第221話 おっさん同士の話
「やっぱり実際に野営するとなると結構大変なんだね。見張りをする必要もあるし、あまり気を抜いてゆっくりと休めないな」
焚火を挟んでアルジャと向かい合う形で見張りを続ける。俺の視線の先にはアルジャがおり、その先にはみんなが寝ているテントと馬車と大きなキャンプ用のマットの上で寝ているアリエスの姿。
そしてその後ろには大きな川が見える。盗賊や魔物が来るとしても、川のほうから来ることはないだろうから、俺が川側を見張って俺の後ろの方向をアルジャが見張ってくれている。それに川側から何か来たら、その音でアルジャが気付いてくれる。
ソニアもAランク冒険者で、寝ている間でも殺気があれば気付くと言っていたし大丈夫だろう。まあ、最近はキャンプ場の結界で安心しきって過ごしているから、今もそれほど危機感を持っているかは怪しいところであるがな……
「……本来の野営ならもっと大変になりますよ。そもそも火を起こすことから、すごく手間がかかりますからね」
「そういえばそうなるのか」
今回はストアの能力で購入したガスバーナーを使ったり、ガストーチを使って簡単に火を付けた。ガストーチもしくはトーチバーナーとはガス缶の上の部分に取り付け、ノズルから高火力の炎を噴出させるキャンプギアである。
値段も安く、着火剤なども使わずに直接薪や炭に火を付けることが可能なのでとても便利だ。この世界の本来の野営なら、木の枝を集めるところから始め、麻などの燃えやすい火種に火打ち石で火を付けるところから始めなければならない。
火魔法を使えればその限りではないが、魔法を使える人は限られる。せめてファイヤースターターくらいあれば、まだ楽になるんだろうけれどな。
「それにあれだけ寝心地の良いマットを地面に敷いて眠れるのはとても快適ですよ。普段はもっとゴツゴツとして硬い地面で眠らなければなりません。まあ、あまり深く眠らないほうが野営としては良いのですけれどね」
「言われてみると、あまり熟睡し過ぎるのも良くないのか」
この世界ではいつも危険が隣り合わせだ。何かあった時にすぐ動けるようにあまり熟睡するのも良くないらしい。
「なにより食事があれほどおいしいものなんて食べられませんからね。普段は固い干し肉や塩辛い塩漬けの野菜で、たまに豪勢なもので燻製肉くらいしかありませんから」
「ああ、なるほどね……」
ただでさえ元の世界と比べて食文化が遅れているわけだし、旅の道中の食事は俺がキャンプをして食べていた料理とは比べ物にならないのだろう。
「そう考えると冒険者の野営とキャンプは全然違うんだな」
「ええ、普段の野営は楽しいというよりも、いかに体力を消費せずに休むかということを念頭に置いていますからね。安い宿では犯罪も多いですから、暴力行為や犯罪行為ができないキャンプ場では気兼ねなく休めるのもありがたいですよ」
ふ~む、確かにそれを聞くと、普通の野営ってあまり楽しそうではないな。おいしいお酒や料理を求めてくるお客さんも多いが、安全にゆっくりと過ごせる時間を求めてキャンプ場を訪れるお客さんも多いのかもしれない。
「……ユウスケさん、私とアルエを雇ってくれて、本当にありがとうございました」
「なんだよ、アルジャ。急に改まって……」
突然アルジャが俺に向かって頭を下げてきた。
「ユウスケさんとこうやってふたりきりで話せる機会もなかなかないですからね。みなさんもきっとユウスケさんとふたりきりで話す機会があれば、こういった話をされると思いますよ」
確かにこうやって誰かとふたりきりで話す機会はほとんどない。キャンプ場では大体みんなと一緒にいるし、たまに風呂で少しの間だけ一緒になるくらいだ。
「もちろん私もそうですが、特にアルエがキャンプ場でとても楽しく過ごせております。おいしい食事に快適な睡眠、勉強を教えるのも手伝ってもらっておりますし、キャンプ場に訪れるお客様もとてもいい人達ばかりです。妻が亡くなって、冒険者を辞めてからこれほど良い場所で働かせてもらえるとは思ってもいませんでした」
「……お礼を言うのはこっちのほうだよ。アルエちゃんも今じゃみんなと同じくらい働いてくれているし、お客さんや従業員のみんなもアルエちゃんの笑顔には癒されている。アリエスの言葉もわかるし、馬車を扱えるアルジャがいるおかげで今回の旅行も実現できたわけだしな。それにアルジャの接客が一番丁寧だからみんなのお手本になるよ」
最近ではお客さんの接客もこなしてくれるし、お客さんからもとてもかわいがられているし、もうみんなと同じくらい働いてくれている。唯一まだ幼くて力がないから、それほど重いものは持てないというくらいだ。
先日給料をみんなと同じくらいにすると伝えたのだが断られてしまった。みんなより働く時間が短いとはいえ、十分過ぎるほど働いてくれているんだけどなあ。
「馬車に関してはアリエスのおかげなんですけれどね。それでもユウスケさんからそういってもらえるのはとても嬉しいです」
「まあ、お互いに感謝しているってことだよ。そういえばアルジャはヴィオの街に行ったことがあるんだよな。どんな魚がおいしいのか今のうちに教えてくれないか?」
「ええ、もちろんですよ」
年の近いおっさん同士でこういった話をするのもなんだかむずかゆいものなので、少し話題をそらしてしまった。とはいえ、たまにはみんなと一緒に一対一で話すのも悪くないのかもしれない。
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