第13話 酒気帯び街の戦い
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スモックは発生させないのが一番。でも生まれちゃったら仕方ない。
スモックを消す方法は二つだ。どっちもメチャクチャシンプル。
一つは内に秘めた魔力が尽きるまで好き放題暴れさせること。もう一つはとにかくぶっ叩く。漏れ出る魔力が底をつくまで、だ。切って殴って、ぶっ殺す勢いでボコボコのボコに——なんだけど。
「オラアァーーー!」
ぐにゃ。
「あっ……」
突進を跳び避け頭上からお見舞いした一振りは、ワニワニの体に沿って曲がりノーダメージ。即座に長い尾っぽが弧を描き横一閃。飲食店の引戸やら椅子やら料理なんかと共に薙ぎ払われた。
吹き飛ばされた先、飯屋の店内で背中を打ちつけ痛みに足をバタバタさせた。
「痛っっってーーー!! 痛い痛いいたいーーーっ!!」
尾で叩かれたところも痛いし打ちつけた背中もヒリヒリする。ふーふーしてほしい。
強化魔法のおかげで今オレの身体はカチコチな上しなやか。打撲と擦り傷で済んでいるが、それでも痛いものは痛い。あいつが硬すぎるんだ。右手を見るとぐにゃりと曲がった哀れなヘアピンが。体を見るとボロボロになったワンピースが。せっかく楓パパに買ってもらったのに……。
「さあやに怒られる……かな……」
体を起こし涙目で座り込んでいると——。
「あっ」
いつの間にか目の前に迫っていたワニワニに頭からパックリ食べられていた。腹に牙が食い込む。そのまま激しく振られ、口から飛び出たオレの下半身が地面に何度も叩きつけられる。
「痛でー痛でー! んにゃろう!」
曲がったヘアピンを引っ張ってまっすぐに。【パオン】でさらに肥大化。ワニワニの喉奥を突くと苦しそうな叫びと共に暴れだし、店のカウンターに向け吐き出された。
衝撃で棚に置いてあったたくさんの酒瓶が割れ落ちてきた。中身を頭からかぶってしまい、鼻にツンとくる酒気に眩暈がする。
「ぺっぺっ! くせー!」
咽てる間にワニワニが長い口でテーブルを薙ぎ払いながら向かってくる。もう奴の喉奥が視界いっぱいに広がった。
咄嗟に無傷の酒瓶を投げつける。指から離れる瞬間【パオン】! 巨大化した酒瓶はワニワニの口につっかえる。しかし強度が足りず、そのまま嚙み砕かれた。中身の酒と割れたガラスを浴びせかけられ、閉じた口先で腹を突かれた。
店の壁を突き破り裏道へ。長い口先で薙がれ、ビルの角に叩きつけられるとほぼ同時に壁ごと咬み砕かれる。
「ふんぎっ!」
咀嚼され瓦礫の残骸と共に擦り潰される前に両足を開脚。両顎につっかえ必死に踏ん張った。
槍サイズになったヘアピンでもう一度の喉奥を突こうとしたが、察知されたか先ほどの比じゃないくらいの咆哮をゼロ距離で浴びた。爆発のような風圧と音波に皮膚が裂かれ捲れ上がる。
再び吹き飛ばされ飲食店が並ぶ小道から人通りも車の往来も激しい大通りに出てしまった。道路に跳び出したオレを車が「パァー!」と大声上げながら避けていく。
すぐに跳び起き、刺すような腹の痛みに口を歪ませた。白地のワンピースがじんわりと鮮血に染まっていく。さっき咬まれた傷だ。被った酒が染みて追い打ちをかけている。ビルの硬い壁を砕く咬合力。強化した身体でもただじゃすまないみたいだ。
「【アザマル】……」
向かってくるワニワニから視線を外さず回復魔法で傷を癒す。傷は治るが流した血は戻らない。長期戦じゃこっちが先に死ぬ。かといって武器も弱すぎて特攻もできない。考えても仕方ない。とにかく死なないように立ち回るしかない。
向かってくるワニワニをヘアピンの槍を構えて迎え撃つ。
タックル、噛みつき、尻尾の鞭と、この巨体からは考えられない俊敏な連続攻撃を跳ねたり捻ったり……回避に専念しつつ周りを窺う。
人多すぎ。逃げてる人も多いが遠巻きで見物する奴らも多い。幸いこのワニワニは今のところオレだけを狙っている。でも本来スモックは無差別な破壊衝動の化身。いつ矛先を変えるかわからない。どうしたら——。
『——上! 上だよー!』
突然、頭の中に声が反響した。
「上? ——うっ!?」
斜め下から振り払われた尻尾で高く打ち上げられた。よそ見してる余裕なんてなかったが、投げ出された空中でさらによそ見——あそこなら少なくとも歩いてる人はいない!
光明が見えた直後、眼下から激しい魔力の高まりを感じて見下ろす。大口を開けたワニワニの喉奥に群青色の暗く光る渦が巻いている。
イヌ"イ"カアアァァァ!!
ワニワニの謎の絶叫と共に渦が速度を増し、点に収束すると線となり放たれる。
「ヤベーヤベー!」
空を掻き、体を捩り、紙一重で躱した。天を穿つ群青の光線は空を覆っていた雲を吹き飛ばし、ぽっかりと空に穴を作る。この街では雲が無くても星が見えない。
チャンスだ!
口を閉じ巨大な一つ目が無防備だ。急降下しながらヘアピン槍で眼球を突き刺す。
背に着地した瞬間、ワニワニは咆哮しながら全身を横回転させてオレを弾き飛ばした。オレは地を転げながらも立ち上がり、走って道路脇にある埋め込み式の標識に触れる。赤い逆三角の中に白の文字が三つあるヤツ。
「【ピエン】!」
標識は地面に埋まったままオレのくるぶしくらいまで背を縮ませた。標識を踏みつけ角度を調整——めっちゃでかくしなきゃ……魔力出力を高く……。
魔法を強く、出力を高くするには心の解放が肝だ。日々魔力を溜めるのは不満や不安。放出するには癒しや怒り……つまり不安の発散。
楓パパにご馳走になったいろんな美味いもんを思い出す。心のほんわかがよだれの分泌と魔力出力を大きくしていく。
「ぱふぇ……くれーぷ……たいやき……めろんそーだふろーと……じゅる……」
ワニワニがオレを咬み砕こうと跳びかかってきた。オレの体を咬み砕こうと口が閉じる直前、標識を踏みつける右足に魔力を超集中!
「止まれ! 【パオン】!」
超巨大化した標識に腹を打ち付け、ワニワニは宙に打ち上げられた。オレも標識に乗ったまま勢いを得て、そのまま放物線を描いて街の高架道路に侵入。今日楓パパと車で通った首都高とかいう道だ。ここは車しか通らない。
びゅんびゅんと車がオレたちを避けて走りすぎていく。クラッシュしたらヤバいことは当然わかってる。
オレは三日月のヘアピンを外して【パオン】。剣サイズにして肩をトントンと叩く。太陽ヘアピンが一つ目に突き刺さったままのワニワニに向け煽るよう笑みを浮かべた。
「やり返されて怒ったか? 悔しかったら来いよ。そのでかい図体で追いつけるか知んないけど」
オレは強化魔法【コサミン】をかけなおし、走り去る車たちに倣い全力で走った。
背中から怒り狂った咆哮が轟き、獰猛な足音と共にワニワニが追ってくるプレッシャーを感じる。何を叫んでいるのか知らないが、オレにはこうとしか聞こえない。
もうおこったぞ~。
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