第10話 初めての接客

♠♠♠


「——というわけで、研修中のあゆちゃんよん! サービスするからん、お勉強で同席させてもらえないかしらん?」

「あゆです! よろしくな!」


 さあやの接客中テーブルに銀次ママと突撃した。さあやは口元をヒクつかせ、このテーブルの主役であるリオは目を細めてオレを品定めするように見ている。客の男三人は酒に酔っているようでもあり、割と歓迎ムードだ。

 銀次ママとの約束は二つ。酒は飲まない触らない、客に触らない触らせない。あとは好きに暴れてこいと言われた。

 席に着くと、さあやに即「足閉じろ!」とか「腕組むな!」と小声で注意された。女って座るだけでも意識しなきゃいけないことがたくさんあるようで疲れる。女の魔力の源はコレじゃないかと思うほど神経使うな。

 今のオレは嬢。ママに化粧もやってもらい、明るい黄色のひらひらドレスに身を包んで……ちょっぴり恥ずかしくなってきた。気付けば無意識にドレスの裾を掴んでいる。


 みんなオレを見てる……馴染めるのか、オレ……。

 

「でっかくなっちゃったーーーっ!」


 めっちゃ馴染めた。


 小さなお菓子やコインを握り隠し拡縮魔法【パオン】で肥大化。顔の近くで開いて見せて【ピエン】で握り隠しながら元に戻す。なぜか知らんが客にもリオにもウケている。さあやも周りに合わせて笑っているが、額に薄っすら青筋が走っている。やっぱマズかったかな。


「すごいすごい! ねーねー耳はでっかくなんないの?」


 指先で掌叩き拍手していたリオが言った。


「耳だけ? やだよ。重くて付け根痛くなりそーだし」

「あー確かにー。あっははははは!」


 ケタケタ笑ってる。こいつもだいぶ酔ってないか?


 リオは肩に着かないくらいの長さの青みのある黒髪をなびかせ、なんか甘ったるい声で話す女だ。鼻が高く背も靴のヒールも高い。けど目はとろんとしててふわふわな印象だ。銀次ママ曰くファッションモデルによくいる感じ、だそうだ。話し方は柔らかく所作はどことなく気配りが見えてオレともすぐ打ち解けたし、なるほど、ナンバーワンは話しやすさがウリなのか。


「黒ギャルマジシャンいーねー。しかもかわいー!」


 客三人の内の一人、下っ腹の出たおっさんが言った。おでこでぴろぴろしてる前髪チョロ毛が気になる。


「かわいいはやめろ」


 さあやに言われるのはともかく、男にかわいいと言われると背筋がゾクッする。


「あらー照れちゃってー」

「ねーねーリオはー?」

「もちろんリオちゃんが一番だよー! おまえらもリオちゃん褒めろー!」


 残りの若い二人もリオを称賛する。命令されているが嫌な顔せずノリノリだ。どうやらおっさんがボスでその部下二人といった関係のようだ。

 一人はこげ茶色の髪がツンツントゲトゲしてて、後は眉が細くて目が……んーなんか全体的に印象に残らない顔だ。もう一人はもじゃもじゃ黒髪でメガネをかけた奴。髪のボリュームがすごくてなんかの巣みたいだ。時々自分で頭をポフポフ叩いている。ホントになんか潜んでそうだ。メガネが分厚くて奥の目が見えない。二人とも髪型だけ特徴的だ。

 チョロ毛おっさんとツントゲともじゃメガネ。こいつらと気持ちよく話するのが仕事か。


「リオもねー実は魔法使えるんだよねー」

「えーどんなどんなー?」


 おっさんきゃぴきゃぴしてんな。


「見ててよー?」


 リオは左手の親指を右手で握り、「えいっ!」と掛け声とともに——え!?


「ウソだろ……引っこ抜いた!?」


 思わずオレは叫んでしまった。


「そして~~~はいっ!」

「くっ……付けた……だと……?」

「あ、僕小指でできますよ」


 もじゃメガネが同じように小指を引っこ抜いて戻した。——いるじゃん! この世界にも魔法使い!


「ははっやるなー。俺は器用じゃねーからなー羨ましいぜ」


 ツントゲは笑いながら変な棒を二本指で挟んで口に咥える。


「どうぞ」


 即座にさあやが身を乗り出し、ツントゲの顔の前で小さな銀色の箱の蓋を開ける。指でカシュッと擦ると——。


「火が!」


 自然物を操るのは高等魔法だ。使える人間は限られている。オレの知り合いだとマホと、一時期弟子入りした師匠くらいだ。しかもさあやの魔力は減っているように感じない。さあやを操り火をつけさせたあのツントゲも侮れない。


「さあや……じゅ、呪文は? 魔法のコトバはないのか?」

「いや魔法とかじゃないけど。まぁ強いて言うなら【おつけします】かな」

「お、【オツケシマス】!」

「お客様がタバコ咥えたら火をつけるサインなの。あんたは別に覚えなくていいから」

「も、ももももっかいやって見せてくれ!」

「あゆちゃーん。ちょっと興奮しすぎ」


 さあやの青筋がピクピクしている。


「でも火が……火が!」

「原始人か! ……火ならもう点いてるよー。見えないかなー?」

「見える……かも」


 さあやの背後に燃え上がる炎が見える気がする。怒りの炎だってことは聞かなくてもわかる。


「まーまーさあやちゃん。面白い子じゃなーい。ほら、俺にちょーだいよ」


 チョロ毛のおっさんが同じ棒を咥えている。さあやは「では……【おつけします】」と気恥ずかしそうに身を乗り出し、またあの小さな箱を——。


「おんぎゃあああぁああぁ!!」


 おっさんの悲鳴が響く。

 カシュッとした箱から飛び出た炎は、さっきとは比べものにならない大きさで天井を焼くほどの火柱となった。


「すっげー! こんなでかい火、やっぱマホはすげー!」


 さあやはあわあわしながら箱の蓋を閉めて炎を止めた。直後にリオは持っていたグラスの飲み物をおっさんの顔にぶっかけ、そのまた直後に天井から雨が降り注いだ。


「水魔法まで!? やっぱ天才だ!」


 店内がわーきゃー騒ぐ中、オレはさあやを見つめて拳を天に突いた。


 こんな高等魔法を連発したんだ。こりゃ前世を思い出すまでもう少しだな!


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