第227話 宿と朝食
「……醤油もそうだが、このエールの味だけはどうにかしたいところだな」
「確かにあの冷えたビールに慣れてしまうと、いつも飲んでいたエールでは満足できなくなってきましたね」
「これはこれで麦の味が感じられていいんだけれど、最近は暑いから冷えたビールのほうがおいしいよな」
男性陣のほうは海鮮と合わせてこの宿のエールを飲んでいる。このエールは普段キャンプ場で飲んでいるラガービールとは異なるエールビールなので、麦の香りをより深く味わえ、ぬるくても飲めないことはないのだが、やはり暑い日は冷たいラガービールに限る。
さすがにここでストアの能力を使うわけにはいかないから今日は我慢だ。こうやってこの世界のお酒を飲んでみると、ダルガ達があれほどお酒にこだわる気持ちも分からなくはない。
とはいえ、たまにはこうやって外のお店で食事を取るのも悪くない。普段は基本的にキャンプ場で自炊しているし、街に行った時は屋台で食べ歩きをしているからあまり料理店には入らない。他の人が作った料理も勉強になるからな。
「……やっぱりお風呂みたいなものはないのか」
晩ご飯を堪能し、アリエスに同じ料理を持っていってから俺たちが泊まる部屋に戻ったが、どうやらこの宿にはお風呂はついていないようだ。そこそこ大きな宿だったから、小さな湯船くらいはあってもいいかなと思っていたんだけどな。
この宿の従業員が桶に入ったお湯とタオルを持ってきてくれたから、これで身体を拭けという意味なのだろう。
「そうですね、基本的には貴族などが泊まるような宿でなければ、個別のお風呂は付いていないのが普通だと思いますよ」
「温かい湯で身体が拭けるだけマシなほうだぞ」
ふ~む、アルジャとウドの言う通り、この世界で個別のお風呂を持つということは難しいのだろう。少なくとも水魔法や火魔法を使える人がいなければ、お風呂があったとしても意味がない。
そう考えると、キャンプ場で温泉が出たことは本当に僥倖だったな。風呂好きの日本人としてはずっと川で水浴びをしたり、お湯で身体を拭くだけだと駄目なんだよねえ。
「さすがに高級宿だけあって、ベッドのほうも一応は高級品のようだが、それでもキャンプ場にあるやつのほうが柔らかくて寝心地が良い」
「むしろあの馬車のソファのほうが柔らかいでしょうね」
「なるほど……こうして見ると、うちのキャンプ場って下手な宿よりもよっぽど快適なんだな」
「何を今さら……」
「でなければお客様達もわざわざあの長い道のりを歩いてキャンプ場に来てくれたりしませんよ」
「ごもっともで……」
どうやら俺が思っていた以上にあのキャンプ場は快適なようだった。この世界の宿に泊まったのは最初だけだったから、この世界の宿の常識というものを忘れていた気もする。
おいしいご飯や酒、それに温泉まであって、街から遠いことさえ除けば本当にいい場所なんだと自画自賛してもいいよね。
◆ ◇ ◆
「さて、早速市場へ行こう!」
いくらソファが柔らかくても、あれだけ長時間馬車に揺られていると身体がガチガチになってくる。そこまで柔らかくないとはいえ、疲れていたのとお酒を飲んでいたこともあって、ベッドでぐっすりと眠れた。
宿では朝食を頼んでいない。このヴィオの街では毎朝市場が開かれており、その日の朝に獲られた新鮮な魚介類が市場へと並ぶ。そしてその新鮮な魚や貝などをその場で買って食べることができるのだ。
今回の旅行のメインと言っても過言ではない。海の街の市場とか楽しみで仕方がないよな!
「この辺りでは一番大きな漁港の街ですからね。新鮮でおいしいものがたくさん食べられますよ」
「うわあ~楽しみです!」
「ブルル!」
宿の従業員に聞いた市場への道をみんなで歩きながら進んでいく。昨日のご飯はアリエスだけ別だったが、今回は市場を一緒に回れそうだ。この街の市場はとても大きく馬車も通ることができるが、今日はまだ大きなものを買うつもりはないので、みんなで歩いて市場を回る。
「おお、あれが市場か! 朝早くから賑わっているな」
馬車の先のほうに大勢の人だかりが見える。この街の市場は早朝から昼過ぎくらいまで開いている。特に朝は観光客だけでなく、商店も買い付けにやってくるので一番込んでいる時間帯だ。
「すごいな。ここまで人が多い場所に来るのは初めてかもしれない」
「うん。いろんな街を回ってきたけれど、ここが一番すごいかもね!」
ウドとイドはいろんな街を回ってきたが、その中でもこの市場はかなり人が集まっているらしい。
「この時間帯の市場はこの街に滞在している人の大半がここに集まるので、これほど人がいるように見えるのかもしれませんね」
「人がいっぱいいるニャ!」
なるほど、アルジャの言う通り、この時間帯のこの場所に人が集中するからこれだけ混んでいるんだな。
「そっちからとてもいい香りがしますね!」
「あっちの方からもおいしそうな香りがしてきます!」
市場へ入るとあちこちから魚介類を焼くおいしそうな香りが漂ってくる。あちこちから白い煙が昇り、ジュウジュウと魚や貝が焼ける音もして、朝っぱらから目と耳と鼻を刺激して食欲を誘う。
もちろんこれに抗える気もしないし、抗う気もない! さあ、早速朝ごはんを食べるとしよう!
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