第8話 パパとデート
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「じゃあ行ってくるから」
さあやは今日も仕事だ。ベビーカーに乗せたハルキと銀次ママと一緒にそそくさ行ってしまった。仕事が始まるのは日が沈んでかららしいが、ハルキをオーナー室で寝かしつけるために早めに出勤している。オレにはまったく懐かないので預かることもできない。
デルクスの動向がわからず危険だからオレも一緒にいたいのに、今日も留守番。さあやが休みの日はシンジュクへ連れてってくれるけど、出勤日の水金土日は留守番をさせられている。一日を火や水や木で呼称するなんて、面白い文化だ。
店で仕事が終わるのを待つことも許されなかった。ミセーネンってのが邪魔してオレは店には立ち入りできないんだそうだ。意味はわからない。シンジュクを見回りたいのに、鍵を持ってないからここを出ることもできない。泥棒とかも出るらしく、割と治安の悪い世界だ。そしてなにより——。
「ひまだーーー!!」
なにもやることがない!
このでかい家は初日に探検し尽くしたし、てれびって箱も昼間は変なおっさんが話してるだけで変化がちっともない。
クリスだった時は剣を磨いたり鎧を磨いたり技を磨いたりしていたのに、手持無沙汰が甚だしい。というか、この世界では武器を持ってはいけないそうだ。ちょっとしたナイフすら持ち歩けないなんて、戦う時どうしたらいいんだ。以前下位のスモックを倒した棒切れじゃ心許ない。剣の変わりなるようなものを探さなくちゃいけない。
時計を見る。帰りが遅くて暇だ暇だとわがまま言ったらこの世界の数字の読み方は教えてもらった。文字は難しくてわからなすぎる。ひらがなもかたかなもカンジってヤツも、それ以外にもたくさんあるなんて頭パンクしちゃうぞ。
時計の、あの短い針が【9】とか【10】辺りに来ないとさあやは帰ってこない。まだ【4】だから……全然まだだ! ムリ! もう待つのやだ!
どうにかして外に出ても問題ない状況を考えなくちゃ。
家の鍵を外から閉めることはできないだろうか。鍵穴に棒を挿してカチャカチャして開錠する技を、昔王様が見せてくれた。なぜあんなにも近衛兵の私室に入りたかったのかは謎だが、あの後激怒した王妃様に連れていかれ教えてもらえなかった。あの技なら鍵を閉めることも可能じゃないか。
「棒……棒……これだ!」
ピコーンと思いつき、寝間着から学制服へ着替え、ルンルンとスキップしながら玄関へ。扉を開け放ち気持ちよく外へ飛び出した。昨日さあやからもらったヘアピン二本を外して【パオン】! ふわふわな青い光をまとったヘアピンが掌大に大きくなる。ガチャリと扉を閉め、口笛拭きながらヘアピンを鍵穴に差し込んだ。
カチャカチャカチャカチャカチャ……。
グリグリ回したり角度をつけたりしても閉まる様子はない。やっぱ見よう見真似じゃムリだったか。まぁ時間はたくさんある。できるまで頑張ってみよう。しかしこのピン、もっとでかくしたら剣の代わりにならないだろうか。
カチャカチャを続けていると、不意に大きな影がオレの身体にかぶさった。首をひねり背後を見ると、細身の男が覗き込むようにオレを見下ろしていた。吹いていた口笛がピロピロピロと元気を失くす。
オレは大きく飛び退き、腰を落として戦闘態勢を取る。平和な時間が続いていたとはいえ、背後を簡単に取られるなんて油断しすぎだ。
男は真っ黒のビシッとした服を着ている。シンジュクでも同じような服を着た人がたくさんいた。何かの仕事着なのだろうか。スラッとしたスタイルで背もオレより頭一つ分高い。切れ長の目、整った眉、目尻に皺が数本。年は四〇から五〇ほどに見える。随分とキレイ目な顔立ちをしていて、長めの黒い後髪を襟首で一纏めに縛っている。
男はオレを見ながら家の扉に近づき、ガチャリ。瞬時に鍵を閉めてしまった。ノブを数回捻り扉が開かないことを確認し、再びオレに向き直って一歩一歩距離を詰めてきた。オレも足を踏み出し近づく。相手の蹴りがギリギリ届かない間合いを見定め、立ち止まる。男も同様に足を止めた。
「おまえ何者だ?」
「私かい? 私は……パパだ」
「パパだと……? パパ……なら安心だな!」
パパとは、父親とは別に「恵まれない子供たちの支援者」という意味もあることを親切なおっさんが教えてくれた。迎撃態勢を取って損しちゃった!
「君はサリーちゃんかい? いや、セーラー戦士か」
パパを名乗った男は、高めのハスキー声で尋ねた。口調は柔らかくおっとりとしている。
「サリー? オレはクリス……じゃなくて、あゆだ!」
「そうか、君が……」
「サリーって誰?」
「魔法使いの女の子のことさ。さっきドアの前で呪文を唱えていただろう? その後不思議な光が見えてね」
「あ、見てた? これだろ? 拡縮魔法……【ピエン】!」
ヘアピンを元のサイズまで小さくし、前髪を留める。パパは目を丸くしたが、すぐに元の穏やかな表情に戻る。
「ほう……サリーちゃんは実在したのか」
「だからオレはあゆだって」
「私はね、子供の頃サリーちゃんに憧れていたんだ。今ではサリーちゃんのパパのようだが」
「よくわかんねー」
「そうかい? まぁ世代じゃないと知らないか」
「あ! やべっ!」
魔法は人前で使うなってさあやから言われてたんだった!
「パパ! オレが魔法使えるってこと秘密にしてくれ! バレると怖い人に連れてかれて解剖されちゃうんだ!」
「昨今の魔法の国はブラックなんだね……いいだろう。魔女っ娘と秘密は切り離せないものだしね」
「助かった……」
「ところであゆ君。一生懸命家の鍵を閉めようとしたところを見るに、どこか行きたいところがあったんじゃないかい?」
「そうなんだよ! シンジュクに行きたくってさー」
「新宿か……連れて行ってあげようか?」
「いいの!?」
「あぁ、私もちょうど行きたくなってね」
「やたー!」
パパはやっぱりすごい親切な奴だ! さあやは知らないおじさんについていくなって言ってたけど、パパなら大丈夫だな! さあやが帰ってくるまでに戻ればバレないし、問題ないな!
『もうおこったぞ~』
「うおおぉぉーーー!」
「ワニワニ楽しい……ワニワニ楽しい!」
「昭和終期を代表するアーケードゲームさ。古来より瞬発力と広い視野を使う遊びが人気の第一線を走ってきた。令和となった今もそれは変わらないだろう。——息が上がっているね。喉が渇いたろう。あのカフェなんてどうだい?」
「ワニワニ……」
名残惜しみつつ、パパに手を引かれてゲーセンという楽園を後にした。
新宿へは電車ってカッチョいい鉄箱ではなく、車っていう別のカッチョいい箱で行った。街のそこら中に走っていたから一度乗ってみたかったんだ。パパの車は他の車と違って運転席が左右逆。ガイシャっていうらしい。真っ白で滑らかなフォルムでメチャメチャカッコいい!
首都高って道はびゅんびゅんスピードが出て気持ち良く、叫んだり窓から顔を出したりしてかなりはしゃいでしまったが、パパはただ笑っていた。
新宿に着いたらまず服を買ってもらった。「制服で歩くのはお勧めしない」と言って半ば強引に着替えさせられたが、このワンピースとかいう服はマホやノーラが着ていた寝間着に似ている。たしかねぐりじぇとかなんとか。腰がベルトでキュッと締まり、足先へふわっと広がる。薄地で涼しい。この世界はちょっと暑すぎるからすごい助かる。靴も買ってもらったが、勧められた踵が高い靴は歩き辛かったからすにーかーってやつにした。
その後はさっきまでいたゲーセンとかいろんな店や建物を周りつつ、ぱふぇって甘いの食べて、くれーぷって甘いの食べて、だいやきって甘いの食べた。メチャクチャ旨い。この世界の食い物旨すぎる。
前世の最後の晩餐がパサパサの豆だったのが泣けてくる。今飲んでるめろんそーだふろーとってやつもかなりヤバい。こんなに旨いものばかりなのに、ここの人たちは魔力を爆発寸前まで溜め込んでる。贅沢な世界だなぁ。それとも、それを上回る不満や不安が溢れてるんだろうか。
「お腹いっぱいかい?」
オレが食べたり飲んだりするのをただ微笑んで見ていたパパが尋ねた。
「あぁ、大満足! パパは食べなくてよかったのか?」
「甘い物が苦手でね。コーヒーで充分さ」
「それ苦いやつだろ? オレそれ苦手」
「ふふ、そうかい? ……そろそろ日が落ちるね」
「あーそうだな」
「少し、休憩できるところ、行こうか」
「オレまだまだ元気だぞ!」
「ふふ……すごいな。でも、今度はパパに付き合ってくれないかい?」
「あぁいいぞ! どこでも付き合う!」
「じゃあ……」
パパが怪し気に笑みを浮かべ、オレの手を引いた。オレもパパの手をギュッと掴む。
陽が傾き、次第に街並みは背の高い建物の影を落とす。オレとパパは、雑多な人の海に身を預け歩を進めていった。
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