さそり座の女! 身長一七〇センチ体重五三キロ! 上から八二! 五一! 七八! 彼氏いない歴四年! 趣味はキックボクシングとボルダリング! インスタIDはYoshinba_2P1! ハイフンじゃなくてアンダースコアよ! 友達追加よろしく!」
「芳華さん、この子スマホ持ってないの」
「うっそ! マジで!? いいと思う! SNSやらない子好き! 二人でいる時の楽しさ爆上がりだもんね! そんなアナログ褐色ギャルの香り……吸ってい?」
「やだこいつ怖い! 力も強いー! ま、負ける……! コ、【コサミン】! うおぉー!」
普通に魔法使うな。
「吸ってい? い? い?」
「吸われなさい! あゆ!」
「なんで!?」
「友達待遇で割引になるから! ちょっとの我慢だから!」
「やだやだやぁだー!」
「いーのかなァ? こっちだけに集中してェ……後ろを見なァ!」
「はっ……殺気!」
あゆの後ろにサッと小さな影が飛び出した。
「アン!」
「こいつは、たまに外で見るモコモコ!」
「犬ね」
胴長短足、白と茶色の毛並み。つぶらな瞳を向け短い尻尾をぶんぶん振るコーギー犬だ。超かわいい。
「奴は私の忠実なるしもべェ! 【ブンサブロー】! 別に三男ではなァい! 知ってる? 犬は挨拶で相手のSHI・RIを嗅ぐのよ!」
芳華さんに押され気味であゆは中腰だ。
ブンサブローは器用に直立し、柔尻に両前足を着いて鼻を——。
「行け……」
「行けェー!」
「だぶっ!」
「行くなーーーっ!」
あゆは吸われた。
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