第6話 新人さん

♦♦♦


「おっすオレ広瀬あゆ! 待ちに待った夏休み! 念願の一人旅満喫中だったんだけど、変なオヤジに絡まれてびっくり! 危うくヤバいバイトやらされそうになったけど別の変なおっさんに助けられたんだ! 怖くなってその場から逃げちゃったけど、もしかしてこのドキドキって……次回、仮面戦隊おじゃキュア超! 『絶対家には帰らない』! ぜってぇ見てくれよな!」


 私の貸したTシャツジーンズ姿であゆがビシッとポーズを決める。開店前の店内で静けさが広がった。ハルキもしらーっとした顔をしている。

 質問されたことだけ答えるようにって言ったのに。なんで次回予告風? ハルキと一緒にニチアサ見せてたのが間違いだったか。帰らないってことだけは頑なだし。開幕こんなこと言うもんだから、銀次ママも目をパチクリさせている。

 銀次ママはちょいちょいと私に手招きし、耳打ちした。


「この子大丈夫なのん? 家出?」

「いやーなんて言ったらいいか」

「住所もわからないのん?」

「本人はわからないって言うし、生徒手帳の中身が破かれてて、残ってる物はカード式の学生証だけなんだよね」

「住所欄とかも? なんでよ?」

「野宿する時燃やすもんが無くてさ!」


 耳打ちに参加してきたあゆが答えた。馬鹿らしくなったのか、銀次ママが耳打ちを止める。


「他に持ち物は?」

「鞄の中にはなにも無かったよ。財布とか、ノートや教科書も無し」

「全部燃やした!」

「ケータイも?」

「持ってたみたいだけど……」

「燃えなかったから捨てた!」


 銀次ママが眉間を抑えて溜め息を吐いた。気持ちはすっごくわかる。


「この子ホントに大丈夫ん?」

「昨日のパパ活の件もあるし、やっぱり警察に任せる?」

「でもさあや。あんた家にこの子泊めたでしょん? 絶対あれこれ聞かれるけどん、あんたはそれでいいのん? あたしは一向に構わないんだけどん……」


 私は口を開けず沈黙で答える。銀次ママは大きなため息を吐き、私とあゆを交互に見た。


「学校はわかったから調べられるけどん……」


 私みたいに訳ありなんじゃないかと不安なようだ。途端に後ろめたくなってきた。自分は銀次ママにおんぶに抱っこなのに、家もわからず常識もない少女を突き放すのかと。放っておいたら昨日みたいに、おかしな男の餌食になってしまうのは目に見えている。まぁあんな化け物たちに勝てるのだ。力技になったら勝てるだろうけど。

 銀次ママから目を背ける。あゆが両手を握り潤んだ瞳を向けているのが目に入る。猿でも真似しないような演技だ。こんな演技に絆されることはないけど——。


「ま、まぁ夏休み中なんだし、もうしばらく家に泊めてもいいよ」

「やたー!」

「ダメよん」


 万歳するあゆをの横で銀次ママが首を振った。不満そうにあゆが口を尖らせる。


「おっさんになんの権限があんだよ」

「ごめんなさいねん。別にあなたを預かることに反対ってことじゃないのん。むしろ、さあやにはあなたみたいなお友達が必要だと思ってたから、良い機会だと思ったわん。反対なのはさあやの家のこと」

「私ん家?」

「そう。あんたわかってるのん? その赤ちゃん——」

「ハルキ」

「そうだったわねん。そのきゃわいいハルキちゃんを押し付けてきた男、あんたん家把握してんでしょん? きっとハエみたいにたかって金銭要求とかしてくるわよん。う~気持ち悪い! そこに女の子一人追加したら酢豚にパイナップル混ぜるようなもんよん」

「それって……どっちの意味?」

「この店勤めってこともバレてるんだからん、家にいなきゃ店に現れるはずよん。そん時はあたしがとっ捕まえてやんだからん! それまであんたたちはあたしの家に泊まってもらうわん」

「でも家賃が」

「あたしが払うわよん。気にしなくていいわん。というか様子見て即引っ越しよん。だいじょぶよん! 次の引っ越し先すぐ見つけてあげるわん! というか、ずーっとあたしの家にいてもいいのよん? 最初はそうだったんだしん」

「でも——」


 ギロッと睨まれる。圧がすごい。レスラー時代の眼力だ。

 私は諦めて「はい」と短く言って頷いた。

 グイッと腕を引っ張られ、今度はあゆが耳打ちしてくる。


「おっさん家に泊まるとか、大丈夫なのか?」


 パパ活未遂した子のセリフとは思えない。


「一時期私も同居してたから安心して? それにママは心が女の子だからなんの心配もないの。あんたもおっさんじゃなくて銀次ママって呼んであげてね?」

「オレが男だったことは信じてねーくせに」

「はいはい。ていうか生まれ変わったんでしょ? それなら女の子として生きなさい」

「やっぱそーするべきなのか……?」


 あゆは深く考え込んでしまった。気にしてなさそうだったけど、少しは男に未練があるようだ。


「あと一緒に住むなら一つルール」

「え? なになになになに!?」

「うるっさ……帰った時、家の鍵は私が閉めるから」

「かぎ? なんでなんでなんで!?」

「なんでも。鍵も持たせない」

「ぶー……信用されてねーなー」

「信用されたいなら言う通りに。わかった?」

「はーい」

「うん。素直」

「おはようございまーす」


 店の入り口から声がする。同僚のキャストが一人出勤してきた。それを機に銀次ママがパンッと手を叩く。爆風が私たちの間を通り抜ける。


「さぁ、そろそろ開店よん! さあやは準備して。あゆ、あなたはオーナールームでハルキちゃんとお留守番」

「オレも手伝おうか? どんな仕事か知らんけど」

「絶対ダ~メダメよ~ん!」


 あゆとハルキがオーナールームへ押し込まれていくのを見届け、私も出勤した同僚と一緒にロッカールームへ移動する。


「今の子新人さん? 若いっていうか……子供って感じじゃない?」

「まぁある意味新人ですかね」


 はぐらかすように答えた。本人曰く、この世界の新人だそうです。


♦♦♦

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