第16話 告白
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「あ、ここで大丈夫です~」
ユッキーの言葉に楓パパは頷き停車させた。ユッキーは助手席から降りてぺこりとお辞儀する。
「すみませんです~近くの駅まで送ってもらっちゃって~」
「いえ、こちらこそ面白いお話をありがとうございます。次は是非、魔法の国のお話を聞かせてください」
「モチのロンです~。次は飲みの席にしません~?」
「えぇ、是非。あゆ君、挨拶はいいのかい?」
「あ、するする!」
オレは車を降りてユッキーと向き合う……でも、目の前にいるのは見慣れない中年男だ。昔馴染みの女の子の姿だったならいくらでも言葉が出てくるのに……なんて言ったらいいんだろう……。
「飲み……ってお酒?」
「うんーそうだよー」
「オレはまだお酒飲んじゃダメなんだって。オレと違ってもうお酒飲める歳なんだよな、ユッキーは」
こんなこと聞きたいわけじゃねーのに。
「そうなの~もうオジサンだからね~。あゆちゃんもー大人になったら一緒に楽しもうねー! そうだ! 聞こえちゃったんだけど―今度の花火大会! さあやちゃんと行くんでしょ~?」
「うん。約束した」
「隅田川の花火大会でしょ~? 浅草ならさ~、これ!」
ユッキーがスマホって便利板を見せてきた。
四角い板の中に昼間の背の高い建物が並ぶ風景が映っている。それから金色の……。
「うんこ?」
「んも~うんちじゃな~い~! これはー……なんだろ? ……お酒のオブジェなの~! すごいでしょ~こ~んな神聖な金ピカオブジェが建つくらいお酒は偉大なの~。アタシなんて待ち受けにしてるんだから~! アタシたちお酒好きの大人は飲んだらみ~んな『このために生きてる!』って言っちゃうくらいなのー! 金曜の夜なんてもうすっごいよ~? 花金って言ってね~、この辺りの飲み屋なんて酔っ払いで溢れちゃうんだよ~! 一週間の疲れやストレスからも解放されて~スモックなんて無縁なんだから~!」
でもスモック出したじゃん。
「ど~お? 大人になるの楽しみになってきた~?」
「ぜんぜん」
「んも~!」
ユッキーはぷんぷんして地団太踏んだが、すぐに穏やかな顔に変わった。
「アタシは大人で、キミは子供のままで……きっともう、同じ歩幅では歩けないんだねー……ねぇあゆちゃん……いや、今だけクリスくんって呼ぶね。アタシも今だけノーラ。実はね~キミに今までずっと言いたくて言えなかったことがあるの~」
「言いたかったこと?」
「マホちゃんの手前、どうしても言えなくって~……前世では結局ダメで死ぬ瞬間後悔したから~勇気出して、言うね!」
「お、おう。よくわからんが来い!」
「ありがとー……伝心魔法【キュー・ノンタン】。ばきゅーん!」
ノーラの指先から真っ赤な光が放たれ、オレの胸を撃った。
風が吹き抜け、瞬く間に景色が一変する。草花の香り、鳥の声、緩やかな陽だまりの中にオレはいた。ここは小さな頃、よく遊んだ隠れ泉。泉の中の一本樹にツリーハウス……マホが見つけた秘密の遊び場……懐かしい……。
「クリスくん……」
キョロキョロしていたら声を掛けられた。戦闘中頭の中で響いていた女の子の声……。
振り返ると、目の前には真っ白な衣を着た女の子——ノーラだ。くりんくりんの赤髪ときゅるんきゅるんの真っ赤な瞳を輝かせオレを見ていた。瞳に映るオレの姿は金髪褐色肌の女の子じゃない。深い青髪と碧眼……懐かしの自分の——クリスの姿だ。
ノーラはお腹の前で両手の指を絡ませ頬を赤らめている。時々足元を見ながらもオレの瞳を見据え、すぅ~っと大きく息を吸い、ぎゅっと瞼が閉じられた。
「ず〜〜〜っと……好きでした!!」
「…………ん?」
「小っちゃい頃からずっと! まっすぐなとことか強くて頼りになるとことか、なんでもおいしく食べるし行きたいとこやりたいことすぐ言ってくれるし、辛い時元気なとこ見てるとがんばろって思わせてくれるし、言うことズレてるとことかもかわい〜って思うし、いつも早起きで寝癖ぴょこぴょこでだれよりパワフルでそれでいてだれよりも早寝でぜんぜん大人にならないとこもんぎゃカワ! 寝顔もちょ〜キャワワでお話中に突然パタッて寝落ちした時はもう『あびゃーっ!?』って言っちゃったし、一日の出来事全部教えてくれて全部どうでもいいことなのに無性に愛おしく感じちゃうし、マホちゃんとケンカしてしょんぼろりんな時とか頭ポンポンして『ダイジョブだよ〜』って慰めてあげると『うん!』ってすっごくチョロカワ! てか『うん!』て! 元気いっぱいの『うん!』はヤバいよ〜涎出たわそん時! その涎見てムッチャ心配してくれて顔近づけて『大丈夫か?』って急に男の子の感じ出されてもっと出ちゃったし、お腹減ったのかと勘違いされてポッケから粉々になったお菓子出してきて『オレ腹いっぱいだから』って白い歯輝かせたドヤ顔でもうダメだった。ほんと〜に毎日キュン死させてきて、もう全部しゅきぃ……それからね」
まだあった。
今言われたこと——もう半分くらい覚えてないけど、ユッキーじゃないノーラの気持ちが伝わってくる。この姿や景色、空気は伝心魔法が見せてくれるノーラの思い描いた風景だ。実際に喋ってるのはおっさんだと分かってるけど、目の前にある心は紛れもなくノーラだった。
ノーラの告白は続き、いつの間にかなになにをやったね、どこどこへ行ったね、と思い出話に変わっていた。オレもあの時はああだった、この時はこうだった、と気兼ねなく返せた。
小さな頃からいつも一緒だった。一緒にいたずらしまくったし、マホも伴ってどこへでも行ってなんでもやった。だいたいオレとノーラが無茶してマホに助けてもらって怒られる流れだ。車内で思い起こしていた情景が色を取り戻していく。
「よかった」
思い出話に区切りをつけ言った。
「ノーラは知らない奴になってたけど、オレの知ってるノーラのままだった」
「クリスくんもクリスくんだったよー」
「そうかな?」
オレは振り返り、温かな陽だまりの泉で場違いに止まっている車を見た。車内でさあやが変なものを見たみたいな、口を半開き眉を顰めた顔でこっちを見ていた。
「マホも……そうだといいな……」
「クリスくん……」
ノーラへ向き直ると、目を細めて微笑む顔があった。
「あ、それで……オレをスキって言ってくれたけど……」
誰かにスキだと言われたのは初めてだ。それも、いつも一緒にバカなことやってたノーラからだなんて変な感じだ。なんだかくすぐったい。広瀬あゆは愛の告白を受けたことがあるんだろうか。どう答えればいいんだろう。
「オレ……」
「あ、答えは言わなくていーよ。わかってるし」
「へ?」
呆然とするオレを前に、ノーラは指をパチンと鳴らした。オレの胸にあった伝心魔法の光が消え、景色は夜のシンジュクに戻った。
ノーラの姿もユッキーのおっさんに戻る。すっきりした顔とキラキラの瞳で笑ってた。
「この告白は過去をキレイな思い出にするため。前世の、ノーラとしての自分に決着をつけるためのもの。付き合わせちゃってごめんねー」
「えーっと……」
「アタシは文房具メーカーに勤めるサラリーマン中峰幸隆。家に帰れば愛する妻と来年高校生になる娘もいる。家に居場所がなく、娘から無視され靴下すら一緒に洗濯するのを拒否され、ペットの犬より扱いが悪い。最近じゃ頭頂部に不安を覚える、どこにでもいる中年男。だからいたいけな女の子にこんな告白したらホントは事案なんだよクリスくん」
「じあん?」
「周りがざわついてて正直後悔してるけどー、でもねー? 言えなかった後悔の方がずーっとおっきーからアタシは満足!」
ノーラは「ふぅ」と一つ息を挟んで続ける。
「ずっと不思議だったのー……性自認はがっつり男なのに、アイドルのフリフリ衣装や水着とか……ショーウィンドウの服もすれ違う女性もつい目で追っちゃって、でもエッチな目で見てるつもりはなくて、自分で着てみたいって憧れが強かった。前世で着まくってたから、魂が望んでたんだねー……思い出して頭が晴れた気分だよー。今まで自分を変態だと思うこともあったけど、もう大丈夫。今日、キミに会えてホントーに良かった!」
「ノーラ……」
「もう夢見がちな女の子はおしまい。これからは夢見がちのオジサン、だよ! ノーラって名前も心にしまっておいてー、改めてユッキーって呼んでね!」
「ユッキー……」
「でも疲れきったオジサンに戻る気もないのー! 楓さん……は女性なんだけど、楓さん見てたらアタシの中の女子が燃えてきたわー! アタシ、イケオジ目指す! まずはこのポッコリしてきたお腹の内臓脂肪を亡きモノにしてやるわー! 鍛えて! 肌ケアして! 育毛して! 見下し家族を見返してやるのー! 家庭内ヒエラルキーの頂点目指すわー!」
ユッキーの瞳と背後にメラメラ炎が見える。またチョロ毛が焦げちゃうぞ。
「ゴメンねー勝手に盛り上がっちゃってー。周りも騒がしくなってきたからアタシそろそろ行くね! アタシの連絡先、渡した名刺に書いてあるからいつでも連絡してね! さあやちゃんにもヨロシクね!」
「あぁ!」
「それから! 女の子なんだから『なんでもするから』なんて、もう絶対言っちゃダメだゾ! 男なんてほとんど下半身主体なんだからー! ……アタシも含め」
「うーんと……あぁ!」
女は「なんでもする」って言っちゃいけないのか。困った。前世ではスモック抑制の最終手段だったのに……。
「嘘でしょ……」
横から絶望した声がした。見ると知らない女の子がユッキーを見て青褪めていた。明るい茶色の長い髪を両側で結んだ子だ。背はオレよりもチビ。
「お父さん……」
「みゃーちゃん!?」
「みゃー?」
「あゆちゃん、こちらアタシの娘の【中峰魅耶】。みやだからみゃーちゃん」
「ノーラの……ユッキーの子供かー。なんか変なカンジ……あゆです! よろしくな!」
「あ、ども……いやいやいやなに紹介してんの……? マジじゃん……ありえない……こんな歳変わらん子に告白とか……」
「えー!? 見てたのー!?」
「お母さんに言う……」
「ま、待ってー! 違うの違うのー! これは——」
「近寄んな! マジキモい! きもきもきもきもきもきもきもきもッ! サイアクッ! もうやだ……ぜったいないってホントは信じてたのに……死んじゃえ! ばかぁッ!」
みゃーは泣きながら駅の方へ走っていった。ユッキーも慌てて追いかける。
「みゃーちゃん待ってー! あ、あゆちゃん待たね! また会いに来るからね! ……無事だったら」
汗だらだらでユッキーも行ってしまった。
オレは姿が見えなくなるまで手を振り、手を下ろしたところでふと疑問が湧いた。
「そういやあいつ、ノーラが目覚めてもユッキーの記憶持ったままだったな」
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