第11話 さあやとライター
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「本当に申し訳ございませんでした!」
店の外。さあやとリオと銀次ママがおっさんたちに頭を下げている。「あんたも謝るの!」とさあやに頭を掴まれオレも頭を下げた。
「いーよいーよ。前髪が少し焦げただけだしさー」
おっさんはチリチリになったチョロ毛をフリフリさせて笑っている。部下二人も笑っている。これはチョロ毛を見て笑ってるんだろう。
「俺のことよりお店はだいじょーぶ? ママ」
客からもママって呼ばれてるのか。
「えぇ。スプリンクラーも止まったし、掃除すれば問題ないわん。ホントにごめんなさいねん、幸隆ちゃん」
おっさん【ユキタカ】って名前なのか。名前覚えられてるってことは常連の客なのか。
「いーよってー。次来る時サービスしてくれたらいーから。リオちゃんもさあやちゃんもあゆちゃんもよろしくねー。あ、そーだそーだ」
ユキタカが薄っぺらい箱をポケットから取り出して、中からカードを一枚取ってオレに差し出した。なにやら文字が書いてあるが、オレはこの世界の文字がまだ読めない。喋れるのに文字が読めないのは不便だ。さあやがマホとして覚醒したら物申してやろう。
「俺の名刺ね。ほらおまえらも出して出して」
「あーすんません。今切らしてて」
「すみません僕もです」
「おまえらまったくー二年目だろー? 営業の自覚あんのー? 名刺は常に持っとけよー」
「はい、気をつけます」
「すんませーん。——俺たちキャバクラ初めてだったけど、インパクトヤバかったな! 課長の前髪燃えたのはもう忘れらんねーです。通っちゃおうかなー。次あゆちゃん指名していい?」
「オレ?」
「そうオレオレ。なんか波長合う気がすんだよねー。かわいいし明るいし」
「かわいいとか言うな」
「その強気に恥ずかしがってんのがいいんだよねー。見た目おもくそギャルなのに」
ただただ嫌なだけなのに。
分かりやすいように口をへの字に曲げてみたが、ツントゲはまったく気付いていない。隣にいるモジャメガネの肩に手を回し絡んでいる。
「おまえは?」
「え……じゃあ僕はさあやちゃんかな? なんとなく親近感湧いたんで。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。お待ちしてますね?」
モジャメガネがお辞儀し、さあやもお辞儀する。
「わかるー。今日のさあやちゃんレアだったからねー」
ユキタカがチリチリチョロ毛の先をさあやに向けて言った。
「レア……ですか?」
「いつものさあやちゃんはなんとなーくちょっと儚げで、こう……庇護欲が湧いてくるんだけどー、今日はあゆちゃんとセットだったからかなー? ツッコんだり怒ったりで忙しそうでさ、なんか姉妹みたいで楽しそうに見えたよ」
「そう……ですか」
「いつものさあやちゃんもすごく魅力的なんだけどー、今日のさあやちゃんも時々見せてくれると、ファンはもっと増えると思うよー? んま、俺はリオちゃん一筋なんだけどねー」
さあやは複雑そうな顔をしている。オレは嬉しくて口が緩んでいた。
オレが一緒にいたからさあやは安心できて、普段通り怒ってたんだ! ……いいことか?
首を傾げていると、リオがオレとさあやの腕を組んでモジャメガネとツントゲに笑いかける。
「みんなー、さあやもまだ新人みたいなもんだしー、あゆは見た通りチビッ子だから、どしどし指名して育ててあげてねっ! 濃い味が知りたくなったら、リオちゃんのこともヨロシクねっ! ユッキーもまた来てねっ!」
「当たり前園マイアミラクルだよ!」
ユキタカはそう言って部下二人を引き連れて去っていった。
「なんだ今の?」
「さぁ?」
首を傾げつつみんなで店内へ戻っていった。営業を一時中止した店内には客がおらず、帰り支度するキャストのねーちゃんたちと水でびちゃびちゃな床を清掃する黒服のにーちゃんたちだけだ。
「私たちも掃除するよ?」
「おう」
ロッカールームの掃除用具ロッカーからモップを取り出し、床の清掃に参加する。他のキャストのねーちゃんも何人か帰らず掃除を手伝ってくれたが、リオは店内のソファに身を預けハイヒールも脱ぎ散らかして足をおっぴろげている。
「あ"ーーー疲れたーーーっ!」
「リオさんはしたねーっす」
「うるへーーーっ! お得意さんの前髪燃やしちまったんだぞっ! ユッキー頭頂部薄くなってきたのに……ぶふっ……だっははははっ! いーいネタできたぜーっ!」
「リオさん邪魔っす」
「あ、ごみーん」
黒服にーちゃんが足元をモップ掛けしようとして、リオはおっぴろげの足を浮かせる。掃除が済むと足を降ろし、再びぐでーっとだらけ始めた。
柔らかかった話し方は凸凹の道みたいな横暴さで、甘ったるかった声はトゲトゲで汚い。とろんとしてた目は目頭から目尻まで刃物みたいに鋭かった。
「あれ、さっきのと同じ人間か?」
「リオさんオフの時はおじさんだから……」
欠伸して、右足で左足のふくらはぎをポリポリ搔いている。営業中の輝きは見る影もない。
「さーやーっ!」
「呼ばれてんぞ」
「うん」
さあやはモップ片手にリオの座るソファまで歩いていく。オレもその後ろにくっついて行った。
「どうしたのリオさん……リオさん、その座ってるソファまだ濡れてるけど」
「そーなんよ。座ってから気付いた。ケツがもーびちゃびちゃなんだわ。触ってみっか?」
「遠慮しときます」
「あーしのケツのキレイさはどうだっていいんだよ。それよりよー、さっきのっ!」
「ホントにすみませんでした……」
「なに言ってやがんだっ! よくやったっ! ちょーケッサクっ! 動画撮れなかったのマジ後悔だわ。あのライターあーしがお下がりであげたヤツだよな?」
「うん。初指名もらった時、お祝いでもらったものです」
「ん」
リオが掌をさあやに差し出す。
さあやは頷き、ドレスのポケットから火の魔法を出した触媒の銀の小箱を取り出して渡した。受け取ったリオは蓋をカチャカチャ開け閉めし、まじまじと見つめている。
「オイルは?」
「先週補充しました。メーカーの純正品です」
「改造とか?」
「するわけないです」
「だよなー。あの後使ってみたか?」
「一応外で何度か……でもなんともなかったです」
「ほーん。ま、笑えたけどあぶねーし、もう使わんほうがいいかもなー」
「え?」
「あん?」
「あ、いや……そうですよね。新しいの用意します」
「それでよし。つーわけで、こいつはボッシュートッ! てれってれってーんっ!」
リオは謎のリズムを口にしながら箱を自分のポケットに入れてしまった。さあやは一瞬だけなんだか寂しそうに眉を下げる。お祝い品って言ってたから、思い入れあるのかな。
「で、おめーは?」
リオがオレを顎で指す。
「オレ?」
「新人っつってたけどよー、さあやのフレンズ的な?」
「そうだ!」
「違います」
「あれ!?」
「この子は銀次ママの姪っ子で夏休みだから遊びに来た一般ギャルです。未成年なんで、当然明日からは出勤しません。今日のはママの悪ふざけです」
「オレ姪っ子?」
「姪っ子」
「ほーん……メイクはさあやが教えてあげたん?」
「いや、ママがやったみたいですけど」
「老けメイクで誤魔化そうとしたんか。メイク込みでギリ二十歳……いやムリっすわ。おめーメイク教わんならさあやじゃなくてママかあーしを頼ったほうがいいぜ? さあやまったく成長しねーから。いっつも派手派手なアゲハ系だし、ぜってーもっと薄めのがいいのによー」
わかる。
「顔にも性格にも全然合ってねーもん。遅くねーから清楚系で攻めねー?」
「私はこれでいいんです。お客さんからの評判いいし」
「確かにギャップがいいのか指名率は伸びてっけどよー」
「指名率が全てですから。それよりリオさんも帰らないなら掃除してよ」
「へーへー」
リオは再びぐでーっとソファに全身を預け、テーブルに置きっぱなしのおしぼりをペッと床に捨て、足でキュッキュッと拭き始めた。だらしなさが極まってるな。
さあやは「もう」と漏らしてからそっぽを向いて違うテーブル席の掃除に取り掛かる。オレもひょこひょこついて行く。
「オレもやっぱりメイク覚えたほうがいいの?」
「女の子として生きるならね。でもリオさんに教わっちゃダメだから」
「なんで?」
「見返り求めてくるから。家の掃除とか洗濯とか、お手伝いさんにされちゃうの。リオさん接客以外のことなーんにもできないんだから」
横着の権化みたいなリオの今の姿を見ると、汚い部屋が容易に想像できた。メイク教わったって言ってたから、さあやも一時期お手伝いさんだったんだろう。だが、ダメだという割にさあやの顔から負のオーラは感じない。なんなら少し笑っていた。リオのこと、嫌いではないんだろう。
ある程度店内をモップ掛けしたところで、銀次ママがオレたちに声をかけてきた。
「あんたたちん、そろそろ帰んなさぁい」
「でも私のせいだし、もう少し手伝って——」
「事故なんだからん、誰のせいでもないわよん。楓さんに車移動してもらってるからん、裏の非常口から行きなさいん。ハルキちゃんも楓さんと一緒だからん」
「でも——」
食い下がるさあやに、銀次ママは腕時計をトントン叩く。店内の時計を見ると、短い針があと少しで【10】を指そうとしていた。さあやは一旦足元を見て、それからオレの顔を見て押し黙り小さく頷く。わがまま言って怒られた子供みたいだ。
「あゆも今日は手伝ってくれてありがとねん」
「おう! またいつでもやるぞ!」
とは言ったけど、さっきリオの前でさあやが明日からは出勤させないと宣言されたばかりだった。また釘を刺されると思ったけど——。
「それじゃお疲れ様。あゆ、行くよ」
さあやはオレの手を引いてロッカールームへ。着替えてる時も何も言わず、無言のまま裏口から店を後にした。
銀次ママの前だと何もお咎めなしだったことに違和感が残るが、ロッカールームでさあやの下着姿をがっつり見てしまったことを後から意識してしまい、その違和感は完全に頭から消えていた。
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