第7話 自分らしく

♠♠♠


「今のおっさんの声、聞いたことあるぞ」


 野宿の時に焚火にくべ、燃えなかったので捨ててしまったスマホとかいう板から出ていた声だ。超大事な板だったらしく、火にぶち込んだと言ったらさあやはかなり怒っていた。

 今はさあやのスマホから声が聞こえてくる。さっきまで男の声だったが、今は女の歌声だ。普段さあやと話す言葉ではなく、意味は理解できない。けど、すごく胸に来るというか、熱くなるというか……。


「なぁなぁ! これどんな歌なんだ!?」


 ドレッサーの前で鏡を覗き込んでいるさあやに向かって尋ねた。


「あぁ英語わかんないか。んー私も英語得意じゃないし、洋楽もあんま知らないけど……確か『自分らしく生きる』とか『今の姿が正しい』とかそんな内容だった気がする。たぶんね。あんまり自信ない」

「自分らしく……」


 さあやの背後に立ち、彼女越しに鏡を見て映り込んだオレの姿を眺める。


 この「ニャンコ」とかいう動物を模した寝間着に身を包んでいるオレの姿は、果たして自分らしいと言えるのか?

 【クリス】だった時の寝間着はパンツ一枚。普段の服もこっちの世界でいうTシャツハーパンってスタイルと似ていた。他の服って言ったら胸当てとか膝当てとか、鎧の類だし。

 オレが元々着ていた学生服は女用らしい。あのスカートってやつはすごくスースーして動きやすかった。あれが女用だなんて悔やまれる。でも確かに、あんなヒラヒラだとちんちん見えちゃうな。パンツ履いてたや、見えないや。ってかちんちんもう無かった……そもそも女だし、なにも問題ないのか。

 今は【クリス】じゃなくて【あゆ】……どっちが自分らしく生きることなんだ?


「ねぇ怖いんだけど。なに黙りこくってんの?」

「いや……いい歌だなって」

「へー音楽の良さは世界違っても共通なんだね」


 さあやはあの化粧をしないほうが絶対にキレイなのに、それでもするのは自分らしいからなのか? 元から目も大きいしまつ毛も長い。からーこんたくとって青とか赤の偽物の瞳も入れてる。今の少し灰色がかった瞳もキレイなのに。肌も真っ白なのに、これ以上白くして意味あるのか? ってかもう寝る時間なのに——。


「化粧すんの? 寝ないのか?」

「寝るよ? ……よし。前髪切ってたの。どう?」


 さあやが回転イスをくるっと回してこっちを向いた。ツヤツヤの赤茶色の髪が靡いて、シャンプーってやつの香りがふわっと吹き抜ける。髪を下ろしてるとちょっとマホに似てるからだろうか。ドキリとしつつ、さあやの前髪を見た。


「変わってないぞ?」

「あんた、前世でモテなかったでしょ」

「え"……そうかな……そうかも」

「子供っぽいしうるさいし。ちょっとした変化を気にかけて、わかんなくてもとりあえず褒めなきゃ」

「そういや、ノーラにも同じようなこと言って怒られたな……」

「へーマホちゃんの他にも女の子の友達いたんだ?」

「同郷のな」

「ふーん、幼馴染ってやつだ」

「マホが髪切ったから褒めに行けー! とか、今風呂上ったから舐めるように見てこーい! とか命令されてたな」

「へ~ふ~んほ~そ~なんだ~」

「なにニヤニヤしてんだよ」

「べっつに~。んじゃ私寝るから、あんたも早く寝なさいよ」


 さあやはすでにベビーベッドでぐっすりなハルキの頭を一撫でしてからベッドへ向かった。

 この部屋はゲストルームだそうだが、ベッドはオレとさあやが一緒に寝ても余るほどでかい銀次ママサイズだ……オレはソファで寝てるけど。部屋もさあやの家の倍以上広いし、この家の物はなんでもサイズがでかい気がする。

 オレはドレッサーの鏡と残されたハサミを見て、イスに座った。


「オレも前髪切ろっと」


 二本指で前髪を挟み、根本の方からバッサリと――。


「待て待て待て待て! どんだけ切る気!?」

「え? だってこんだけ長いと戦闘の邪魔だし、無いほうが――」

「やめなさい! っていうかあのスモックとかいうの、この一週間出てこなかったじゃん」

「そうだけど……」


 確かに最初に襲われた日から今日までなにも起きてない。

 でも、さあやは何も感じてないようだったが、この一週間常にではないが粘っこい煙みたいな魔力にまとわりつかれるような感覚があった。押し返せず、しかし触れてはこない。監視されてるような気持ちの悪さ。


「どしたの? 神妙な顔して。とりあえずハサミ置いて。ヘアピンで我慢しなさい」


 そう言って、さあやはオレの頭を押さえながら前髪に何かをグイッと押し付ける。鏡で顔を見ると、前髪が真ん中で分けられ左右のこめかみに留まっている。飾りもついていて、左が太陽、右が三日月だ。


「カッケーなこれ!」

「そーだねーかわいいねー女児っぽくて。ドレッサーの引き出しに違うデザインのもたくさん入ってるから好きに使っていいよ? 全部百均のだけど」


 赤裸々になったオレのおでこをぺちっと叩き、さあやは再びベッドへ行った。


「かわいいのかこれ。オレはカッコいいと思ったのに」


 今は【クリス】か【あゆ】かどっちつかずのオレだ。とりあえず、カッコかわいいを『自分らしく』にしていこう。


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