第14話 ライジングサン
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首都高を車と同等以上のスピードで走り抜けるオレとワニワニ。三車線の道路を切り替えしつつ攻防を重ねている。クラッシュしないよう誘導し時には先行車を抜き去るが、抜かれた車はオレたちに驚いて速度を落とすので今のところ被害はない。渋滞もなく、このままワニワニが消滅するまで耐えられたらいいが……。
地上での戦いでいくつかわかったことがある。
一つ! ワニワニの弱点は目玉! 見たまんま。突き刺さったヘアピンの傷から魔力が靄となり漏れ出てる。
二つ! 必殺技のごんぶと光線は超強いけど魔力消耗が激しい! 隙もでかいしあれを連発させれば早めに消滅させられるかもしれない。こっちも死ぬ思いだけど。
三つ! オレの体、超柔らかい! ワニワニに食われそうになった時も一八〇度開脚してつっかえ棒になれたし、攻撃避ける時もぐりんぐりん動く。可動域がかなり広い。クリスの時はつま先に指も届かないくらい硬かったのに、女の体ってすごい! それともこの体が特別なのか? 代わりに力が弱くて強化魔法かけてても格闘であの巨体に勝てそうにないけど。
四つ! 魔法があと数回しか唱えられない! 戦いが長引けば痛みや疲れが不満となって魔力がある程度溜まるけど、それをずっと上回る消耗だ。さっきでっかくした標識……あんなおっきくするのだいたいとどめの時だからなー。元々オレ魔力少ないし……マズくね?
最後! 味方がいる! さっき「上だ」と首都高の逃げ道を教えてくれた誰か。気のせいなんかじゃない。だって——。
『あぶないー! そこー! あーおっしいー!』
今も脳内でうるさいし。
「おまえだれ?」
『えー? ひっどーいー! クリスくーん忘れちゃったのー?』
「え? クリス?」
オレの前世の名前を……そんでもってこの間延びした撫でるような話し方……。
「ノーラか!?」
『あったりーいぇーい!』
「おまえ、生きてたんだな!」
『えー死んじゃったけどー? キミといっしょだよー転生したの! てんせー!』
「あぁそっか……声はこれ伝心魔法か。今どこに——うおっ!」
背後から矢じりのように何かが飛んできて会話が途切れる。前方の道路に突き刺さった鋭くて黒光りする刃物。通り過ぎると靄になって消えた。視線を背後へ向けると、同じ刃が超速で飛来してきた。
「自分の牙を折って飛ばしてきてやがる! 器用だな」
『説明も再会の感動も後回しー! サポートするから、コイツぶったおそー!』
「おう!」
『それで、どーしたらいーいー?』
「周りの車どうにかできないか? ぶつからないように誘導してるせいか思ったように動けねーんだ」
『おっけー! んじゃー今から好きに暴れていーよー!』
「おっしゃあ!」
速度を緩め小さくジャンプ。追いついてきたワニワニに噛みつかれる瞬間、道路を三日月ヘアピンで突いて軸をずらし避ける。体を捩りながら眼球に突き刺さったままの太陽ヘアピンに掴まった。足を巻き付け、全身を揺らしぐりぐりと抉る。
傷からさらに靄が漏れ、ワニワニは苦しみながら吠えて蛇行。しかし速度は増し、先行車が間近に迫ってくる。
「ぶつかるぞ!」
『おまかせあれー。変転魔法【ネルネ】!』
頭の中で呪文が響いた直後、ワニワニが先行車に後方側面から突撃してぶっ飛ばした。
べちゃ。
車は破壊されずばいんと跳ねて高い外壁に虫みたいに引っ付いた。運転手が虫みたいに泣いている。
『ぶつかる瞬間に材質をゴム状に、その後すぐにとりもち状にしてみたよー!』
「やるぅー! 昔から得意だったもんな、変転魔法!」
『さぁーどんどんいっちゃってー!』
「おう!」
思いっきり体を揺らしてしならせた太陽ピンが戻る勢いを利用し、三日月ピンも目玉に突き刺す。噴き出した靄を浴びながらグリグリ押し刺していく。
テイ"ジー!! ガエラセロ"ーーーッ!!
「うるっせ……ちょ、そっちはヤベーって!」
耳を劈く叫びの後、ワニワニは暴れながら対向車線へ入ってしまった。瞬く間に何台も対向車が迫ってくる。
『うぎゃーーー! 【ネルネルネルネルネルネルネルネルネルネルネルネルネ】!』
踏みつけられ、ぶちかまされ、正面から一掃される車たちが埋まったり跳ねたり壁に貼り付いたりヒラヒラ飛んでいったり。後続車もどんどん突っ込んでくる。
「まーがーれーーー!」
太陽ピンにしがみついて左に全体重を傾ける。しかしワニワニは思いに反し右へ。車をぶっ飛ばしながら外壁に突っ込んだ。壁を貫通してそのまま破壊しながら前進を続け、支えを失った壁は後方で轟音と共に崩れていく。
あまりの衝撃にピンから手を離してしまった。すかさずワニワニは体を一回転。宙で無防備なオレに尻尾を打ち付ける。道路でワンバウンドし元の車線へ投げ出された。受け身を取って視線をワニワニへ。だが、もうヤツの喉元が視界いっぱいに広がっていた。
しかしその視界も一瞬で消え、頭と背中にとんでもない痛みと衝撃が走る。
「痛ってーーーーーー!!」
痛みと正面からの風圧で目が開けづらい。頭を振って薄目を開けると、景色がもの凄い速さで流れていくのが見えた。
「ちょっとあゆ、生きてる!?」
「え? さあや!?」
なんとか顔を横にし背後を見やる。ガラスの向こうに蒼褪めたさあやの顔があった。その隣の席でさらに蒼褪めて泡を吹きかけている楓パパ。後部座席には目を覚ましたハルキが「あぶー」と唇をぶるぶるさせている。
どうやらオレは楓パパの車に轢かれ、そのまま磔状態のようだ。
「パパ、気絶しないで! ホントに死ぬから!」
「なんで来た!? 帰れって言ったろ!?」
「バカ! 勝手にどっかいったら心配するでしょ!? SNSの情報頼りに騒がしい方へ来てみたらやっぱりいたけど……ってか後ろのアレなに!? すっごい追ってくるんだけど!」
「スモックだぞ? 前に見たろ?」
「まっくろくろすけみたいなヤツだったじゃん!」
「上位になるほど密度が増して破壊にピッタリな形になるんだ」
「なるほど、見た目からして子供向けではなく深夜帯向けだね。——雄姿を……あゆ君の雄姿を撮らねば」
楓パパが口から泡を垂らしながら片手でハンドルを切ってさあやにスマホを渡している。
「さあや君、撮影を!」
「バカなこと言ってないで早く逃げようよ! あんたもどうにかして車内に——」
「いや逃げねぇ! このまま走ってくれ! 勝つ方法考えっから!」
「ムリでしょ! あんなの勝てるわけないじゃん! 見てよ! なんか口が光ってる!」
「光って!?」
風圧に耐えながら車の屋根に這いつくばってワニワニを見る。でかく広げた口から青錆びた光の渦が巻いていた。
ヤバビームが来る!
びちゃびちゃびちゃ……!
だが聞こえてきたのはなんか汚らしい水音だった。
ワニワニの口からびたびたとビームが吐かれている。勢いはなく、道路に光る水溜まりを作っていた。吐くのを止めるとワニワニは左右にふらふら。蛇行しながら走っている。
「ワニワニ……酔ってる?」
さっき巨大化させた酒瓶を食らわせたが、その酒が回ったんだろうか。
ワニワニは込み上げる吐き気をなんとか飲み込み、再び大口をぱっかり。また必殺ビームを撃つため魔力を込め始めた。堪えきれず口の端からびちゃびちゃビームが漏れている。
スモックって酔うんだ……ともあれチャーンス!
「ノーラ、なにか良い作戦ない?」
『んー……こっちからもぶちかますのはどーお?』
「なにこれ……頭に女の子の声が……」
ノーラはさあやたちにも伝心魔法で声を送ってるようだ。
「ノーラってオレの友達! 一緒に戦ってんだ!」
「おぉテレパシーかい? 初体験だぁ……」
「というか、怖いこと言ってなかった?」
『こっちもおーっきな体持ってるんだからー勝負しようよ、しょーぶ!』
「この車のことか? でもさっきからぶつかってる車は完全に負けてるぞ?」
『被害車だもんねー今までのは。変転魔法も中の人の安全第一。今度は加害車になるわけだからーもうムッチャ硬くしちゃうよー!』
「こっちも中に人いるんだけど……赤ちゃんも乗ってんだけど!」
「ふふ、面白い……」
「ちょっと、パパ?」
「私はもうファンタジーを信じる者……いや、ファンタジーの住民になりおおせてみせる!」
楓パパは速度を急激に緩め、ワニワニの右に付けピッタリと並走。もうビームを撃つ体制に入っていたワニワニは嫌がるように速度を増減させるが、楓パパは逃がさない。
「さぁミ・アモーレ……跳ね馬の力、魅せてくれ!」
半ば狂乱気味の楓パパがハンドルを思いっきり左にきった。クラッシュする!
『極大変転魔法【ネル・マ・ンドゥール】!』
前方に紅い魔法陣が出現。並走するワニワニと共に魔法陣に車ごと突っ込んだ。紅い光が車体に溶け込んでいく。
直後にワニワニと接触。振動は物凄いが決して打ち負けず外壁まで押し返した。車と外壁に圧されるワニワニの硬い皮膚に傷がつき魔力が漏れ出てくる。さあやはぶっ倒れる寸前みたいに怯えた顔だったが、後部座席でハルキはキャッキャと手を叩いて笑っている。
「すっげー! 今の極大魔法、前世では武器強化に使ってたよな?」
『うんー! だからあいつの目ん玉に刺さってるクリスくんのヘアピンも変転しといたよー! ピンの折り返し部分だけちょぴっと柔くしといたから、曲げたりするのもオーケー!』
「でかした!」
『期待しといてー? 以前よりもちょーちょー硬いからー! 今この車はこの世に存在するどの分子構造の金属よりも硬くてー丈夫でーすごいのだー! オリハルコンって感じ~』
「なんだそれ?」
『知らない~? ゲーム終盤とかによく出てくる神聖な鉱物~』
わからん。
「とにかく硬いんだな! ——パパ、そのまま押さえつけてて!」
車の屋根から跳んで速度の落ちたワニワニの背へ。
剣サイズの三日月ピンを目から引き抜き、間欠泉のように吹き上がる魔力靄を浴びながら大きく振りかぶってスイング。真上を向いていた上顎の先を打ち、ビタンッと口が閉ざされた。衝撃で道路にヒビが入りワニワニの折れた牙が散らばる。
「オリハルピンつえー!」
変転前はワニワニの体の型を取るみたいに曲がってしまったのに、今はピンピンしている。ピンと背筋を伸ばしたような威厳すら感じる。
すかさず二つ折りの三日月ピンを開き、ワニワニの口が再び開かないようバチンッと留めた。足元から魔力の激しいうねりを感じる。ワニワニの必殺ビームが出口を失い腹の中でゴロゴロ暴れてるんだ。
「パパ、離れろ!」
楓パパは頷いて右へハンドルを切った。
すぐさまオレは奴の目に突き刺さったままの太陽ピンへ跳び付いて引き抜く。勢いをそのままに、回転しながら閉じた口先をぶっ叩いた。
道路に埋まる勢いだ。ワニワニは叩かれた口先を支点にひっくり返って宙へ放り出される。
オレは道路を転がりながらワニワニの落下点へ。太陽ピンを道路に突き刺し、上空を仰いだ。ワニワニの巨大な一つ目と視線が交錯する。
「【パオン】!!」
急速に伸びていくピンに目玉を貫かれ太陽飾りが傷口に埋まる。そのまま上空へワニワニと共に昇っていく。
「んんっ!」
雲には届かないくらいに伸び切ったところでさらに魔力を込める。長いピンを伝い頂点で集中。太陽の煌めきをかたどったギザギザが肥大して弾けた。全身を貫かれたワニワニが悶え、直後に腹の中でグルグルしていた魔力の渦も激しさを増し、爆発。分厚い灰色の雲の下に、夜の帳が広がるように魔力が散乱する。
ワニワニの口を挟んでいた三日月ピンが空から落ちてきて、近くにぶっ刺さった。
「終わっっった~~~……」
へなへなと座り込み、群青の夜空を眺める。体中痛いし疲れたが、やり切った心が清々しいし夜風も気持ちいい。後続車がびゅんびゅん走り抜けていく風だと気づいたのは、車を降りてきたさあやに首根っこ掴まれた時だった。
急いで太陽ピンと三日月ピンを元のヘアピンサイズに戻す。これでもう魔力はスッカラカンだ。
スモックを生み出し取り込まれていたユキタカは、小さく戻っていく太陽ピンの先っぽに引っかかっていた。ゆっくり降ろしてからさあやと二人で引っ張って道路の端っこへ移動。少し先で停車している楓パパの車まで引きずっていく。
楓パパは降車し、赤く光る変な三角看板を置いていた。オリハルコンに変質した車のボンネットをコンコンとノックし「車検通るだろうか」とボソッと呟いていた。その後、上着を脱いでオレの肩に羽織らせた。被った酒で服がびちゃびちゃすけすけだったらしい。咬まれたり擦ったりでボロボロだし、せっかく買ってもらった服なのに。パパはただ「お疲れ様。カッコよかったよ」と言って頭を撫でてくれた。
「ノーラ。ノーラ―!」
呼びかけも反応がない。戦闘は終わったんだ。後で探そうと思い、気を失ったままのユキタカへ向き直る。
「ユキタカー。ユッキー」
たるみ気味の頬っぺたをペチペチ叩く。
「ん……」
低く小さく唸り、ユキタカは目を覚ました。さあやと一緒に胸を撫で下ろす。
ユキタカは体を起こし、ぺたんと内股になって座り込んだ。目をパチクリとさせ、オレの顔をじっと見つめてくる……なんか、さっき見た顔と違って目がキラキラキュル~ンとしてるんだが。
「クリス……くん?」
「……え"」
「クリスく~~ん! うぇ~~~ん!」
ユキタカはオレの足に抱き着いて泣き喚き始めた。前髪チョロ毛がチロチロと太ももに触れて痒い。
「…………ノーラ?」
「う"ん!」
ユキタカは一度顔を上げ、再び涙でびしゃびしゃの顔をオレの太ももに押し付けた。
後ろで「うわ……」と数歩引いた声を漏らすさあやの声が聞こえた。
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