第3章 声
~代弁者~
♥♥♥
「マホ」
背後から呼び止められ振り返ると、幾人もの兵士を従え、三角帽を被りエプロン姿の男が立っていた。三角帽から白金色のツヤツヤ前髪が覗いている。
「これはこれは【ヨードゥル・ヴァン・フォーリア】王子殿下。本日もご機嫌麗しゅうお過ごしくださいませ。では」
わたしは一礼して踵を返し長い宮殿の廊下を歩く。
「待て待て待て、ゆくな!」
わたしは「はぁ……」と仰々しくため息を吐き、仰々しくローブを翻して振り返り、仰々しく片膝を着き頭を垂れた。
「親愛なる王子殿下にお声を頂戴するなど、恐れ多いことでございます。わたくし目のような痴れ者にいったいどのような御用でしょうか?」
「やめてやめて、恥ずかしいだろう! いつも通り【ヨル】って呼んでいいから!」
周りの兵士たちはクスクス押し殺した笑い声を漏らしている。
わたしはすっくと立ち上がって両腕を組み、相手のほうが背は高いけど顎を上げて見下ろすようにヨルを睨みつけた。
「では恐れながら……なに?」
「もうちょっと忠誠心出してもいいと思う」
めんどくさ。
「……なんですか?」
「お台所を借りて焼き菓子を作ってみたんだけど、味見してほしくて」
「それじゃ」
返した踵をまた返し、スタスタ去った。ヨルは慌てふためいて追ってくる。
「待て待て待て、せめて一口! 午後から各国の王や識者が集う議会があるだろう? お近づきとしてテーブルに彩りを加えたいんだよぉ!」
「その議会にわたしも出るから挨拶回りとか資料確認とかで忙しいんですけど。ていうか、御呼ばれされた王子のあなたがそんなことやる必要ないし、そもそもお菓子囲うような和やかな会じゃないんですけど」
昨今の増加、活発化するスモックに対する意見と対策を講じる会だ。午後のティータイムなんかではない。
「他国の城の台所で呑気にクッキングなんて……そもそもよく借りられましたね。完全にナメられてますよ」
「王女様に頼んだら快く貸してくれたんだ。今も一緒にクッキングしてたんだよ」
タラシだなぁ。顔と人は良いからなぁ。
「無駄にたくさんいる護衛に頼めば?」
「いやぁ女の子の意見が——」
「御一緒してた王女様でいいじゃない」
「それが、料理中に倒れちゃって」
「倒れた? ……リルテさん」
わたしは足を止めて取り巻きの護衛に向け名を呼ぶ。男の兵士たちの中から若い女性が一人、素早く前に出てきた。
【リルテッタ】さん……秘書兼護衛、他雑務や内偵もこなすオールマイティな女性だ。
濃厚なバターのようなクリーム色のショートカットヘアに丸いモノクル。背が高く背筋も目付きもキリッとしている。「有能」って言葉が生を受け歩いているような人だ。本来護衛だって、リルテさん一人で充分だろう。確か、一五歳のわたしより八つは歳上だったはず。
「お呼びでしょうか、マホ様」
「王女様の容態は?」
「恋の病にございます」
「なら安心ね。いつものことだし」
「お噂通りの大変可愛らしいお方でございました。わたくしは推してもよいかと存じます。いかかでしょう? ヨードゥル王子殿下」
「い、いや僕はそんなつもりは……」
「はぁ……それは誠に残念なことでございます。すでに婚姻までの逢瀬予定をまとめておりましたのに」
「はやいはやいはやいはやい! はやいよぉ!」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」
「いやいやいやいや、褒めてない褒めてない」
「このリルテッタ、感激の至りにございます」
相変わらず王族をからかってるなこの人。
リルテさんはヨルに限らず常に王族や重臣の傍にいる。わたしとはヨルと顔を合わすようになった一〇歳くらいの頃から馴染み深い仲となったが、相手がヨルでも王陛下でも真面目な顔してからかっているのだ。
色恋沙汰に対してなにかおちょくってくることが多い。わたしも何度かいじられたことがあるが、嫌な気持ちは抱かない。信頼の成せるイタズラみたいなものだ。
「ちなみにリルテさんはお菓子を?」
「ご馳走になりました。大変美味でございました」
「リルテはなに食べても美味としか言わないんだ。参考にならないよ」
「もったいなきお言葉にございます」
「いやだから!」
私は「褒めてない」と首と手を横に振り続けるヨルに向き直った。するとリルテさんは察してすぐに身を引く。再び護衛の兵士たちの中に姿を消していった。
「国の代表なんですからシャキッとしてよ。ただでさえ陛下がアレなのに」
「まぁ父上はあんなだけど、だからこそ腹の探り合いなんて馬鹿らしく、議会は進むだろうって噂されてるよ」
「もっと恥じなさいよ」
「いやぁ争いにならないのが一番だよ」
「各国の王妃王女侍女に怪文書送りつけて戦争になりかけたの、まだ記憶に新しいんですが」
「ポエムのつもりだったらしいが……」
「……ヨル、あなたはまだマトモなんだから、あんな大人にならないでよね」
「いやぁ世界に名を轟かす大魔法使いに褒められると照れるなぁ」
なよっちい声にイラつきが額に広がる。
「なにそれ嫌味?」
「いやいやいや、純粋に嬉しいんだよ! 子供の頃から一緒だった君たちが、それぞれ高みへ昇ってる。こんな誇らしいことはないよ。君は過去類を見ない大魔法使い、クリスは他国でも一目置かれる冒険者、ノーラは父上の筆頭近衛兵となった。それに比べて僕は……」
ノーラが筆頭になったのは邪な意思を感じる。
「そう自信なく話すから嫌味ったらしく聞こえるの。あなたの空を自由に飛ぶ天授魔法は素敵よ? 剣の腕だって誇れるものじゃない」
「ありがとう。でも、そのどれもがそこそこなんだ。天授魔法は君だって使えるし……」
「素敵だと思ったから使えるようにしたの。もう……」
向上心はある。公務の合間に勉学も修行も欠かしてないのも知ってる。クリスみたいにもっと図々しく生きれたらいいのに。
半分自分にも言うように思い、ヨルの灰色の目を見つめ直した。
「背筋!」
「はいっ!」
ピンと伸びた背はわたしよりも頭一つ半高い。
「強さより、あなたにはまず王として高みに至って欲しいのです。今日の議会の議題は?」
「えーっと、スモックの極端な増加について、だね」
「昨今のスモックの活動傾向は?」
「無差別だった破壊衝動が家屋など建設物、物資運搬の荷車、農場といった施設などに集中。しかし、人は襲わなくなった」
「報告では生活圏の破壊もそこそこに止め、消滅する前に姿を消してるみたい。人を襲わなくなったのも含め、どうしてだと思う?」
「知能がついたのだと思う。人はスモックを生み出す謂わば苗床。生活圏だけ損壊できればそこに住む人々からスモックが生まれる。破壊し尽くしたら人が生活できず、死ねばスモックは生まれない。だから人も襲わない」
「なんだ、ちゃんと資料に目を通してるじゃない」
そう。今まで生物として定義してこなかったスモックが明らかな動物的思考を手にしている。生物的、魔法的進化なのか、それとも何か裏に……。
「それじゃあ一国の王としての意見は? どうしたい? どうすればいい?」
「それは……」
ヨルは少し言い淀んだが、真っ直ぐにわたしを見つめ直して口を開いた。
「知識がついたんなら、話し合いができるんじゃないかなぁ。和平を結ぶとか、彼らに土地を与えて人とは棲み分けて。スモックなんて多少は生まれてしまうものだし、勝手に仲間は増えていくよって教えてあげるなんてどう?」
背筋がへなった。顔も。
わたしは大きくため息を履いて眉間を摘む。途端にヨルの額が汗ばんで余裕が消えていく。
「はぁ……ヨル、あなたは人としては好きだけど、王としては……」
眉間から手を離すと、ヨルの持つ皿を彩る焼き菓子が目に入った。一つ摘み上げ口へ放る。もぐもぐごっくんして指を舐めた。
「甘すぎ。頼むから、もっと塩辛い非情さも持って」
「……はい……うぅ、まるで母上のようだ」
「わたしの子ならこんな甘っちょろくはならない」
ぴしゃりと言った直後、突如わたしの背後に雷鳴と雷光が轟いた。
ヨルが尻餅付いて護衛たちが慄く中、わたしは振り返ってぺこりと一礼する。視線の先には強面のお爺さんが立っていた。ツンツン逆立った白髪に古傷だらけの顔、細身の黒いパンツとシャツの軽装……服の上に浮くムキムキ筋肉を見せつけるような恰好だ。
「お久しぶりです【ターゲン様】」
「おうマホ、久しいなァ。初めて会った時はこ~んくらいちんちくりんだったのによォ」
ターゲン様はいつの間に取ったのか、ヨルの手作り菓子を摘まんでわたしに見せつけてくる。目の前に立たれるとわたしより頭三つも背が高い。歳はもう七〇過ぎなはずだが、背筋も伸びて引き締まっており老いを全く感じさせない。
「ミコルのババァは元気か? 久々に会いに行ってやろうかなァ」
「元気ですよ。おばあちゃんは会いたくないって言ってました」
「ターゲン殿、もう少し優しい登場を頼みたい」
ヨルがへっぴり腰で立ち上がり言った。
「ワシの迅雷魔法はご存じでしょう?」
迅雷魔法……雷を生み操る魔法。
それを移動魔法として昇華させたターゲン様オリジナル魔法が、先ほどの落雷だ。
自分の魔力を込めた血や髪の毛などでマークした場所、人物の元へ雷となり瞬時に飛来できる移動魔法。他にも斥力を発生させ力場を作るなど応用もきく便利な魔法だ。
わたしの持ち物の中に彼の髪が織り込まれた栞がある。それを元に移動してきたのだろう。
わたしも使える。昔一度見ただけで再現して見せたら、ターゲン様は物凄い苦い顔をしていた。それ以来わたしを呼び捨てするようになってしまった。以前は「マホたん」て呼ばれてたけど、気持ち悪いからむしろよかった。
迅雷魔法は便利だけど、他に浮遊する魔法も使えるし、考え事しながら移動や旅がしたいわたしには正直不要な魔法だ。
「ワシのことより、ヨードゥル王子……先ほど、ご一緒されてた姫様の目が覚めそうですぞォ? 男として傍にいてやんなきゃダ~メでしょうがァ」
「え、大変だ! ほったらかしだ!」
「ほれ、行った行った」
半ば追い払われるようにヨルは護衛と共に去っていった。やっぱり王の貫禄はない。
「あ、マホ! 味見ありがとうねー!」
……友達としてはいい人なんだけどな。
長い廊下で姿が小さくなっていくヨルに小さく手を振った。護衛の中にいるリルテさんがこちらにペコリと小さく頭を下げる。同じようにわたしも頭を下げた。
角を曲がって姿が見えなくなったところで、隣のターゲン様を横目で見る。いつの間にか焼き菓子を皿ごと奪っていたようで、食べかす落としながらバクバク口へ放り込んでいる。
「いまリルテッタたんいたかァ? あのオネーちゃんイイ体してるよなァ? 確か妹たんもかわいかったよなァ? ちょっと顔と名前思い出せねェけど」
「【ジルテット】さんですね。たぶんさっきの護衛の中にいますよ」
「あーそんな名前だったかァ。おっぱいとケツは思い出せんだけどなァ」
「ターゲン様、下品。食べ方も話してることも」
「硬てェこと言うな。別に誰も見てねェし聞いてねェし」
「わたしわたし」
「ワシとおめェの仲じゃねェのォ。昔みたいに『おじ様』って呼んでくれよなァ」
「大おじ様、もう歳なんだから甘いのダメ」
わたしが皿を取り上げると、ターゲン様は「にしし」と笑って口の周りの食べかすを舐め取った。
「まだまだ若けェぞ? 一昨日も街で声かけたオネーちゃんに深海の森に実る極彩色の宝玉をせがまれてなァ。一緒にランチ食う約束でぴゃぴゃっと日帰りで行ってきたとこだァ」
「またですか……おねだりと見返りが合ってないんですよいつも」
「キレェなオネーちゃんとメシ一緒すんのは充分な見返りだろうがァ。そん先はオネーちゃんからお誘いがあった時だけだァ。おっと、お胸がまだまだお子ちゃま大魔法使い様には早かったなァ」
分厚い胸板にパンチを食らわせた。ダメだ。喜んでる。
「ご飯代もあなたが払ってるんでしょ? いいように使われてますからね、それ」
「がァっはっはっは! いいんだよそれでェ! 若さは若けェ奴から貰うモンよォ! いろんなオネーちゃんのわがままに振り回されんのが若さの秘訣だァ!」
「もう……知りませんからね? いつか腰やって足もやって頭もやられちゃうんだから」
わたしは呆れながら宙に指で円を描く。緑に光る円の縁を掴み、ピンの蓋のように回してパカッと開けた。中の異空間に菓子を皿ごと放る。キュッと蓋を閉めると光る円は消えた。
「空裂魔法か。それも雑に裂くんじゃなくパカッと。確かすこねむ団長の魔法か。あの団長たんも美人だったよなァ」
「【フェニア】団長はあなたには興味ないですよ? スモック退治に忙しいですし」
「へェへェわかったよ。しかし高位の魔法を息するみてェに……ほとんどの人間が二つ三つほどの魔法しか使えねェ中、三桁の魔法を使いこなす大魔法使い様はやっぱ違いますなァ」
ヨルと違い、完全に嫌味だこれは。
「あなたはお得意の迅雷魔法だけですものね」
「だがワシのは精度が違う! この迅雷魔法一本で、空を刺す霊峰、天弓の根、海淵のさらに底まで踏破したモンよォ!」
「片道でいいですからね。危険になったら即帰れるし」
でも、実際開拓者として多大な貢献をしているのも事実。
ターゲン様はどの国にも属さない組織——というより、ただの自宅兼修行寺なのだけど、その寺院の師範だ。好き勝手探検したり修行っぽいことしているうちに弟子が増えていき、各国でも一目置かれる組織となった。
時には国の依頼で未開の地の調査へ赴き、時にはただ暇を持て余し、時にはちょっとした言付けを伝えるだけの仕事で日銭を稼いでいる。
片道だが過酷な冒険の中で培われてた強さも半端じゃなく、国お抱えの戦士たちが素手であしらわれるほどだ。
見習い冒険者だったクリスも弟子の一人だ。メキメキ実力伸びて面白くなくなったのかすぐ破門にされてたけど。
おばあちゃんとは古い付き合いだそうで、わたしやノーラも小さい頃から面識がある。
「ターゲン様も議会に?」
「おめェもか。ノーラたんはいねェの?」
「ノーラは王陛下の護衛です。ノーラの先輩であなたのファンの【クゥシャ】さんも一緒ですよ? 会いますか?」
「いや、あの子はかわいいが……」
「不満ですか? スタイルもいいじゃないですか」
「ワシ、柔らかい子、好み」
「ちゃんと女性らしいムキムキですけど? あなたに憧れて鍛えたって言ってましたよ? かわいいじゃないですか」
「あの子筋肉しか見てねェからな……ノーラたんはプリプリで柔らか~いエロい体してるよなァ!」
「あなたも女性の柔かい部分しか見てないですけどね」
「卑下すんなって! 背は伸びたんだから胸や尻もこれからよこれから! クソガキは?」
「クリス! ……は来てませんよ。要人でもなんでもないし。東国の巨大湖の底に手付かずの鍾乳洞見つけたとか言ってたんで、今頃そこへピクニック中じゃないですかね」
「愛だよなァ把握してんのが」
ターゲン様の脛にゲシッと蹴りをかます。「がはは」と笑うだけで全然効いてない。
「でも珍しいですね。世間のことなんか興味なさそうなのに」
「ねェよ。スモックなんざ全部ぶっ叩きゃいんだしよォ。ただな……デルクスの奴が来るって聞いてなァ」
「デルクス様? スモック研究の第一人者ですから適任でしょう。確かお弟子さんでしたよね?」
「元な。剣もそこそこだったがワシの迅雷魔法を唯一使いこなせた弟子もアイツだけだったな。優秀だったが、な~んかいっつもブツブツ言っててなァ。気味悪りィから破門にしたんだ」
「そんな理由で……」
「んにゃ、でもあいつあっさり納得して出てったぜェ? おめェも独り言多かったもんなァ。同情かァ? 」
「しませんよ」
私のは正確には独り言ではない。【彼】との会話だ。まぁ誰にもわからないだろうけど。
「それで、なにか気になるんですか?」
「気になるってほどじゃねェんだがよォ……スモックが別名なんて呼ばれてたか知ってっか?」
「別名? そんなのあるんですか?」
「古い呼び名だ。『深淵の代弁者』と呼ばれていた」
「はぁ……確かに、心の奥底にある膿を代わりに吐き出してるような存在ですし、その名の通りですね」
「あいつ、弟子入り志願の時そう名乗ったんだ」
「デルクス様が?」
「あぁ。そん時は恥ずかしい野郎だなって思って即忘れたが、あいつがスモック研究を公言し始めて思い出してよォ。それで昨今の騒ぎだ」
「なにか関係があるんじゃないかと?」
「なんとな~く、な。スモックはそもそも、大昔は人が生むのではなく自然に潜む者とされていた」
それは知っている。そして心の中で訂正する。大昔じゃなく、今もだ。
日頃すこねむの活動で人から生まれるスモックを処理しているが、わたしはそれとは別に【彼】の頼みで自然界にいるスモックを討伐している。他の団員含め誰にも話したことがない秘密裏の活動だ。
自然に潜むスモックは人から生まれるものより凶悪で強い。危険な時もあったが、これまで一人で対処してきた。今後も変わらないだろう。まぁ一度だけ、討伐中に自由気ままに旅してるクリスに出くわして結果的に手伝ってもらったことはあるけど。
なぜ人から生まれるはずのスモックが自然に潜むのか……その答えも知っている。
私は初耳だと嘘のリアクションを取りつつ、先を話すようターゲン様に促した。
「ワシも生まれるもっと前の……戦争が盛んだった時代の話だがなァ。ワシの曽爺さんに聞いた話だ。さっき言った別名も含め、今の世で知ってる輩はワシくらいだろうよ。ワシみたいないわゆる冒険者や開拓者も、その時代はスモックの討伐や巣の捜索を目的とした野郎共だった」
「なるほど確かに。俗に呼ぶ冒険者は存在意義が……おっと、失言でした。貿易も盛んですし、未開の土地などほぼなく、危険な生物も人間の生活圏に下りてこない。冒険って、ただ行きたいところに行って帰ってくるだけですから、ただの遊び人ですもの」
「失言が濃くなってねェか? ま、未開の地がなくなりつつあるのはワシの功績だがなァ!」
豪快な笑い声を聞き流し、わたしは人差指を唇に当ててかつてのデスクス様の姿を思い出す。
浅黒い肌、割れた唇、白髪交じりの黒い長髪。歳は四〇前だったと思うが、猫背と疲れ切った顔のせいで一〇歳ほど老けて見えた印象がある。
一度接する機会はあったが、気難しい人って印象だけで特別不審に思ったことはない。いつ息吸ってるんだろうってくらい途切れなく早口に話す人で、相槌を打つタイミングに困ったって記憶があるくらいだ。
情報がない。彼がどう話しどう行動するのか、想像もつかない。議会中に見極める必要がある。
考え込んでいると、ターゲン様に背中を強く叩かれて前に倒れそうになった。がははと笑いながら何度も背中を叩いてくる。
「ま、心配いらねェよ! 変な野郎だが修業は真剣に受けてたしよ!」
「真剣な人を変な理由で破門にしないでください。——まぁ、わたしも気にかけておきますね」
背中への張り手を避けながら言い、そのまま廊下を歩きだした。
「では、後ほど議会で」
「おう!」
気持ちよく手を大振りするターゲン様を横目に見つつ、背を向けて別れた。
議会中にターゲン様がデルクス様に迅雷魔法からの一閃で刺殺され、一国軍隊を凌駕するほどの夥しいスモックの群れに蹂躙され、日が沈むまでの間に国が亡ぶだなんて、思ってもみなかった。
♥♥♥
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます